2020年03月05日 11:21 弁護士ドットコム
新型コロナウイルスをめぐり、SNSなどでさまざまなデマが広がっています。
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SNSでは「トイレットペーパーとティッシュペーパーが品薄になる」といった情報が流れ、全国的に紙製品が品切れ状態になっています。
「製造元が中国」とのツイートも見受けられましたが、日本家庭紙工業会は2月28日、「原材料調達についても中国に依存しておらず、製品在庫も十分にありますので、需要を満たす十分な供給量・在庫を確保している」と否定しています。
同様の事態は、海外でも起きているようです。
台湾の国営通信社「中央通訊社」(2月10日)によると、台湾では「原料がマスクの製造に回されるため、トイレットペーパーなどの紙製品も不足になる」との情報が流れました。刑事局は、デマを流して社会秩序維護法に違反したとして、女性3人を取り調べたといいます。
また、新型コロナウイルスに関する特別条例案が国会で可決され、デマの拡散も3年以下の懲役、または、これに300万元(約1000万円)以下の罰金を併科できると定められ、厳罰化されたそうです。(「中央通訊社」2月26日)
中国では、ネット規制の新規定が施行されました。時事通信(3月2日)によれば、社会秩序を乱すデマなどの発表などを禁じていますが、当局批判を取り締まるのではないかという声も上がっています。
日本では、デマを流した場合、法的な責任はあるのでしょうか。また、デマを取り締まる立法は可能なのでしょうか。小沢一仁弁護士に聞きました。
ーーデマを流した人の法的責任を問えるのでしょうか。
日本には、デマを流す行為自体を取り締まる法律はありませんが、ケースによっては、刑法上の偽計業務妨害罪や民法上の不法行為が成立しうると思います。
偽計業務妨害罪は、虚偽の風説を流布し、または偽計を用いて、人の業務を妨害することにより成立します。法定刑は3年以下の懲役又は50万円以下の罰金です(刑法233条)。
例えば、2016年に発生した熊本地震の際には、ライオンの写真とともに「熊本の動物園からライオンが逃げた」というデマ情報をツイッターに投稿した男性が、動物園の業務を妨害したとして、偽計業務妨害容疑で逮捕されました。
ーー今回の「トイレットペーパーが品薄になる」というデマは、法的にどう考えられますか。
個人的には、刑事事件として扱うことはかなり難しいのではないかと思います。
このデマによって、店舗に客が殺到して対応に追われたり、他の商品の販売の機会を失うといったことが起きうるため、人や法人の業務を妨害するとも考えられます。
また、過去の判例では、業務の「妨害」とは、「現に業務妨害の結果の発生を必要とせず、業務を妨害するに足る行為をもって足る」としています(最高裁判決、昭和28年1月30日)。
したがって、店舗の業務が実際に妨害されなくても、デマを流すことは犯罪となりえると思います。
しかし、今回のデマの場合は「品薄になる」という抽象的な表現にとどまります。
そのため、偽計業務妨害罪の実行行為にあたるのか。あたるとして、業務妨害の結果を生じさせる危険のある行為といえるのか。デマを流していることや、業務妨害の危険を生じさせることの認識(故意)があったといえるのか、などの問題があると思います。
ーー民事上の問題はありますか。
人の業務を妨害することにより、店舗等に損害を与えれば、民事上の不法行為(民法709条)が成立します。
しかし、今回のデマの場合、そもそも特定の店舗に対する不法行為にあたるのか、あたるとしても損害との間に因果関係があるのか、という問題も考えられます。この点をおくとしても、損害額の算定をどのようにするのかが問題になると思います。
今回のデマの場合は、トイレットペーパーが沢山売れたと思いますので、損害というよりもむしろ、店舗に利益が生じているのではないかとも考えられます。
一方で、単価もそれほど高くなく、数に限りがあるトイレットペーパーのみを買いに来る人が殺到した場合、たとえトイレットペーパーが沢山売れたとしても、その他のより高額の商品を買いに来たお客さんを逃してしまい、本来得られるはずの利益が得られなくなることもありうると思います。
ただ、本来得られるはずの利益がいくらであるか立証することは、難しいと思います。
ーー日本でも、SNSなどでデマを取り締まる法律を望む声がありますが、立法は可能だと思いますか。
立法化することは可能だとは思います。これまで述べたとおり、デマの種類によっては現在の法律で対応することが困難なケースもあるので、個人的にはデマを広める行為自体を取り締まる立法的措置をとって欲しいとは思っています。
ただ、やはり表現を規制するという側面がありますし、ひとことにデマを流すといっても、最初にデマを流した人やそれを拡散した人など、様々な立場の人がいます。そのため、「デマを広めたから一律にこうだ」というような立法は難しいと思います。
また、デマを最初に流した人のみを対象にしたとしても、実行行為をどのように定義するか。単にデマを流しただけで処罰するとするのでは、処罰対象が広すぎて、表現行為の萎縮を招くので、その他の要件を定めて対象となる行為を絞る必要があると思います。
デマであることを知りながら、あえてわざとデマを流した「故意犯」のみ罰するのか、流れてきたデマを信じて(デマであると知らずに)拡散しただけの「過失犯」も罰するのかも検討課題でしょう。
「故意犯」のみの場合は、故意の立証が困難になる場合が多いと思われますので、事実上、空文化しないかという問題が考えられます。
他方で、「過失犯」も罰する場合は、そもそも刑事罰に値する行為なのか、処罰範囲が広過ぎて、表現行為を必要以上に抑制することになるのではないか。また、適切な法定刑はどの程度か、という問題もあります。
立法化に向けて議論すべき問題は非常に多岐にわたると思います。
ーー民事については、どうでしょうか。
民事上の責任のありかたについても、検討すべきだと思います。
デマによる損害は、想像以上に大きなものです。本来はデマを流す側がデマであることを証明すべきなのに、デマを流された側が潔白であることを証明しない限り、いつまでもインターネット上で晒され、嫌がらせを受け続けます。
個人であれば自殺まで追い込まれる可能性がありますし、法人であれば倒産する可能性もあります。
しかし、インターネットのトラブルについては、警察は簡単には動いてくれないことが多いです。民事裁判を起こして責任追及することもできますが、まず相手を特定する必要があります。この特定をする手続には、法律上、事実上の困難がいくつもあります。
また、現状では、問題となる投稿がされてから約90日が経過すると、特定をするために必要な情報をプロバイダ側が削除し始めます。そのため、この間に、法的手続きを進めなければなりません。時間的にはかなり余裕がないものとなります。
そのため、規模の大きなデマに発展すると、そもそもデマを流した人全員を特定して責任追及することは非現実的で、十分な被害者救済をすることができません。このような現状が、デマを流したり広めたりする行為を助長しているという側面もあると思います。
今回のようなデマでは、店舗だけではなく、買い占め、転売により不当に高い価格でトイレットペーパーを購入せざるを得なかった人、そもそもトイレットペーパーを入手できなくなった人なども被害を受けており、その悪影響は計り知れません。
適切な対策を講じなければ、今後も同様の行為が繰り返されることは、現に定期的にデマに関する報道等がされていることからも明らかだと思います。早期の法制度の見直しが必要です。
【取材協力弁護士】
小沢 一仁(おざわ・かずひと)弁護士
2009年弁護士登録。2014年まで、主に倒産処理、企業法務、民事介入暴力を扱う法律事務所で研鑽を積む。現インテグラル法律事務所シニアパートナー。上記分野の他、労働、インターネット、男女問題等、多様な業務を扱う。
事務所名:インテグラル法律事務所
事務所URL:https://ozawa-lawyer.jp/