2020年02月23日 09:41 弁護士ドットコム
新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、自宅での「リモートワーク(テレワーク)」が広がりつつある。
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出勤の必要がなくなれば、満員電車に揺られることもないし、睡眠や余暇の時間をもっと長くとれるだろう。労働者から待望の声が多くあがっている。
一方、企業側からは労働者が仕事をサボってしまわないか、という懸念の声も聞かれる。
働き方の問題を研究している倉重公太朗弁護士は、リモートワークを進めるべきという立場だ。一方で「労働者にはより成果が求められるだろう」とも指摘する。
リモートワークによって、働き方はどのように変わるのだろうか。電話でインタビューした。
ーーここ数日のリモートワーク拡大のニュースをどう捉えていますか?
新型コロナウイルスはもう「黒船」じゃないですかね。
「働き方改革」といわれて、2020年4月から中小企業でも残業の上限規制が始まります。でも、業務を根本からガラッと見直した企業がどれほどあったでしょうか。
それが新型コロナウイルスによって多くの企業で根本から働き方を変えざるを得なくなってきた。
もちろん深刻な事態ではありますが、働き方という面では良いきっかけにしなければいけません。
ーー「業務の見直し」とは具体的に?
そもそも業務のあり方以前の問題が多い。今の企業文化は「とりあえず来い」。必ず午前9時に来ないとできない仕事って何でしょうか?
通勤ラッシュを避けるため「オフピーク通勤」を推奨している複数の企業で、「先輩より早く来い」という圧力があると聞いています。
これは本当に意味があることでしょうか。思考停止ではダメです。
ーー経営されている法律事務所では、業務を見直して、事務員のリモートワークを始められたとか
法律事務所の事務員って、リモートワークがあまり考えられてこなかったんです。
でも、いざ本気で考えると、来客対応のお茶出しはペットボトルを用意すれば済むし、電話やメールも家で対応できる。請求書発行や日程調整業務も可能です。
もちろん、工場労働のように「その場に居なければならない」業務もあります。でも、リモートが前提になれば、「機械化できる部分はないか」という視点が生まれてくる。
今まではなんとなく昭和の延長線で来たけれど、リモートワークが進めば、徹底的に業務のムダを見直すインセンティブが発生するわけです。
ーーセキュリティー面を懸念する声もあります
うちの事務所はクラウドサービスを使っています。アマゾンやグーグル、マイクロソフト以上のセキュリティーシステムをイチ企業が構築できますか?
作業場所は考える必要があるでしょうけど、これでダメだったら、もうどうしようもないでしょう。
ーー自宅を作業場にすると、環境を整えないといけない場合もありそうです
家庭のネット環境を整備したり、新たに子どもを保育園に預けないといけなくなったりという人もいるでしょうね。
そのコストは企業がみていくべきだと思います。それをしない企業は、労働人口が減る中、労働者から選ばれなくなっていくんじゃないでしょうか。
当事務所でも家庭ネットワーク構築費用の助成制度を始めました。
ーー会社からの監視が強まるのでは、という懸念をよく耳にします。リモートワーク中、社員にビデオチャットを常時起動させている企業もあるそうです
監視はナンセンス。どれだけ労働者を信頼していないのでしょうか。
オフィスにいたって、席を立ってぶらついたり、コンビニに行ったり、タバコを吸ったりしていますよね。そんな細々とした時間は記録していないはずです。
どうして家だと厳しくなるのか。働く場所が変わるだけじゃないですか。
ーーということは、労働者にとってリモートは「バラ色」?
勘違いしてはいけません。リモートが進めば、「時間よりも成果」で評価されやすくなるということです。
たとえば、「働いているふり」をしている人。極端な例ですが、エクセルを無限に入力して、消すというのを繰り返している人って本当にいるんです。身近なところだとネットサーフィンして仕事している風の人。
そういう人は、オフィスだと仕事しているように見えてしまう。でも、リモートだと成果が何もないから、サボっているだけだと評価される。
要するに「働きやすくなる分、成果は出せよ」ということです。労働者には強い自律性が求められます。家にいても漫画やテレビなどの誘惑にちゃんと勝てますか、と。
だから、新型コロナウイルスの危険があるうちは難しいでしょうが、自宅以外でリモートということも出てくるでしょうね。
もちろん、仕事が早く終わって、新しい作業も降ってこないのであれば、ある程度好きに過ごしていい。成果さえ出せれば、オフィスにいるときよりも格段に自由度は高まるわけです。通勤で疲弊することもないですから生産性も高まります。
ーー逆にリモートで生産性が落ちれば、評価も容赦なく下がっていくと…。シビアに成果を見られるのなら、労働者に厳しい面もありますね。
リモートが向く人と向かない人はいるでしょう。作業量が減っていれば、マネジメント側が厳しくしなければならないということでもあります。
自宅だとどうしても仕事ができないような人は、本来リモートに向いていない人です。今回のように「リモートでしか働けない」みたいな状況になっていくと、自律性のない労働者は厳しくなるでしょうね。
ーーリモートにすると、コミュニケーションが難しいとか、雑談がなくなって新しいアイデアが生まれにくいといった懸念も耳にします。マネジメント側はどうすべきでしょうか?
コミュニケーションの難しさはよく聞きます。空間を共有していないのだから当然です。しかし、それを補うテクノロジーはたくさんあります。
まずは使ってみることです。それでもコミュニケーションが取れないのなら、もともと取れていなかったということではないでしょうか。
チャットのような文字でのやりとりだと意思疎通が難しいというのなら、テレビ電話のようなツールを使ったらいい。雑談をする時間も積極的に設けることは可能です。
もちろん、最初からうまくいくはずがありません。トライアンドエラーを繰り返してください。
離れているからこそ、意識してコミュニケーションをより密にすることが大切です。「孤独だから能率が下がる」という話もありますから、管理職から雑談を持ちかけてみるのもいいでしょう。
「1on1」(面談)もリモートでできます。そういう意味ではオフィスに居るときとやることは変わらないんですよね。
ーー「リモート=放任」ではなく、オフィスにいるとき以上に意識的なコミュニケーションが必要になると
もちろん、そこは労働者のタイプ次第です。大切なのは、相手がパフォーマンスを発揮する上で、どういう接し方が最適なのかを見極めることです。
たとえば、リモートだと若手の教育が難しいという話があります。しかし、面と向かって言われるより、ログが残ったり気軽に発言できたりするチャットで指摘された方が伸びる人もいる。
ちゃんと話した方が良いタイプなら、ネットだと会議室がなくても「1on1」の面談ができるのだから、そういうのを活用する手もあるでしょう。
ーー労務管理という点でもコミュニケーションが鍵を握りそうですね
リモートは労働時間が把握しづらいので、「何時から何時まで」と働く時間をきっちり決めて、深夜労働や休日労働がないようにチェックしないといけないですね。働きすぎには注意してあげてください。
ただし、繰り返しになりますが、常時監視はよくない。あくまで、開始と終了の時間に注意してくださいということです。
ーー企業からすると、正社員は労働時間の制約があり、解雇もしづらい。自律性が重視される社会になると、業務委託の方が使いやすくなりませんか?
業務を分解しやすい業種では、正社員に代わって、業務委託がますます利用されるようになるでしょうね。
タニタさんのように、働く人を保護しながら、フリーランス化を推進する新しい働き方の動きも出てきました。そうなると正社員とは一体何なのかという疑問も出てくるところでしょう。
解雇の金銭解決制度を求める声もより高まってくるのではないでしょうか。
ーー正社員でも、実際の労働時間に限らず、一定時間働いたとみなす「裁量労働制」や「事業場外みなし労働時間制」のような制度もありますが…
「裁量労働制」は限られた業種にしか適用できませんし、「事業場外みなし~」のみなし時間(通常必要時間)はより実態が伴っていなければなりません。
2020年4月から中小企業にも適用される「残業時間の上限規制」には功罪があって、成長のためにもっと働きたいという若者の足かせになっている部分もあります。
悪用する企業もあるので注意も必要ですが、労働者が業務委託を選んで、いろんな会社の仕事を受けるということも増えていくでしょう。
ーー能力を磨かないと、収入を上げるのが難しくなりそうですね。「働き方改革」なのに、労働者は必ずしも楽にならない…
リモートワークが定着すれば、通勤に使っていた時間を何に充てるかということも問われてくるでしょう。
労働時間は規制されていくわけですから、業務外の時間を使って、自発的に自身のキャリアや能力を高めていく必要が出てきます。
短時間で仕事をこなせる人は、空いた時間で能力を磨き、より働きやすい環境や高い収入を期待することができるでしょう。
生産性が高い人とそうでない人とで、賃金やキャリアの二極化が進んでいくことも予想されるところです。自分の人生を誰かが決めてくれる時代は終わりました。これからは自らのキャリアを自律的に掴んでいく姿勢が必要でしょう。
【取材協力弁護士】
倉重 公太朗(くらしげ・こうたろう)弁護士
倉重・近衞・森田法律事務所。第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長。日本人材マネジメント協会(JSHRM)執行役員、日本CSR普及協会の雇用労働専門委員。経営者側の労働法専門弁護士として、労働審判・労働訴訟の対応、団体交渉、労災対応等を手掛ける他、セミナーを多数開催。多数の著作の他、東洋経済オンライン上での連載「検証!ニッポンの労働」、Yahoo!ニュース個人「労働法の正義を考えよう」等も行う。日本経済新聞社「第15回 企業法務・弁護士調査 労務部門(総合)」第6位にランクイン。
事務所名:倉重・近衞・森田法律事務所
事務所URL:https://kkmlaw.jp/