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Eveの音楽はいよいよ社会へと開かれていく アルバム『Smile』は“覚醒”の一枚に

2020年02月13日 18:02  リアルサウンド

リアルサウンド

Eve

 Eveがニューアルバム『Smile』を2月12日にリリースした。


(関連:Eve『おとぎ』に感じた歌声の変化と物語性の深化 劇場先行上映会に参加して


 “覚醒”の一枚だと思う。前作『おとぎ』から一年、めまぐるしく変化する状況のなかで、シンガーソングライターとして着実に成長を遂げてきた彼の現在地が刻み込まれている。ポップミュージックとしてのキラキラした輝きと、それと対称をなす内奥のダークな暗がりの二面性が、挑戦的なサウンドメイキングと共に結実している。


 もともとBUMP OF CHICKENの楽曲をきっかけに音楽と出会い、ボカロ曲のカバーを「歌ってみた」としてニコニコ動画に投稿するところから活動を始めた彼。「ネットカルチャー発の新たな才能」として注目を集める発端となったのは、全曲作詞作曲を手掛け2017年末に自身のレーベルからリリースした前々作アルバム『文化』だった。


 前作アルバム『おとぎ』も、いわば『文化』から地続きの精神性で作られた作品だった。現実と非現実が隣り合う世界観を描く楽曲は、とても幻想的な物語性を持つものだった。彼の音楽はアニメーションを主体にした映像と深い部分で結託し、アレンジを手掛けるNuma、映像作家のMahやWabokuなどクリエイターとのチームによる制作環境から生まれてくる。ただ、あくまでEve自身の内面性をその核に持つ「個」の表現が貫かれてきた。


 ただ、『おとぎ』以降、状況は大きく変わった。


 その表現は、社会へと開かれていった。他者と交わる部分でクリエイティブがなされるようになった。端的に言うと、タイアップの機会が増えた。特に、今年に入ってからはJR SKISKI 2019-2020キャンペーンテーマソングとして書き下ろされた「白銀」と、ロッテ・ガーナチョコレート“ピンクバレンタイン”テーマソングに起用された「心予報」という、2つのCMソングが世を彩った。


 可愛らしいメロディにハンドクラップの仕掛けがほどこされ〈桃色の心予報〉という言葉が歌詞に配された「心予報」も、躍動感あるバンドサウンドをベースにEDMのビルドアップのように徐々にテンションを高めていき〈想い馳せる 白い海原〉というフレーズを歌うロマンティックなサビのメロディに飛び込んでいく「白銀」も、とてもキャッチーでカラフルな作りになっている。おそらく、これらの曲や、専門学校HALのCMソングに起用された「レーゾンデートル」でEveの名前を知った人も多いだろう。


 その一方で、アルバムは、こうした曲と対称的な、自分自身の内奥に深く潜り込むような彼のダークな想像力が軸になった一枚でもある。


 きっかけとなったのはアニメ『どろろ』のエンディングテーマとして書き下ろされた「闇夜」だろう。先日に東京国際フォーラムで開催されたツアー『winter tour 2019-2020「胡乱な食卓」』ファイナル公演のMCでも、Eveはこの曲がアルバムの中で最初にできた曲であり、思い入れのある曲だと語っていた。


 ストリングスの響きと細かく刻むハイハットが印象的なこの曲は、00年代のバンドシーンから10年代のボカロシーンへと引き継がれた“疾走感”を持つギターロックの意匠とは違い、重く沈み込むような“虚無感”のテイストを持ったもの。個人的にはXXXテンタシオン~ビリー・アイリッシュが象徴する、エモラップとゴスが混じり合う今のUSのポップミュージックの潮流ともリンクする音楽的な引き出しを開けた重要な一曲だと思う。


 アルバムは、インストゥルメンタルのオープニング「doublet」に続き、先日のライブでも1曲目に披露された「LEO」から始まる。これも「闇夜」に通じるサウンドのシグネチャーを持った曲。ボーカルエフェクトを駆使した声で〈水面に映る 知らない顔が1つ〉と歌う冒頭も、〈たまたまそちら側に居て 何も知らないだけ〉という最後のフレーズも、ゾクッとする響きを持っている。内側に抱えた虚無感やアイデンティティの不全感が生々しく刻み込まれている。


 アルバム終盤の構成も、とても印象的だ。


 「白銀」「心予報」とタイアップ曲が並び、ボーイ・ミーツ・ガールな物語展開のMVも鮮烈な「バウムクーヘンエンド」が続く。


 アップテンポでダンサブルなこれらの曲の後に、一転して再びダークな「mellow」が始まる。やはりボーカルエフェクトとハイハットの響きが印象的な、沈み込むような響きを持ったスローナンバーだ。〈この人生は歩く影法師のような物語 意味なんてない〉という歌詞も強く胸に残る。


 そしてインストゥルメンタルの「ognanje」、ラストの「胡乱な食卓」で幕を下ろす。「胡乱な食卓」は、研ぎ澄まされたエレクトロニカのビートと低音域に沈むベースラインにノイズが時折差し挟まれ、不穏な後味を残す一曲。これらの曲が、それぞれ「スキー」と「バレンタイン」をテーマにした「白銀」「心予報」と対称をなしていて、その二面性がアルバムのキーになっている。


 前作『おとぎ』では冒頭に「slumber」(=まどろみ)、ラストに「dawn」(=夜明け)という2曲のインストゥルメンタル曲が置かれたコンセプチュアルな構成になっていた。それに倣うならば、今作の冒頭の「doublet」は「一対のもの」という意味。そして「ognanje」はナイジェリア東部のイグボ族の伝承で「やってきて去っていく子(取り替え子)」を意味する言葉だ。つまり、「社会と個人」や「陰と陽」や「善と悪」のように、対称的でありつつ重なり合う二面性を持った関係が、アルバムのコンセプトの核心にあるのではないだろうか。『Smile』(=笑顔)をタイトルにしながら、笑っているようにも、涙を流しているようにも見えるジャケットのイラストも、その象徴になっているのではないだろうか。


 もちろん、解釈は聴き手に委ねられている。少なくとも、いろんな読み解き方ができる、とても奥深い魅力を持った作品であるのは間違いないだろう。(柴 那典)