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Netflixが急成長の裏で力を入れる、“アクセシビリティの向上”の意義

2020年02月26日 13:12  リアルサウンド

リアルサウンド

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 今年もNetflixの快進撃が続いている。アメリカで行われた同社の2019年第4四半期決算発表によると、Netflix有料会員数は1億6700万人を超え、そのうちの1億人以上が米国外のユーザーだという。(参考=日本経済新聞「Netflix、利益4.4倍に 米国外の会員1億人突破」)


(参考:NetflixやYouTubeがテレビ画面をのっとり始めた “テレビ離れ”との関連性を改めて考える


 続く急成長の裏で、Netflixがひそかに力を入れている機能があることをご存知だろうか。それは“アクセシビリティ機能”だ。聞き慣れない言葉かもしれないが、日本国内では厚生労働省が「アクセシビリティ=年齢や身体障害の有無に関係なく、利用できること」と定義しているように、障害のある人であっても不便なく動画を視聴できるようにする工夫にNetflixが力を入れているということだ。国内で多数存在する動画ストリーミングサイトの中で比較をしても、Netflixはこの点において最大級の配慮を行なっている。今回は障害をもたない人でも、知っておくと便利なNetflixの機能について紹介したい。


・過去の訴訟をきっかけに転換期を迎えたNetflix
 具体的な機能を紹介する前に、どうしてNetflixがそこまでアクセシビリティの向上に力を入れるようになったのかを掘り下げたい。現在日本国内には「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(障害者差別解消法)」が存在する。これは国が障害者に対する不当な差別的扱いを禁止した法律だが、行政機関には「合理的配慮の提供」が義務付けられたのに対し、民間企業に対しては罰則のない努力義務を課すに留まっている。


 一方で世界に目を向けてみると、こういった障害者差別の禁止を罰則付きの法律違反として規定している国も多い。Netflixが本拠地を置くアメリカも、その中の一つだ。


 アメリカには障害を持つ人がアメリカ社会に完全に参加できることを保証したADA(Americans with Disabilities Act 障害を持つアメリカ人法)という法律があり、この法律に基づいて年々Webアクセシビリティに対する訴訟が増加している。アクセシビリティ確保に対して義務が発生するアメリカでは、こういった対応が不十分だった場合に利用者からのクレームが入ることがあり、その際には必ずサービスの改善を行なわなくてはならない。


 2010年にはアメリカで全米ろう者協会(NAD)がストリーミングサイトを相手取って訴訟を起こし、2012年にはNetflixがその訴訟に対して「2014年までにビデオライブラリの100%にキャプションをつけること」を条件にNADと合意したと発表された。Netflixはこの訴訟を機にアクセシビリティに対する意識を高めざるを得なかったと考えられる。


 しかし、今回注目したいのはこの訴訟がアメリカのNADによるものだったにも関わらず、法的拘束力のない日本においてもアクセシビリティに対する配慮がなされているということだ。これは現在Netflixがアクセシビリティに対して高い意識を持って取り組んでいる企業であると評価する根拠となるだろう。


・日本国内での取り組み
 現在日本国内のNetflixでは、主に音声ガイド(副音声)機能とCC(クローズドキャプション)機能を利用することができる。


 音声ガイド機能とは、目の不自由な人向けに映像に映っているものや人物の動作などを言葉で説明した音声が付属されたものを指す。コンテンツの制作者側が目の不自由な人への配慮としてつける機能だが、音声ガイドがついたコンテンツの数は日々公開される作品の中でもそれほど多くはない。


 一方でNetflixの場合は現在配信されている作品のうち、音声ガイドがついているものは全部で74本とまだ少ないものの、『ARASHI’s Diary -Voyage-』や『クィア・アイ IN JAPAN!』、『テラスハウス』シリーズなどといったNetflixオリジナル最新作品にも音声ガイドをつけていることから、今後オリジナル作品に音声ガイドをつけたものが増えてくるかもしれない。


 音声ガイドの制作はコストもかかるため、これまでの映画製作現場などではあまり重要視されていなかったが、こうして大手ストリーミングサイトが独自の方針を示すことで映画業界に影響を与えることを期待したい。


 音声ガイドを利用するには、Netflixトップページを表示し、ページの一番下までスクロールをすると、文字は小さいが「副音声・音声ガイド」というメニューを選択することができる。この方法だと検索欄に打ち込むより網羅的に音声ガイドの付いた作品を検索することが出来るので、ぜひ利用してみてほしい。


 また、CC(クローズドキャプション)機能については国内利用者の広く知るところだろう。CCとは、従来の字幕機能とは違い、必要な時だけ表示させることができる字幕のことだ。主に耳が不自由な人向けの機能で、日本語の台詞に対して日本語の字幕を表示することができる。


 画像は現在Netflixにて配信されている『ARASHI’s Diary -Voyage-:二十年』の再生画面だが、音声と字幕を設定する画面で「日本語[CC]」を選択することができる。音声ガイドは付属している作品が限られていたが、この字幕機能はどの作品でも利用することができ、聴覚障害者にとっては非常に心強い。


 音声ガイド機能については知らない人も多かったと思うが、例えば運転中でも作品を視聴したい場合にこの機能を用いると画面を見る危険性なく作品を楽しめるなど、障害者でなくとも便利に使える機能でもある。


 また、現在すでに多くの利用者に好意的に受け入れられているCCの機能も、難しい単語が飛び交う専門性の高い題材を扱った作品を視聴する際などに利用すると、作品への理解が更に深まるだろう。


・Netflixスタッフが語る「アクセシビリティに対する意識」
 Netflixが運営する「NETFLIX JOBS」というウェブサイトでは、2018年11月にNetflixにおける音声ガイドに対する見解を語る目的で音声ガイド制作のプロジェクトマネージャーであるエリカ・クラム氏が登場している。


 この「My Journey into Audio Description At Netflix」という記事の中で彼女は、「音声ガイドにアクセスできることで視覚障害のある人でも同じようにお気に入りのテレビシリーズや映画についての会話に参加する機会を持ち、素晴らしいものを見るのと同じ喜びと興奮を共有できる」と語っている。彼女が音声ガイド制作の代表として自社のサイトにコメントを出していることから、Netflixという会社自体がこのような意識で音声ガイド制作に取り組んでいることが予想される。


 また、『THE HINDU』の「Netflix’s Kathy Rokni describes how accessibility is a craft of its own」という記事の中でNetflixのグローバル化ディレクターであるKathy Rokni氏が登場した際には、社内にグローバリゼーションやアクセシビリティに取り組む専門の部署があると語り、アメリカ国内のみならずサービスを提供する様々な国の状況を鑑みながらより良いサービスのために従事していることを明かしている。


 Netflixの動画ストリーミングサイトとしての地位が高まる中で、自社の中にアクセシビリティ向上に取り組む専門部署を置き、安定したサービスを提供していけるのは大企業ならではのことなのかもしれない。


 障害者だけを対象にしたサービスはこれまでにも沢山生み出されてきたが、一方で利用者の少なさや収益の問題などからあまり長続きしないことが多かった。


 しかし、今回ご紹介したNetflixでの取り組みのような、障害者だけでなく健常者も便利に使える機能を提供することでより障害者が長く利用できる環境が整うと考えられる。“バリアフリー”ではなく“ユニバーサルデザイン”的な発想でみんなが便利に利用できる、ということが今後アクセシビリティの向上に取り組むにあたって必要になってくるかもしれない。


 また一方で、近年では様々な動画ストリーミングサイトが存在しており、どのサイトが良いのか迷ってしまう人も多いのではないだろうか。そんな時に障害者に対する配慮を積極的に行なっているサービスを選ぶことで、身近な社会貢献もできるかもしれない。