2020年02月29日 09:21 弁護士ドットコム
「もう、性犯罪から離れたいんです」。その男性(40代)は、記者にこう話した数日後に「強制わいせつ」の疑いで逮捕され、その後起訴された。
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取材ではあんなに強い意思を語っていたのに、なぜ再び同じ犯罪に手を染めたのか。大きな衝撃を受けるとともに、立ち直りの難しさを改めて感じた。
それから約5カ月が経った今、男性(以下「石橋さん」=仮名)はどんな思いでいるのか。2月下旬、受刑者や出所者を支援するNPO「マザーハウス」理事長の五十嵐弘志さんとともに、石橋さんがいる東京拘置所に向かった。(編集部・吉田緑)
前回の取材(<「もう性犯罪から離れたいんです」4回服役した男性、本心打ち明けた後に再び逮捕> )は2019年9月、「マザーハウス」が運営する「マリアカフェ」にて行った。石橋さんは当時、刑務所から出所して約3カ月で、生活保護を受けながら「マザーハウス」のメンバーとして活動していた。
「強制わいせつ」などの性犯罪で4回の服役を繰り返していた石橋さんが、「藁をも掴む思い」で「マザーハウス」につながったのは、同じ年の7月のことだった。その後、「マザーハウス」で紹介された専門の医療機関を受診し、「性依存症」と診断された。取材時は、週6日、治療のためのプログラムに通っていた。
石橋さんは、刑務所内で「性犯罪再犯防止指導(R3)(再犯リスクなどから必要と判断された性犯罪受刑者が受講するプログラム。主にグループワーク形式でおこなう)」を受講したことは3回ある。しかし、こうして社会の中で治療プログラムを受けたのは初めてのことだったという。
これまでの面会では「申し訳ない」
五十嵐さんにとって、石橋さんとの面会は2019年9月の逮捕以降、今回が3度目になる。これまでの面会で、石橋さんからは「申し訳ない」という言葉もあったという。しかし、なぜ再び同じことをしたのかと聞くと「分かりません」と答えたようだ。
「本当に分かっていないようにみえました。石橋には、被害者の痛みはもちろん、自分自身の痛みも分からないのだと思います」(五十嵐さん)
その後も五十嵐さんは石橋さんに「マザーハウス」が発行している冊子や手紙を送った。石橋さんから「読みたい」といわれた聖書も差し入れたという。
アクリル板ごしの再会
東京拘置所に着いた後、五十嵐さんと面会の手続きをおこなった。番号が書かれた紙を受け取り、ソファーで待つこと5分。病院や役所などの待合室と同じように、電光掲示板に紙に書かれた番号が表示され、放送で呼び出された。ロッカーに荷物を預け、身体検査を済ませた後に面会室に向かう。
面会室に入ると、間もなくして刑務官とともに石橋さんがやってきた。前回の取材時には「これから性依存のプログラムなんです。病院に行ってきます」と笑顔で去った石橋さん。アクリル板ごしに再会した彼は、五十嵐さんを見るやいなや表情が和らぎ、記者にも笑顔を見せた。
五十嵐さんが「体調はどうか」と聞くと、石橋さんは「大丈夫です」と答えた。「差し入れありがとうございます」と元気に話したり、五十嵐さんの家族を気にかけたりしていた。石橋さんは五十嵐さんが面会に来てくれたことに嬉しさを感じている様子だった。
しかし、五十嵐さんが「性依存症」の話を始めると、石橋さんの目から光が消えた。まるで「心ここにあらず」で他人事のように話を聞いていた。
ところが、「もう刑務所を行き来したり、同じような行為をしたりすることはやめたいんだよね」と五十嵐さんが念を押すと、前をしっかり向き、力強く「はい」と頷いた。石橋さんの中で「やめたい」「やめられない」という相反する気持ちが葛藤しているのだろうか。
五十嵐さんが「前回受刑したときは誰も関わってくれる人がいなかったのでは」と聞くと、これまで「はい」しか言わなかった石橋さんがハッキリした口調でこう切り返した。「前回だけではないです。前からずっと、ずっと…」。
ずっと孤独だったーー。石橋さんはそう訴えているようにみえた。
「いまは(石橋さんを)心配していたり、気にかけたりしている人がいる」という五十嵐さんの言葉に、石橋さんの目が潤む。
彼の言葉に耳を傾けてくれる人は今までいなかったのではないだろうか。4回の服役経験をもつ石橋さんだが、面会や手紙、差し入れは、初めての経験なのかもしれない。
20分間の面会時間を終えると、最後に石橋さんは「ありがとうございました」と笑顔を見せ、深々と頭を下げた。
「マザーハウス」が受け入れる出所者の罪名は「覚せい剤取締法違反」や「詐欺」「窃盗」などさまざまだ。何度も刑務所を出入りしてきたという人もいる。再び犯罪をしてしまう人もいるが、「生き直し」の道を歩み続けているメンバーも少なくない。
五十嵐さんによると、石橋さんのように「性依存症」と診断された人を受け入れたのは初めてだったという。石橋さんとの面会後、「マリアカフェ」でコーヒーを飲みながら、彼を知るメンバーたちに話を聞いた。
青木さん(仮名・50代男性)は「特になんとも思っていません。彼が戻ってきたときは、また今までどおり接するだけですよ」と話す。
一方、宮原さん(仮名・30代男性)は「彼がどうしたら立ち直れるかを自分なりに考えましたが、分からないのが正直なところです」と率直な気持ちを打ち明けた。
「彼の中で何かが変わらないといけないと思います。彼は自分が性依存症であることを分かっていないようにもみえました。ただ、仲間と仕事しているときは笑顔でしたし、生き生きしていたんですよ。川で子どものサンダルが流されたときは、怪我をしてまで取りに行きました。石橋には、人のために何かをしようという気持ちはあるんですよね」(宮原さん)
しかし、石橋さんはメンバーの前で「刑務所にまた行ってもいい」と口にすることもあったという。これについて、五十嵐さんは「彼にとっての居場所は、今まで刑務所しかなかったのでしょうね」と分析する。
また、石橋さんは母子家庭で育った。不在がちで、常に優秀な兄と自分を比較していた母親を「恨んでいる」と語ったこともあるという。前回の取材で、石橋さんは記者に「家族とは絶縁状態にあり、よい思い出はない」と話している。
「彼は母親を求めているのでは…そう思うことがしばしばありました。母親と同年代のシスターといるとき、彼は落ち着いたような笑顔を見せていましたから」(五十嵐さん)
五十嵐さんは裁判で、石橋さんの情状証人として法廷に立つ予定だ。また、彼が社会に戻ってきたときは再び受け入れると決めている。このように考えるのは、五十嵐さん自身にも服役経験があるためだ。「立ち直れたのは、私に関わってくれた人たちがいたためです」と五十嵐さんは語る。
もちろん、石橋さんが起こした事件に被害者がいることは忘れてはならない。五十嵐さんによると、被害者は1人ではないようだ。見ず知らずの人に胸を触られるなどの行為をされれば、恐怖心を感じ、心理的なダメージを負う。被害者に対する十分なケアや支援が必要であることは言うまでもない。
しかし、新たな被害者を生まないためには、加害者に対する働きかけもおこなっていく必要がある。これについては、「加害者(犯罪者)に甘すぎる」という声も上がる。
それでも、五十嵐さんの決意は変わらない。「彼はいつか社会に戻ってきます。被害者を生まないためにも誰かが彼に関わっていかなければなりません。私はこれからも関わり続けます」。