2020年03月08日 09:41 弁護士ドットコム
迷子になったペットを探す動物専門の探偵がいる。1997年に『ペットレスキュー』(神奈川県藤沢市)を設立した藤原博史さんは、これまで3000件以上の依頼を受け、日本全国の現場に赴き、7割以上のペットを発見してきた(ネコだけに絞ると8割の成功率)。
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藤原さんが上梓した『210日ぶりに帰ってきた奇跡の猫』(新潮社)は、引越しの翌日に消えた兄妹ネコや、空き巣事件の被害にあった家の割れた窓から逃げ出したネコなど、さまざまなきっかけでいなくなったペットとの再会までが記されているが、なかには、顔見知りの人間による「誘拐」によって、ペットが姿を消すこともあるという。(ライター・高橋ユキ)
――完全室内飼いの猫と暮らしていたとき、洗濯物を干すために窓を開けた途端に、部屋から飛び出してしまったことがありました。ペットの失踪は突然起こるものなのですね。
「心の準備ができないまま、ある日、突然に訪れるのがペットの失踪です。室内飼いのネコでも急に部屋から飛び出して行ったり、散歩中のイヌが大きな音に驚いて駆け出して行ったりするものです。
こうした習性や実態を知っていると、飼い主さんに過失があると責めることはとてもできません」
――ご著書(『210日ぶりに帰ってきた奇跡の猫』)で特に印象に残ったのが「ペット誘拐」のケースでした。飼い主さんが買い物から家に戻ると、ペットのヨークシャーテリアがいなくなっていた。藤原さんが捜索を続けた結果、最初は「知らない」と言っていたお隣さんが誘拐していたことが分かった、という事例です
「数は多くないですが、ひょっとしたらと誘拐が疑われるケースは時々、あります。全くの他人が連れ去る、ということもありますが、近しい方が、ということもあります。
過去には、男女間のトラブルから、相手のペットを連れ去ってしまったケースもありました。もっと自分のほうを見て欲しいという動機から、女性の飼っているペットを勝手に自宅に連れ帰り、自分が捜索をして見つけたことにしようとしていた……というケースもあります。
強烈だったのは『パートナーが飼っていたウサギを連れて突然出て行ってしまった。そのうさぎの動向を調べて欲しい』という依頼です。最初はそれを信じて捜索を続けていましたが、結果的に、依頼者の男性は女性につきまとうストーカーだったということが分かり、仕事をお断りしました。
その女性をパートナーと偽って私に依頼をしてきて、女性の周辺を監視させようとしていたのです。人間相手の探偵に依頼すると費用が高額になるので、ペット探偵の私に依頼をしてきたのだろうと思われます。私の場合は1日働いても報酬は2万円ですから」
――誘拐やウサギの事例のように、ペットの失踪に身近な方が関わっていることもあるんでしょうか?
「人間のストレス発散は弱いものに向かいます。連れ子への虐待なども問題になっていますが、おそらくペットに対する暴力は、表に出ないだけで、相当数あると思います。付き合っている男性がそのペットに体罰を与えたり、捨てたりということが起こっている。
ただ、薄々そうだと感じていても、こちらも立ち入ることができないのがもどかしいです。パートナーが処分したな、とか、捨てたなと、感じることがあるんですが。会ったばかりの私の言葉を、依頼者の女性も信じることはないだろうし、一緒にいるパートナーのことを信じるでしょう。ただ、断る理由もないので、多分だめだろうな、と思いつつも、捜索にベストを尽くすしかないですね」
――どういった点から、これは失踪ではないなと感じるのでしょうか。
「いなくなる要素が明らかに不自然なんです。例えば、ネコがいなくなったと女性から依頼を受けたのですが、いなくなった部屋に、セミの羽が散乱していた。どういう状況ですかと詳しく聞くと、すごく綺麗な、人がちぎったような羽が落ちていたと言うんです。
猫は獲物を絶対に弄ぶので、そんなちぎり方はまずできないんですね。依頼者の女性は心配なので、何日か探して欲しいとおっしゃるのですが、同居人の男性は『そんなものは絶対見つかるわけがないから反対だ』と言う。
さらに男性からは『占いで見てもらったら絶対に戻ってこないと言われたので、これ以上ご依頼は意味がないからお断りします』と連絡がありました。
それで依頼者に確認したら『あの人は占いなんか絶対信じない』と言う。そのように、ちょっと不自然だなというような要素がいくつか重なる場合があります。不審な点と経験から、これは違うな、怪しいな、と思いながらも仕事を終えることもあります。根拠がないのにこちらも強く言えないので」
――多頭飼育崩壊の事例などもありましたか?
「ワンルームで僕の背丈より大きな狼犬を3頭、そして猫を30頭飼われていた女性からの依頼がありました。その狼犬が逃げたという依頼です。
隅田川のほとりで捜索をして、そこに住まわれているホームレスの方々にタバコやビールを渡しながら聞き込みをしたら『夜になると狼が現れる』と噂になっていたんです。そのように情報収集していて、ある程度ルートがつかめて最終的に探していた狼犬に出会えたんですけど、最終的にコーナーに追い込んだ時に、パッと僕の上を飛び越え、ぐるぐると走り出しました。
それですぐに飼い主さんに連絡して、他の2頭を一緒に連れてきてもらったんですね。それを離して、挟み撃ちにしてつかまえました。
狼犬は非常に警戒心の強い動物です。だから無駄な攻撃とかはしてこないですし、非常に臆病です。確か散歩中に何かの音にパニックになって走り出してしまった。なかなか目撃情報が出ないだろうと思っていたんです、ホームレスの方々にお話を聞くなどして、3キロぐらいの地点で見つかりましたね。
ただ最近では、犬はほとんど家に帰れないんですよ。帰巣本能があるといわれていたのは昔の話ではないかと思います。依頼者の皆さんは『犬だから帰ってくるだろう』と待ってしまうんですがほぼ帰れません。昔と環境が違いますし、ハチ公物語の時代とは違っていて、放し飼いもできませんから、帰巣能力が鍛えられないのかもしれませんね」
――捜索の様子を拝見していると、記者の取材に似ているなと感じました。取材もスマホの普及とともに変化がありましたが、ペット捜索も、時代とともに変わってきましたか?
「大きく変わりました。昔はポケットベルを持って探していましたし、コンビニもそう多くなかったので、地図をコピーするにしても、なかなか大変でした。いまは現地に行かなくても、スマホでペットのプロファイルなどをうかがって、グーグルで地図をすぐに確認することができます。
地図で地形を見ながら電話でアドバイスができる。電話のアドバイスだけでものすごく見つかるようになりました。地方は出張費もかかるので、電話で見つかるに越したことはありません。電話だけだと無料でお受けしています。それで見つかれば、それは私も一番嬉しいことですから」
――犬猫だけではなく、他の動物も捜索されるのでしょうか。
「依頼はあらゆる動物についていただきますし、虫を探して欲しいという依頼もあります。小学生の子どもさんから、泣きながら『クワガタが飛んで行った』と電話があったこともあります。自然界にはない蜜の作り方を教えて、これを裏の雑木林に塗れば帰ってくる可能性があるとか、アドバイスさせてもらっています。それももちろん無料です。
ペットが行方不明になった人にとっては、見つかるか見つからないかは、人生を左右する話です。見つけられなくて、20年、30年経っても後悔したり、苦しんだりしている飼い主さんにもお会いします。だからこそ、『いなくなりました』という電話のなかでお伝えする内容が大事だと思いながら、一本ずつ真剣に通話ボタンを押しています」
【取材協力】藤原博史さん 1969年兵庫県生まれ。迷子になったペットを探す動物専門の探偵。97年にペットレスキュー(神奈川県藤沢市)を設立、受けた依頼は3000件以上。ドキュメンタリードラマ『猫探偵の事件簿』(NHK-BS)のモデルでもある。 http://www.rescue-pet.com/
【プロフィール】高橋ユキ(ライター):1974年生まれ。プログラマーを経て、ライターに。中でも裁判傍聴が専門。2005年から傍聴仲間と「霞っ子クラブ」を結成(現在は解散)。主な著書に「木嶋佳苗 危険な愛の奥義」(徳間書店)「つけびの村 噂が5人を殺したのか?」(晶文社)など。好きな食べ物は氷。