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カラオケはなぜフィンランドで進化? 仕掛け人に聞く“いつでもどこでもカラオケ”誕生秘話

2020年02月29日 15:31  リアルサウンド

リアルサウンド

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 スマホやパソコン、スマートテレビからアクセスする事のできるフィンランド発のカラオケストリーミングサービス『Singa』。その共同創設者でCEOのアッテ・フヤネン氏をインタビューした。


 前回の記事ではフィンランドでのカラオケ文化がどのようなものであるか、そして『Singa』誕生の経緯について一通り説明した。続く今回の記事では、『Singa』について詳しく説明していこう。


(参考:世界を変えるカラオケスタートアップ、なぜフィンランドから登場? 創設者に聞く“業界への問題意識”


・歌うための最高のツールを
 世界初のカラオケ世界大会を主催してから10年後の2013年。フヤネン氏とトミ・パユネン氏(Tomi Pajunen)は『Singa』を設立した。


 「歌うという行為」を基盤に置き、どんな環境で、どのような目的でユーザーが歌っても楽しめるように、そしてユーザーにとって容易かつ最良な、「歌うための最高のツール」となることを目指した。それと同時に、進化の見えないカラオケ業界に革新をもたらすサービスでもある。


 「歌うという行為」は、カラオケの根本にある部分。国や文化、カラオケの在り方がどれだけ違っても共通する部分だ。そしてもし『Singa』が歌うためのソリューションとして最良のものになればサービスとしての『Singa』はユニバーサルなものになるはず、との思いもあった。


 特に『Singa』は従来のカラオケのような機械やディスクの販売を伴わず、ソフト部分だけで成り立つため、世界どこでも利用するのは簡単だ。また、カラオケマシンやディスク販売はしていないため、既存のカラオケビジネスを食うことはない。自社で曲を持っているわけではなく、Spotifyと同様に様々なレーベルの楽曲をライセンシングするおかげでライブラリも最大級となっている。


・自動化にAIも活用
 『Singa』のシステムでは、ライセンシングした既存のカラオケ曲を入れ込むことで自動的に歌詞や動画部分が作りだされるのだが、これだけでなくAIを活用している点にも注目だ。


 楽曲のイメージ画像や、歌う際に流れる画像はAIが自動的に歌の雰囲気や歌詞を識別して膨大な画像ライブラリの中から選んでいる。この部分が自動化されているため、新しい楽曲が追加される際にも人の手が掛からず、すぐに導入可能。


 またAIのお陰でユーザーが例えば「あるジャンルの特定のスタイルの歌を10曲歌う」などすれば、類似スタイルの曲やユーザーの声に合った曲のリストを提示することもできる。


・いつでも、どこでも、どんなデバイスからも
 「カラオケマシン」が不要であり、これがビジネス向けとしても大きな強みがあることは先にも述べたが、個人向けサービスの強みとしては、サービスを使用可能なデバイスがユビキタスである点がある。


 個人向けではAndroidと、iOSのスマートフォン、Android TVとApple TV用にアプリが出ており、手元のスマホで、または自宅テレビの大画面でカラオケが楽しめる。デスクトップ向けブラウザからもサービスにアクセスできるため、パソコンからだって楽しめる(またこのためスマートフォンのブラウザからもデスクトップモードを使えばアプリをインストールせずに使用可能だ)。


 ユーザーは好きなデバイスから『Singa』の自分のアカウントにアクセスして、曲を選択、すると普通のカラオケと同じく音楽と共に歌詞が表示されるので、それに合わせて歌うという仕組み。スマホやパソコンで一人カラオケするもよし、スマートTVでホームパーティーするもよし。酔っ払いにヤジを飛ばされるバーやナイトクラブに行かずとも歌えるし、ビデオカラオケのように収録曲の少なさに嘆くこともない。いつでも、どこでも、どんなデバイスでも、簡単に本格的にカラオケができるのだ。


 個人向けの無料アカウントでは選択できる曲が制限されることに加え、歌えるのは一日3曲までという制限が付いている。月9.99ユーロ(記事執筆時レートで約1200円)のプレミアムアカウントになるとそれらの制限が解除される他、音質もより向上する。


 また、個人向けだけではなくバーやナイトクラブ、学校や図書館向けには『Singa Business』というサービスもある。こちらは客が施設側に用意された『Singa』アプリ入りのiPadや、客自身のスマホなどで曲を選択、施設のモニターとマイクを利用して歌うことのできるサービスとなっている(アプリはキュー管理システムも兼ねる)。


 国際図書館連盟により2019年公共図書館オブ・ザ・イヤー(2019 Public Library of the Year)賞に輝いたヘルシンキの新市立図書館オーディ(Oodi)にも『Singa』があるそうだ。


 そこでは若者だけでなく、一人暮らしのお年寄りや、介護サービスで団体でお年寄りが図書館を訪れて、防音室を借りてカラオケをするとフヤネン氏は語った。オーディの他にも図書館としては、ヘルシンキ市に隣接するヴァンター市のティックリラ図書館(Tikkurilan kirjasto)でも防音室を借りて『Singa』でカラオケすることができる。


 そもそも図書館でカラオケというのが新鮮だが、これが実現できたのには『Singa』導入の容易性もあるだろう。このほか、高齢福祉サービスでの利用法を探ったり、自転車に画面とスピーカーを取り付けた「カラオケ自転車」、オープンエアーカラオケなど、様々な活用法が模索されている。


・アジアへの進出は……
 『Singa』で歌われている日本語の曲はあるかという質問には、残念ながら無いとの回答。これは、「アジア外でのアジア曲のライセンシングが難しい」というのが理由だ。(また、同様に著作権上の理由から、日本から『Singa』サービスを使用することは現状ではできない。使用してみたい場合はサービス提供されている国に遊びに行ってそこから『Singa』にアクセスする必要があるだろう)


 『Singa』もアジアのカラオケ市場を視野には入れているが、まずは欧州とその文化圏を制覇してから、その先にアジアのカラオケ市場が待ち受けていると語ったうえで「その方が容易だし安いし、ヘルシンキで受けるものは、多かれ少なかれロンドンでも受ける。同じように多かれ少なかれニューヨークやロサンゼルスでも受ける。その一方で、ヘルシンキで受けるものが香港や東京で受けるとは限らない」とフヤネン氏は述べた。


・アメリカ進出へ……
 『Singa』はフィンランドでは既に何万人ものホームユーザーがおり、現在フィンランドを中心にスウェーデン、イギリス、そしてオーストラリアでも1月にローンチしたところ。


 次に狙うは世界最大の音楽市場であるアメリカ。しかしアメリカ進出は一筋縄ではいかなそうだ。


 「Spotifyは6週間あればアメリカでローンチできると見積もったが、実際には3年も掛かってしまった」と隣国スウェーデンの音楽ストリーミングサービスSpotifyのアメリカ進出時の逸話を引き合いに出すフヤネン氏。


 『Singa』もできるだけ近いうちにアメリカでローンチしたいところだが、世界最大の音楽市場であるだけあって、アメリカでは著作権元もばらけている。「幸いなことにSpotifyの6000万曲に対して我々のライブラリは10万曲。それでも様々な要素が絡むし、特にアメリカでは大勢の人に会って許可を取ったり取引をしないといけない」とフヤネン氏は述べる。


 また、同氏は「我々のコミットメントは、著作権を尊重するとともに、音楽家、音楽レーベル、パブリッシャーの誰もにきちんと支払われるようにすること。これをこなすにはちゃんと取引を成立させないといけない。それにはお金も必要だし、出張も沢山必要となる」と、アメリカへの展開について語っているが、願わくば今年アメリカでローンチできればとのことだった。


・日本で『Singa』を楽しむ日は来るか
 筆者個人としては、これまでのフィンランドのカラオケは日本のカラオケに大きく劣ると考えていた。しかし同時に今回のインタビューでは、フヤネン氏が述べたように音楽や動画のストリーミング、サブスクリプション式電子本など、カラオケ以外のサービスが次々とサービスとしてソフト面で進化を遂げ、モダン化され利便性を増していく中で、カラオケ業界全体が進化の波に取り残されているというのも認識することとなった。


 『Singa』はそこに革新をもたらすサービスであることは間違いないだろう。もちろん日本にも類似サービスがないわけではない。日本の大手、第一興商の『おうちカラオケ「カラオケ@DAM」』は、スマホ、ブラウザ、ゲーム機など様々なデバイスでカラオケが楽しめるサービスだ。しかしデバイスにより提供されている機能が異なったり、料金プランも別となるなど利用者の観点からの使い勝手は『Singa』の方が上だ。その一方で『Singa』には存在しない歌唱採点システムなどの独自性も持っている。


 海外に暮らしていて筆者がよく感じるのは、日本のサービスの多くは日本国内市場に特化しすぎていて日本の外に進出することが難しいということ。「ガラパゴス化」というのは的を得た表現であると思うが、国内市場で受け入れられても世界で受け入れられるユニバーサル性を持たないのであれば、逆に全世界で通用するサービスが日本に来たときに生き残れるだろうか?


 日本に生を受け、フィンランドで進化したカラオケ。今後の展開に注目だ。


(Yu Ando)