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話題が尽きない小型車の大本命! ホンダの新型「フィット」に試乗

2020年03月06日 11:32  マイナビニュース

マイナビニュース

画像提供:マイナビニュース
このクルマは見て、乗り込んで、運転するという全ての場面で嬉しい驚きを与えてくれた。ホンダの新型コンパクトカー「フィット」のことである。本田技術研究所がこのクルマに盛り込んだ工夫の数々からは、ホンダらしい独創性を感じることができた。

○まずは視界に驚き! 乗り込めば分かるフィットの新しさ

本来であれば、昨年に発売となる予定だった新型「フィット」だが、一部部品の供給が順調に進まず、2020年2月14日に上市がずれ込んだ。それでも、昨秋の東京モーターショーでは一般公開され、また媒体向けとしては、北海道・鷹栖のテストコースで試乗会が催されるなど、ある程度の概要を我々は承知していた。しかし、一般公道での実力がどうであるかは、今年にならないと分からない状況だった。

新型フィットの魅力はこのあと詳しく紹介していくが、前型ではハイブリッドシステムのリコールを何度も繰り返すなど、ホンダの品質に対する不安の種をまいた車種でもあっただけに、どのようなモデルチェンジを目指したのか、実車を見るまでは疑心暗鬼であったのも事実だ。

実車の試乗はまさに、驚きの連続だった。このクルマに本田技術研究所が盛り込んだ創意工夫には、創業者・本田宗一郎が目指した独創の精神を垣間見る思いだ。

外観を見ると、全体的な輪郭は初代からの姿を継承しているが、顔つきは新しい。写真で見るよりも親しみがあって格好よく、この顔つきひとつをとってみても魅力を大きく増したことがうかがえる。

驚きの本番は、クルマに乗ってからだ。フロントウィンドウの支柱が細く、前方視界が左右へ大きく広がっている。運転席の視界から死角が取り除かれているのだ。昨今、前方視界のよくない車種は非常に多い。それは、フロントウィンドウの支柱が太いせいだ。なぜ太くなったのかというと、前面衝突の衝撃を吸収し、客室が潰れるのを防ぎ、乗員の生存空間を確保するためである。万一の事故のための安全はもちろん重要だが、そのために日常的な前方視界を犠牲にしてきたのが、これまでの新車開発であり、それは今日なお続いている。

では、新型フィットはなぜ、フロントウィンドウの支柱を細くできたのか? その秘密は、すぐ後ろにあるもう1本の支柱にある。この2本目の支柱で、前面衝突の衝撃を吸収する車体構造を開発したのである。前方視界の確保と、衝突安全の機能の受け持ちを分けることで、両方を成立させたのが新型フィットなのだ。

これを見ると、なぜこれまで、2本の支柱で機能を分散するという発想が世界の自動車メーカーで浮かばなかったのか、不思議に思う。だが、これこそが他社の真似をしない独創で技術を開発し、世のため人のために尽くすという本田技術研究所の面目躍如たるところだろう。

後方の視界も良好だ。後ろを振り返ったときには、後席ドアの後ろにある小さな三角窓が、リアウィンドウからの斜め後ろの視界を助け、車庫入れなど、クルマを後退させる際の視野を補ってくれる。三角の隅を丸くせず、きっちり端まで見せるには製造上の苦労もあったようだが、その小さな努力が安心感を増大させている。

次に、メーターなどが並ぶダッシュボードを見てみよう。上面はほぼ真っ平らで高さは低い。これも、前方視界を広々と感じさせるのに一役買っている。同時にまた、初代フィットから課題だったフロントウィンドウへの映り込みも改善した。したがって、ガラスを通しての前方視界がすっきりしている。

近年、内装を凝るため、ダッシュボードに凹凸が多くなったり、空調の吹き出し口にメッキの装飾を施してあったりして、フロントウィンドウやフロントサイドウィンドウへの映り込みが目に鬱陶しいクルマが内外を問わず増えている。映り込みは前方の視界を遮るのみならず、サイドウィンドウの映り込みではドアミラーの認識を妨げる。それらによって、状況判断を遅らせたり、間違わせたりしかねない。

新型フィットの映り込みのない前方視界は、運転することへの安心をもたらす。「視界の改善」というテーマだけでも、新型フィットはこれほど語れてしまうのである。
○小型車でも座席に妥協なし

次は座席だ。運転席に座ると、椅子に腰かけているというよりも、人の膝に座っているかのような適度な柔らかさと、体の丸みに応じて支えられている心地よさを感じる。走りだしてからは、クルマの運転に必要な支えが十分で、肩の力を抜いて操作することができる。緊張を解いて運転できれば疲れにくいし、万一の際には素早い操作ができる。

こうした座席ができたのは、面で体を支えるように構造を全面変更したからである。フィットのようなコンパクトカーでは、車両価格を抑えるため、自動車部品として大切な存在である座席の原価を安くすることに目が向けられがちだ。しかし、クルマを利用する間はずっと座り続ける座席こそ、運転する人、同乗する人にとって最高の部品であるべきだろう。それこそが、人を中心としたクルマ作りの本質である。

一方で後席は、座面の長さがやや短く、背もたれの角度がやや寝ていて、腰を落ち着けにくいのが残念だ。それでも、配慮を感じたのは、乗り降りのしやすさである。後席の背もたれがやや前寄りに設定されているため、体をあまり前へ起こさなくても、体を横へ滑らせるように足を出すと、すっとクルマから降りられる。乗り込むときも、腰から楽に掛けることができる。

この後席は、ことにクルマの乗り降りに不自由する高齢者など、体力に衰えを感じる人にはありがたい。クルマの座席は、走行中の座り心地や、荷室の調整のための折り畳み機構だけでなく、乗降性もよくなければ、そもそも人が乗り込むのも難しくなる。ことに高齢化社会を迎える日本で、新型フィットの後席への乗降性は、福祉車両の視点からも歓迎すべきユニバーサルデザインだといえる。

その上で、フィットが初代から採用している後席を跳ね上げる機構は、いまだ競合他車には採用されていない利点の1つだ。これにより、観葉植物などのような背の高い荷物を、後席側のドアから出し入れすることができる。ことにこの機構を高く評価したのは、バンパーとバンパーが接触するほど近づけて路上駐車するパリの人たちであったという。もちろん、狭い駐車場でリアハッチゲートを開けにくい場合も、後席ドアから大きな荷物を出し入れするのに活用できる。

以上のように、まだ走る前に、販売店の店頭で確かめられる点においても、新型フィットは話題が豊富だ。
○ガソリンエンジンもあり? 新型フィットの走りはどうか

原動機はガソリンエンジンとハイブリッドの2種類から選べる。このうちハイブリッドは、前型フィットでリコールの対象となった1モーターではなく、2モーター方式の「e:HEV」(イー エイチイーブイ)を採用する。基本構想は、上級車種の「アコード」などで採用されてきた方式と同じだ。

2つのモーターを採用したことにより、走りの基本はモーター駆動となる。エンジンは基本的には発電に専念するが、高速道路では走行の動力としての役割も果たす。

モーターは、電気自動車(EV)などで紹介されるように動き出しの力が大きいため、軽くアクセルペダルを踏むだけで滑らかに発進できる。このとき、駆動用のバッテリーに十分な電力が蓄えられていれば、エンジンを始動させず、EVのようにモーターだけでしばらく走れるので、とても静かだ。充電残量が約3割程度に減ってくるとエンジンが始動し、充電をはじめる。それでも、アクセル操作に応答するのはモーターだ。かなり強い加速を求めると、そこでエンジンも加勢する。

高速道路に入っても、バッテリーの電力が十分あればモーター走行を続けることが可能だ。やがてエンジンが始動するが、エンジン走行と充電のための発電が並行して行われ、再びバッテリーの充電量が増えるとモーター走行に切り替わる。

ハイブリッド車(HV)のほうは、モーターやバッテリーなどの部品が増える分、車両重量が増えるので、全体的には落ち着きのある走行感覚だった。

対してガソリンエンジン車は、90キロほど車両重量が軽くなるので、走りは軽快だ。搭載されるエンジン排気量はHVより小さいにもかかわらず、その元気な走りに気分も盛り上がる。運転することを楽しく思わせ、新型フィットの素性のよさを体感することができた。2輪駆動のFF車であれば、ガソリンエンジン車でも燃費は20km/L(WLTCモード)近くの数値であり、車両価格はハイブリッド車に比べ30~40万円ほど安く手に入れられるので、身近に新型フィットの魅力を味わえるはずだ。

先進技術の出来栄えも、印象深かった。「ホンダセンシング」と呼ばれる運転支援機能は、「違和感があると使われないので、違和感を無くすことに努力した」と開発担当者が語るように、ACC(車間距離制御装置)もLKA(車線維持装置)も作動が滑らかかつ的確で、高速道路での走行をより快適にしてくれる。

ACCの加速でやや出遅れる場面もあったが、LKAの車線維持機能はかなり的確だ。「ハンズオフ」と呼ばれるハンドルから手を離した運転のための機能ではないが、車線をはみ出さないようにする補助機能は、確実性が高く、例えば横風の強い日に高速道路を走行する際などには安心をもたらすだろう。

今回は試すことができなかったが、新型フィットではオートハイビームが標準装備となっている。夜間やトンネル内で日常的にハイビームを利用できるので、暗い道を運転する際の不安を和らげてくれるはずだ。

そのほか、前後への誤発進抑制機能や歩行者事故軽減ステアリングなどを含め、ホンダセンシングに関わる11の機能がグレードを問わず全車に標準装備されているところも、ホンダの良心といえるのではないだろうか。

全体的なクルマとしての上質さが高まって、コンパクトカーでありながら実用一点張りといった安っぽさがない。上級の3ナンバー車から5ナンバーのフィットに乗り換えても、乗り味が劣化したような印象は抱かないはずだ。

新型フィットは見る、乗り込む、運転するというそれぞれの場面で驚きの連続だった。販売店を訪ねてみたいと思わせる、喜びに満ちた新車だ。

○著者情報:御堀直嗣(ミホリ・ナオツグ)
1955年東京都出身。玉川大学工学部機械工学科を卒業後、「FL500」「FJ1600」などのレース参戦を経て、モータージャーナリストに。自動車の技術面から社会との関わりまで、幅広く執筆している。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。電気自動車の普及を考える市民団体「日本EVクラブ」副代表を務める。著書に「スバル デザイン」「マツダスカイアクティブエンジンの開発」など。(御堀直嗣)