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性被害だけじゃない!「やりがい搾取」も浮き彫りに…デイズジャパン検証委員・太田啓子弁護士に聞く

2020年02月26日 10:22  弁護士ドットコム

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フォトジャーナリズム誌『DAYS JAPAN』(デイズジャパン社)の元発行人で、ジャーナリストの広河隆一氏によるセクハラ・パワハラ問題をめぐり、第三者の検証委員会は2019年12月27日、ホームページ上で報告書を公開した。検証委員会のメンバー、太田啓子弁護士にインタビューした(ライター・玖保樹鈴)。


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●「最終号」に対して、厳しい批判が寄せられた

もともと、発行会社のデイズジャパン社は2018年9月までに、『DAYS JAPAN』の休刊と会社解散を決定していた。



そこに『週刊文春』(2018年12月26日発行)で、広河氏が複数の女性に性暴力をふるっていたことが明らかになり、広河氏は同社の代表取締役を解任された。



2019年3月発行の『DAYS JAPAN』最終号には、検証委員会による広河氏への面談調査報告と考察が掲載された。広河氏の「合意だと思っていた」といった言い分も掲載された。



しかし、同号に対しては、「広河氏の言い分を載せるのはセカンドレイプではないか」「中間報告なのかもしれないが、全然検証されていない」など、厳しい批判が寄せられた。



「不信の目を向けられているのは、わかっていましたが、検証を終えるまでは言えないこともありました。ときには、検証委員会に対して、『時間をかけて引き延ばして、風化するのを待っているのではないか』と疑念を抱かれたこともあります。しかし、検証を続けていくことで、理解してもらえるのではないかと考えていました」(太田弁護士)



なぜ、不信の目を向けられていると感じたのだろうか。そして今回の検証で、新たにわかったことはあったのだろうか。



●検証委員会へ寄せられた不信の目

広河氏の性暴力が発覚するまで、太田弁護士は、『DAYS JAPAN』を「一読者として、ときどき手にする程度だったが、『原発特集』など、好意的にとらえていた」という。



広河氏の解任後、新編集長のジョー横溝氏と編集部員2人による「広河隆一『性暴力告発記事』を受けて」と題した2019年3月号が発売された。



しかし、その前の同年1月末、横溝氏は辞任して、編集部員も退職している。



横溝氏はその理由について「社員と役員の聞き取り調査をおこない、内容をそのまま誌面に掲載することを拒否されたから」と当時説明していた。



また、検証委員会が発足した際、社員からの「検証に応じてなされた証言を役員が検閲するのか」という質問に、新たに編集長となった川島進氏が「会社に不利益になるものを載せないのは当然である」と回答している。



このような経緯から、元関係者は強い警戒心を抱いてしまっていたことがわかる。



●広河氏、性的関係を持った女性について「記憶がない」と答えた

しかし、そんな状況ながらも、検証委員長の金子雅臣氏と旧知の関係だったことや、社会的意義を感じたことから、太田弁護士は検証委員を引き受けたという。



「『会社に不利益になるものを載せないのは当然である』という発言は、委員会のあずかり知らぬ場所でのことだったので、当初は『どうしてこんなに警戒されるのか』と思っていました。しかし、第三者委員会と言いながらも、デイズジャパン社が不利にならない内容で終わりにするのではないか、と関係者が警戒したのは当然かもしれません」(太田弁護士)



デイズジャパン社からの情報に基づき、元役員や社員、ボランティアスタッフなど、117名からヒアリングすることに決めた。



しかし、2019年3月時点で連絡先がわかったのは、わずか39名にとどまった。最終的にヒアリングできたのは、45名だったという。



「すべての関係者の連絡先をデイズジャパン社は把握しておらず、こちらから連絡できる人が限られていました。また手紙を送っても、宛先不明で戻ってくるケースもありました。『会社に不利益になるものを載せないのは当然』という発言によって、協力を拒否した人もいると思います。あまりにも受けた傷が深すぎて、言葉にできない人もいたかもしれません」(太田弁護士)



非協力的だったのは被害当事者だけではない。広河氏自身が、性的関係を持った女性を「記憶がない」と答えて、名前を挙げなかったことも、ヒアリングの進捗を妨げた原因になった。



それでも2004から2017年にかけて、3人が性交を強要されたことなど、のべ17名が、性暴力やセクシャルハラスメントにあっていたという情報が寄せられた。



●デイズジャパン社は「異常空間」

検証委員会が、性暴力と並んで調査に力を入れたのが、広河氏によるパワーハラスメントと、彼の強い「労働組合嫌悪」についてだ。



広河氏のパワハラは「ほぼ全員が日常的に被害者」で、怒鳴ったり、急にキレたりすることがたびたびあった。デイズジャパン社は「全体として異常空間だった」(報告書)という。



中でも特筆すべき点は、「社員の人件費を削っているから無借金経営が成り立っていた」ことだ。



元社員の1人は、過労死ラインを超える140時間以上の残業をさせられていた。深夜手当もなく、生活が苦しかった元社員は退職に際して、在籍している仲間に以下のメールを送っていた。



「私は人々の尊厳や権利を守りたいという気持と希望を持って入社しました。しかしながら、労働の現状は過労死ラインを超える現状、残業代・深夜労働手当未払い、代休も未付与等で、社員は疲労困憊でした。時間もなく洗濯や料理をする時間もないという、生活も人間らしく生きる権利も保障されておりませんでした。



さらには、社長の気分により社員は委縮し、発言すらできないことが多々あるように感じました。ワンマン経営は、デイズが目指す民主主義的な営みとは相反するものだと感じてなりませんでした。権利と尊厳を守るはずの私たちの権利と尊厳が置き去りにされているのは誠に遺憾であります」



「私は昨年の月末に、社長に勇気をもって労働環境のことおよび権利を擁護するための労働基準法が守られていないということをお話させていただきましたが、『そんな事実はない』最後は『うるさい』の一言で終わり、納得を得る答えがいただけませんでした。権力に対抗するのは難しいなあと改めて感じた次第です」



しかし、当時の編集長は「『私たち』という言葉に自分を含まないで欲しい」「遅くまで残っているのは自分の意志であり選択である」「広河氏は確かに大きな声をあげることもあるが、理不尽だと別段思っていない」と返信した。



ほかの社員も「時間外に仕事をしているのは自分の意志です。自分の力量不足が原因ですから」などと、時間外労働は自己責任であるかのような言葉で、元社員を突き放している。



大声で怒鳴られ、時間外労働を強いられる「異常空間」だったのに、社員同士が連帯できなかったのはなぜか。誰もが広河氏を、個人崇拝していたからだろうか。



「デイズジャパンで働きたいと思う人は、媒体への愛着や、広河氏の掲げた理念への共感が強かったと思います。少なくとも、何も調べずにやってくる人はいなかったのではないでしょうか。



広河氏を絶対的な存在として崇拝していたというより、疑問を感じながらも媒体の社会的意義を信じて、『もう少し頑張ろう』と粘ってしまったのだと思います。



広河氏のハラスメント気質をわかってはいたけれど、そのうえで、どう距離を置いて仕事をするか。難しいボスだから怒らせないように、嵐が過ぎるのを静かに待とうとしてきたから、社員同士に温度差が生まれた。その結果、声を挙げにくい空気が作られてしまったのだと思います。



社員が連帯して声を挙げることができれば、お互いに勇気づけることもできたかもしれません。しかし、そのことがわかっていたから、広河氏は労働組合を強く嫌悪していたのでしょう」(太田弁護士)



●デイズジャパン社はやりがいを搾取し続けた

広河氏はかねてより、マネージャー採用の条件として「社員に好かれることを優先して対話を重視するのはいいのだが、社員の不満をまとめて組合のような動きをする人がかつて会社と対立したことがあった。DAYSを倒産させる可能性を大きくするので、警戒すべし」と述べるなど、組合に強い嫌悪感を抱いていた。



2018年、広河氏から退職を強要されたある社員が、労働組合に加入して団体交渉をデイズジャパン社に申し入れた。広河氏はこのような状況で、会社を再建させるための課題の一つとして、次のようなメモを残している。



「社員と経営者、株主の間での疑念が溶けて信頼関係が築けること。組合が社内にすでに実在する現状では困難ではないか。社員の問題、内部の問題をもらす人間がいると、問題を社員と話し合って進めることができない。社内で発刊の趣旨、志の共有が希薄になったことDAYSを守るという意識はほとんどの社員にない、というハードルを越えること」



労働者の権利を守るための組合があると信頼関係が崩れるというなら、労働者が権利を主張しない関係こそが理想的であることになる。こう考えてしまうこと自体が、ハラスメント気質と言えるのではないか。



「2018年8月に広河氏は、年齢や健康問題を理由に代表取締役を辞任する旨を取締役会に申し入れています。そして労働組合との団体交渉のさなかの10月15日に、突如社員に会社解散が言い渡されました。あまりに唐突だったので、偽装解散を疑った人もいたほどです」(太田弁護士)



労働組合に加入した社員は9月に退職したものの、別の3人の社員が新たに別の労働組合を結成。すると、「派遣社員に依頼して録音機を社長室に仕掛けようとしたり、金庫の暗証番号を聞き出そうとした」という理由で、うち1人に懲戒処分を下している。



しかし、検証委員会はこの社員への懲戒を不当な処分として、「労働組合員への嫌悪と敵視ありきで、事実が何かということを軽視するというのが広河氏の姿勢であった」と結論付けている。



「労働基準法や労働組合法を軽視している社長のワンマン企業は、そう珍しいことではありません。多くが、いずれ経営危機に陥ります。しかしデイズジャパン社は社員のやりがいを搾取してきたことで、労働環境改善へのモチベーションがあがらないまま存続してしまった。ここが他のブラック企業と違う点だと思います」(太田弁護士)



●広河氏に限らない問題だ

そして、広河氏は最後まで逡巡を続けて、性暴力被害者に対して最終的には「謝罪しない」という選択をしている。



「誤った記憶に基づいて、何度も繰り返し私を攻撃する人に対しては、考えを変えた。私は間違いは間違いと早く指摘すればするほど、どちらにも被害が少なくなると考え直した。共同通信の取材から、私は相手がそれを反映しようがしまいが、言うことは言う方針に切り替えた。とはいって私の記憶がはっきりしている範囲だけだが、さらに思い出せない相手は『会って話して顔を見たら思い出せるかもしれないが、それもできないならどうしたらいいのか』と被害者に会いたいとも言っている」(広河氏)



「セクハラや性暴力に対しての、真摯な理解はありませんでした。広河氏は性行為をしたこと自体は否定していません。しかし『合意があった』との思い込みは変わらず、そのことを被害者に質したいから『会いたい』と言っているのではないでしょうか」(太田弁護士)



「私は弁護士として、数多くの性暴力被害者を支援してきましたが、はじめのうちは加害者は『触ってなんかいない』『セックスした証拠があるのか』と、行為そのものを否定すると思っていました。



しかし、行為自体は認めたうえで、『合意があった』主張する事件が非常に多いことに気づきました。だから、これは広河氏に限らない、性暴力事件によくあるケースだと言えます。



意義のある活動をしてきた人物だからこそ、自分の罪を直視する姿を社会に見せることも、大きな社会的意義があるはず。しかし、広河氏がそういう視点で自身の加害性と向き合うことは、残念ながらありませんでした」(太田弁護士)



報告書を発表したことで、検証委員会は役目を終えて、被害者の相談窓口は、デイズジャパン社に一任されている。広河氏が今後どうするのかは、太田弁護士は「わからない」としながらも、被害者への二次加害をしないことを強く望んでいるという。



「長年文章を書いてこられた人だから、どこかで手記を発表する機会もあるかもしれません。しかし『合意があったはず』といった独善的な主張は、被害者にとって、最も耐え難いことだと思います。だから、自己中心的な言い分で被害者を傷つけることがないよう、強く望んでいます」(太田弁護士)



さらに、太田弁護士は「この事件をデイズジャパン社という『異常空間』で起きた、特殊なものだと思わないでほしい」と語る。



「対等ではない関係の中で立場の弱い者が断れない、不本意な合意をしてしまうというのは、性暴力やハラスメントのかなりの割合を占めると思います。だから、社長や上司など組織の中で権力を持っている人は、地位を利用して相手をしたがわせていないか、自身の行動をぜひ顧みてください」(太田弁護士)



●異常空間はデイズジャパンだけではない

デイズジャパン社内には、あらゆるハラスメントが横行していたといっても過言ではない。



しかし、私が以前いた編集部の隣の部署でも、上司が気に入らない部下に中身が入ったままの灰皿を投げつけるのが日常茶飯事だった。



投げつけられた女性は、泣きながら謝っていた。尋常ではない事態だったが、当時の私は「事情がよくわからないから」とスルーしてしまっていたのだ。



遠くのハラスメントには憤れても、近くのハラスメントには鈍感なのは、きっと私に限ったことではない。



だから広河氏やデイズジャパン社のことを「崇高な社会的意義を唱えながらも、内実は非道でしかない異常空間」とスルーしないこと。報告書はそんなメッセージを投げかけている。