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槇原敬之さん逮捕「転落」報道への違和感 「厳罰が必要」「薬物を断つのはムリ」は本当?

2020年02月15日 10:12  弁護士ドットコム

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シンガー・ソングライターの槇原敬之さんが覚せい剤取締法違反(所持)と医薬品医療機器法違反(指定薬物の所持)の疑いで2月13日、警視庁に逮捕された。NHKの報道などによれば、現行犯ではなく、2年前に自宅で所持していたものだという。


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槇原さんは1999年に覚せい剤取締法違反の疑いで逮捕され、同じ年に懲役1年6月(執行猶予3年)の判決を受けている。



13日にテレビ各局が槇原さんの逮捕を速報で報じるやいなや、薬物使用に対する強い非難のトーンでメディアは報じている。



槇原さんが違法薬物を所持していたかどうかは現時点では定かではない。にもかかわらず、所持したことを前提に「薬物の恐ろしさ」や「厳罰の必要性」を強調する報道に対しては疑問の声も上がっている。



芸能人の権利を訴える「ERA(日本エンターテイナーライツ協会)」は14日に声明を公表し、「槇原さんが本当に犯罪行為を行なったのか否かに相当の疑問が残る状況」であるとし、このような報道は「槇原さんの人権を著しく侵害」するとした。



加えて、薬物報道で問題となるのが、逮捕された芸能人が非難されることにより、「薬物依存からは回復できない」「厳罰が必要だ」というイメージが形成され、薬物使用者に対する偏見を強めることだ。



実際に、これまでの報道を受け、ネット上には「覚せい剤を断つのはムリなのね」「薬物が怖いものだと分かった」「刑罰をもっと厳しくすべき(軽すぎる)」などのコメントが並んでいる。



槇原さんの逮捕でわき起こった「非難」は正しい知識に基づいているのだろうか。(編集部・吉田緑)



●「執行猶予がつくからやめられない」ホント?

「厳罰化」を訴える声はテレビのコメンテーターにもみられる。TOKYO MX「バラいろダンディ」で木曜コメンテーターを務める梅沢富美男さんは、13日の放送で「執行猶予はなしにしなよ。覚せい剤やったら懲役。自分がなんで覚せい剤をやったかってことを考え直す時間もある」とし、「執行猶予がつくからやめられないんだよ」とコメントした。



しかし、刑務所に入ることで、覚せい剤をやめられるわけではない。刑務所の出入りを繰り返してしまう人も少なくない。



たとえば、2014年の出所受刑者について、「覚せい剤取締法違反」の5年以内再入率(出所した人が再び刑務所に戻ってしまう割合)をみると、総数で49.1%(満期釈放者58.8%・仮釈放者43.4%)となっており、ほかの罪名と比べて高くなっている(『犯罪白書(令和元年版)』)。



また、松本俊彦医師(国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部部長)によると、薬物依存症者がもっとも薬を使いやすい時期は「刑務所を出た直後」であり、つぎに多いのが「保護観察の終了後」だという。



「刑罰では『再発』を防ぐことはできないと思います。薬物犯罪として罰せられることで、それまでの人生で積み重ねた実績や人間関係はすべて破壊され、コミュニティから排除され孤立を余儀なくされます。



依存症の回復過程において『再発』は不可避の現象です。それにもかかわらず、再発のたびに刑罰を受け、刑務所に収容されて、様々な『つながり』を失うことで、ますますコミュニティ内の居場所がなくなってしまいます。これでは、薬物をやめた先の未来に希望がもてず、薬物依存症に対する治療意欲も高まらないでしょう」(松本医師)



●「回復している人に出会えて希望が持てた」

覚せい剤や危険ドラッグをはじめ、違法薬物の使用者は「身近にいない」かもしれない。



ただ、日本で「犯罪」とされている薬物について、当事者や家族が「使用している」「やめられなくて困っている」と積極的にまわりに打ち明けることは極めて困難だ。そのため、だれにも相談できずに悩んでいたり、報道をみて「ムリなのでは」と諦めたりしている当事者や家族も少なくない。



しかし、実際に、回復の道を歩んでいる人たちはいる。



当初は薬物をやめられず、藁にもすがる思いでDARC(ダルク・薬物依存症の回復支援をおこなう団体)につながり、現在は施設長を務めている人、大学で研究員をしている人、家族の相談に乗っている人など、記者もさまざまな人たちに会ってきた。家族からも「回復している人に出会えて希望が持てた」という声を聞く。



学校やメディアなどで自らの体験を語る人たちもいれば、DARC以外の団体につながり、薬物を使わない毎日を過ごしている人もいる。



●槇原さんは「転落」している? 表現への違和感

具体的な事実がほとんど明らかにされていない現時点において、槇原さんが「薬物をやめたくてもやめられない」状態で悩んでいたのかは定かではない。



一部のテレビ番組では、槇原さんの逮捕を「転落」と表現していた。もし、槇原さんが悩んでいたのであれば、今回の逮捕は槇原さんを支える「仲間」や「居場所」との出会いにつながる可能性もありうる。それは決して「転落」ではないはずだ。



【薬物依存症の相談先】



「ダルク」
http://darc-ic.com/darc-list/



「全国薬物依存症者家族会連合会」
http://www.yakkaren.com/zenkoku_kazoku_list.html