2020年02月19日 19:42 リアルサウンド
先週の本コラム(歴史的大快挙の『パラサイト』 週末には276スクリーンに拡大)でも詳しく取り上げたように、先週末の動員ランキングではアカデミー作品賞受賞、及び公開スクリーンの拡大を受けて、ポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』が公開6週目にして1位を獲得した。土日2日間の動員は25万9000人、興収は3億7200万円、興収の前週比234%という予想通りの圧倒的な強さ。アカデミー賞受賞後の『パラサイト』現象は日本だけでなく、一度落ち着きをみせていた北米興行をはじめ世界中に及んでいて、遂に先週末には世界興収で2億ドルを突破している。
参考:歴史的大快挙の『パラサイト』 週末には276スクリーンに拡大
その大きな煽りを受けたと言わざるを得ないのが、2位に初登場したサム・メンデス監督の『1917 命をかけた伝令』。土日2日間の動員は12万4000人、興収は1億8100万円。初日から3日間の動員は17万8000人、興収は2億5300万円。『1917』はゴールデングローブ賞で作品賞(ドラマ部門)と監督賞をダブル受賞、アカデミー賞直前の全米監督組合賞でもサム・メンデスが受賞するなど、アカデミー賞の前哨戦となる各賞における好結果からアカデミー賞でも作品賞の本命視をされていた作品(結果的に撮影賞、視覚効果賞、録音賞の3部門受賞)。日本の配給サイドも、アカデミー賞授賞式の同週に公開日を設定するなど、万全の体制を敷いていた作品だった。
もっとも、海外作品の戦争映画というジャンルの特性を考えると、オープニング3日間の興収2億5300万円という成績は十分に健闘していると言ってもいい結果だろう。近年最も国内興行で成功した戦争映画といえば、2017年9月に公開されたクリストファー・ノーラン監督の『ダンケルク』。同作のオープニング2日間の興収3億2398万と比べると少々見劣りするが、まずは興収10億円突破が現実的な目標となる(ちなみに『ダンケルク』の最終興収は16.4億円)。
ほぼ全編がIMAX65mmフィルムで撮影された『ダンケルク』。イラクに派兵されたアメリカ軍兵士の描写を巡って世界中で論争を巻き起こしたクリント・イーストウッド監督の『アメリカン・スナイパー』(2014年)。さらに遡れば、その全体の構成から編集や音響をはじめとする戦闘描写においてそれまでの戦争映画に刷新をもたらしたスティーヴン・スピルバーグ監督の『プライベート・ライアン』(1998年)。思えば、90年代以降、つまり戦争映画がハリウッドのエンターテインメント大作の王道ではなくなって以降の戦争映画のヒット作は、最新の映像テクノロジーやセンセーショナルな題材などの大きな話題性とともにあった。逆に言えば、人気監督や人気俳優の看板だけではなく、それ以外の何らかの話題性がなければ成り立ちにくい、成り立ったとしてもヒットにはなかなか結びつかないジャンルになって久しい。
『1917』の話題性を牽引しているのは、全編がワンシークエンスのショットに見えるという、映像テクノロジーというよりもその映像テクニックだ。戦争映画はその題材の特性上、大規模な製作費を必要とするジャンルであり、また、映画史を振り返れば数々の巨匠が傑作を残してきた映画好きにとって特別なジャンルでもある。それなりの名声とキャリアを築き上げてきた監督にとっては、もしその機会を手にすることができるなら、人生で一度は撮ってみたいジャンルと言ってもいいかもしれない。サム・メンデス監督にとっても、『1917』は第一次世界大戦に従軍した祖父の話を基にしたというパーソナルな動機だけでなく、全編ワンシークエンス・ショットという恐ろしいほど執念と手間と時間がかかる手法を用いてでも、映画監督としての野心においてどうしても実現したかった企画だったのではないか。
結果として、『1917』はアカデミー賞の作品賞や監督賞の受賞は逃したものの、数々の映画賞を受賞し、世界興行においても大きな成功を収めることとなった。しかし、ほぼすべてのハリウッド・メジャーが続編やスピンオフといったフランチャイズ作品に選択と集中を進める中、小中規模の製作予算では成り立ちにくいハリウッドの戦争映画の製作本数は今後ますます減っていくだろう。そう考えると、今、劇場で『1917』を体験するのには大きな意味がある。(宇野維正)