なかなか完成しないことから、過去には「IT業界のサグラダファミリア」と揶揄された、みずほフィナンシャルグループ(FG)の勘定系システムの刷新・統合プロジェクト。この裏側を描いた『みずほ銀行システム統合、苦闘の19年史 史上最大のITプロジェクト「3度目の正直」』(日経BP)が今月発売された。
ネット上では、発売前から「やばい本が出ようとしている」などと話題に。前評判の高さから予約購入が殺到し、Amazonのビジネス書売れ筋ランキングでは21日現在1位を獲得している。しかし、話題性に勝るとも劣らず、結論から言うと非常に面白い本だ。情報システムや銀行の仕組みに明るくない筆者からみても、相当な読み応えがあった。(文:篠原みつき)
起こるべくして起きたトラブルが人災によって広がっていく
なぜかといえば、本書では「組織」や「リーダーシップ」の問題を提示しているからだ。トップが方針を決めないことで現場が混乱・疲弊し、起こるべくして起きたトラブルの被害がまた、人災によってどんどん広がっていく構図をあぶり出している。誰にとっても他人事ではない問題を、企業情報システムの本質を熟知する立場で、淡々と書き起こし、論評を展開している。
本書の構成は3部に分けられている。第1部が、新システム「MINORI」の解説と今後の経営戦略について。第2部は、2011年3月の東日本大震災の直後に起きた大規模システム障害について。第3部は、2002年4月の経営統合直後に起きた大規模システム障害を振り返る。時系列とは逆に「現在」「2度目のシステム障害」「1度目のシステム障害」と遡り、正直に言って読みづらい構成だ。
なぜこのような構成にしたのかは不明だが、この本はみずほにとってあまり触ってほしくない過去を公にするものだ。「現在はシステムが上手く行っていますよ」と伝えてくれないと印象が悪くなる、という要望があったのではないかと勘ぐってしまう。そんな邪推をしてしまうほど、第2部からはじまる2度目のシステム障害の惨状はひどかった。読んでいて頭痛と動悸がしてきたし、ちょっとした災害パニック映画でも見ているようだった。
「現場まかせが諸悪の根源」と厳しく指摘
きっかけは、2011年3月。東日本大震災から3日後の3月14日のこと。 テレビ局が義援金を募り、みずほ銀行の義援金口座に振り込みが殺到。「取引明細」の件数が一日に格納できる上限値を超えた。
これにより夜間の処理にも問題発生、翌日の営業時間までに間に合わなくなる、ATMが止まる、二重払いが起きるなど、次々と雪だるま式に被害が広がっていく。問題は、システム担当者たちが「上限値の設定があることを知らなかった」ことだという。
このとき、みずほ銀行は、異常時のシナリオをプログラムに組み込んでおくことも、紙のマニュアルも用意していなかったという。そのため「システム担当者たちは、(中略)異常時のシナリオをその場で考え組み立てながら作業するはめになった。」というから驚きだ。時間をかけてじっくり考えるべき作業を、システム障害の最中、しかも震災直後の混乱の中で考えるとは、想像しただけで心臓が縮み上がる。
日経コンピュータは、そもそもの根本原因・責任は、システム担当者よりも「経営判断」にあると厳しく指摘している。
「みずほ FG の経営トップは勘定系システムの刷新を現場任せにして、情報システムのことを理解せず、必要な資金や人員を投入する決断ができなかった。(中略) 関係各所の利害を調整したりできるようリーダーシップを発揮することも怠った。経営陣の IT軽視、 IT理解不足が、大規模システム障害の根本的な原因だった」
1988年から稼働してきた古い勘定系システムを、合併後も含め23年間も使い続けたというみずほ銀行。携帯電話やインターネットの普及に伴いサービスは拡充させてきたのに、情報システムの見直しを怠っていたというのは、なかなかの衝撃だ。
日経コンピュータは、旧第一勧銀、旧富士銀、旧興銀3行が合併した1999年に、こうした事態を予測し、危機感をもっていたことを、当時の記事と共に明かしている。「それみたことか」と言いたいところかもしれないが、本書の目的は、失敗を責めることではないだろう。文章からは「あれだけ言ったのに……」という、悲しみや怒りを感じないではいられない。
古いシステムを使い続けている企業は日本にいくらでもある。同じことが繰り返されぬよう、過去に学ぶよう警鐘を鳴らしている本書。システム担当者だけでなく、経営トップにもぜひ一読頂きたい内容だ。