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「弁護人は被告人の逃走を抑止すべき立場にない」 元刑事裁判官が語る「保釈」のあり方

2020年03月02日 10:31  弁護士ドットコム

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日産自動車元会長のカルロス・ゴーン被告人がレバノンへ国外逃亡したことで、あらためて注目された「保釈」。保証金とひきかえに、(起訴後)被告人を身体拘束から解放する手続きだが、その後も似たような逃走事案が発生した。


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たとえば、盗難車を不正輸出したとして起訴されていたパキスタン国籍の被告人の事件。保釈中、兄の葬儀に出席するため裁判所の許可を得て帰国したが、7カ月以上日本に戻ってきていないと2月12日に報じられた。保釈は2月6日に取り消されたという。



●保釈請求は弁護人によって行われる

保釈は、被告人側が裁判所に対して請求し、裁判所が検察官の意見を聴いた上で許可するかを決定する。法律上は「無罪推定」との兼ね合いもあって、一定の場合を除き、原則許可と定められている(刑訴法89条、権利保釈)。



保釈請求は、被告人や弁護人以外にも、配偶者や兄弟姉妹でも可能だが(刑訴法88条)、通常は弁護人による請求ではじまる。



しかし、弁護人による保釈請求をめぐっては、「悪い(かもしれない)やつを釈放するのか」という声がいまだにある。また、ゴーン被告人が国外逃亡した際には、「保釈して逃げられたのは弁護人の責任、資格剥奪しろ」などの批判もあった。



保釈中に被告人が逃走した場合、弁護人は何か責任を問われることはあるのか。 刑事裁判官の経験もある片田真志弁護士に聞いた。



●被告人が逃走しても、原則として弁護人に責任なし

ーー保釈中に被告人が逃走した場合、弁護人は何か責任を問われるのでしょうか



「弁護人自身が被告人の逃走を援助したり、逃走計画に加担したりすれば話は別ですが、そうでない限り、弁護人が法的な責任を問われることはありません。



もし今の法律を変更して、弁護人が責任を負うような制度にしてしまったら、弁護人が自身の保身のために保釈に消極的になってしまいます。弁護人の責務は、被疑者や被告人の権利を守ることですので、そのようなことはあってはならないと思います」



ーー弁護人として逃走対策などは何かするものなのでしょうか



「原則として、行いません。自宅から裁判に通いたいという被告人の意思を確認し、その前提で保釈請求を行うのですから、弁護人としては『逃げたくても逃げられないようにしよう』という発想がそもそも出てきません。



統計上わずかとはいえ、逃走するケースがあること自体は、どの弁護人も分かっていますが、自分の担当する被告人に対して逃走防止の手を打とうと考える弁護人はいません。



その点、能天気だとか性善説だという批判はあたりません。そもそも、弁護人は被告人の逃走を抑止すべき立場にないのです」



ーー逃走対策の有無は、保釈判断にも影響がありそうですが



「保釈の許可を得るための工夫として、ゴーン被告人の弁護団が行ったような『一定の行動制限』を保釈条件として付すよう弁護側から提案をすることはあり得るのかもしれません。



ただ、基本的には、弁護人と被告人との関係は、『不信』ではなく『信頼』が前提となるべきですから、『逃走対策』に弁護人が主体的に関与するという事態は、本来は望ましくありません。



検察官が、裁判所に対し、『保釈を許可するなら、●●という条件を付されたい』という意見を出し、裁判所がその意見を踏まえて具体的な保釈条件を決めるというのが本来の姿だと思います」



●「まだ保釈のハードルを下げる余地はある」

ーー裁判官時代、保釈請求を受けた際どのように対応されていましたか



「かつては、本当に厳しい運用がされており、裁判所がなかなか保釈を許可しませんでした。



私が刑事裁判に関わるようになったのは裁判員制度の始まるころで、ちょうどその時期に裁判所内部から『これまでの運用が厳しすぎたのではないか』との声が上がり、保釈を以前より広く認める方向に変化していきました。



私自身も、変化を好意的に受け止めていましたので、罪証隠滅や逃走の具体的な心配がなければ許可するという姿勢で保釈の判断を行っていました。



ちなみに、釈放されると被告人が自死してしまう可能性が考えられる事件の判断は本当に悩ましいものがあります」



ーー裁判官・弁護人双方を経験された上で、保釈のあり方をどのように考えていますか



「裁判官在任中、一件だけ、私が保釈を許可した被告人が判決前に逃走したことがありましたが、結局つかまって私が判決を言い渡しました(逃げた時点で保釈金は全額没取する決定をしました)。



最近、保釈後に逃走した事件について、裁判官の判断が間違っていたという非難が聞かれることがありますが、本当にそうなのでしょうか。



保釈後に逃げる例は、少数ながら、なくなりません。しかし、制度上、それは避けられないことです。アバウトな数字でいうと、1万人保釈が許可されたとして、そのうち逃げるのは数十人程度です。残りの9900人以上は逃げずに出頭しているのです。



誰が逃げるかを事前に予測することは事実上不可能ですから、保釈後の逃走を防止しようと思えば、保釈のハードルを上げるしかありません。



しかし、ハードルを上げれば、保釈しても逃げない多数の被告人まで勾留を続けることになります。逃げたらきちんと捕まえて裁判を行い、有罪なら刑罰を受けさせるという前提の上で、まだ保釈のハードルを多少下げる余地はあるように感じています」



ーー保釈のハードルを下げるにはどうすればよいでしょうか



「海外逃亡の防止には、出国確認留保の制度(現在の制度では、保釈条件に海外渡航禁止が指定されている場合、検察官から入国審査官にその通知が出されれば入国審査官は24時間以内に限り出国の留保ができます。留保中に保釈を取消すことによって出国を防止して収監することが可能となる仕組みです)を改善するなどして対応するのが適切ではないでしょうか」




【取材協力弁護士】
片田 真志(かただ・まさし)弁護士
弁護士法人古川・片田総合法律事務所 代表。2014年弁護士登録。大阪弁護士会所属。2004年大阪地裁にて裁判官に任官。2014年に退官して弁護士登録。元・刑事裁判官の経験を活かし、刑事事件にも力を入れている。
事務所名:弁護士法人 古川・片田総合法律事務所 大阪梅田事務所
事務所URL:http://www.fk-lpc.com/