2020年02月11日 10:02 弁護士ドットコム
映画館のスマートフォンのマナーが議論されている。せっかく楽しみにした映画鑑賞を、携帯電話やスマホの着信音や、液晶の照明に邪魔されてガッカリする。そんな経験は誰にでもあるだろう。劇場側は上映前に「マナーモードや電源オフ」を伝えている。
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それでもなくならない映画客のスマホ使用に対して、「映画館に通信機能抑止装置を置いてくれ」との声が上がる。すでにクラシックコンサートやミュージカルの会場で導入されている装置は、映画館にも設置できるのだろうか。
映画館はお金を払って「違う世界」に連れていってくれる特別な場所。しかし、その非日常体験を台無しにする行為が「客のスマホ利用」だ。
「隣の客のスマホの液晶が明るくて気になる」「エンドロールまで没頭したいのに」「映画館クソ客ガチャ(※意訳・近くの席に座る客は選べない)」
上映中にもかかわらず、映画館でケータイやスマホを使っている人たちに向けられた「恨み節」にも似た声がネット上にはあふれている。
多くの劇場では作品上映前に「マナーを呼びかける映像」を流して電源オフやマナーモードを「お願い」している。だが、それでも手ぬるいとばかりに映画ファンからは「強制的に携帯電話の通話や通信をできなくさせる電波を劇場内に流してほしい」という声は少なくない。
クラシックの演奏を聴くコンサートホールや、ミュージカル、演劇の劇場ではすでに通信機能抑止装置(ジャマー)が導入されている。
東京・千代田区の「帝国劇場」では「音が鳴らないなど観劇環境の維持のため」(運営する東宝株式会社)に約10年前から抑止装置を導入した。上映時間中に限り客席内に作用するように装置を作動しているという。
映画館に目を向けると、すでに導入している劇場はあるのだろうか。一般社団法人「日本映画制作者連盟(映連)」事務局の事務局次長・小林恵司さんは「正直なところ、映画館で導入されているのは存じ上げません」と話す。
複数の大手シネコンに装置の導入実績について取材すると、シネコンAは「導入は今まで議題に出たこともない。お客様のマナーに任せている」と回答。別の大手シネコンBも「意図的に抑止する電波を出す装置は導入していない。マナーの呼びかけは上映前に映像を流したり、ロビーに掲示したり、苦情があればスタッフが声かけをしたりしている」とした。
通信機能抑止装置の設置には免許が必要だ。
電波法4条には「無線局を開設しようとする者は、総務大臣の免許を受けなければならない」とある。総務省の総合通信基盤局移動通信課は「電波法上での表現になりますが、全国的には200局前後の通信機能抑止装置の実験試験局が開設されています」とする。
携帯電話やスマホの通信抑止装置を導入した施設は全国に200前後あるということだ。
では、その200前後に映画館は含まれているのか。「映画館で導入された実績はないし、検討もされていないというのが正しい。今のところ、映画館からの免許申請は全くありません」と、意外な返答があった。
検討すらされていなかったとはーー。なお「映画館の装置導入は、法律上は問題ない」とのことだ。
同課によれば、次に挙げるような観点で判断基準が満たされれば、免許することは可能だという。「公共福祉の増進の意味合い、装置を導入して公共サービスの向上が見込める」「他に代替手段がない」「携帯電話の事業者から許可が出る」
なぜコンサートホールでは導入されて、映画館では導入の検討すらされないのだろう。
同課の認識では、コンサートホールは「リスク対策」として装置を導入しているという。
「公演する側が劇場を借りてコンサートを開く。それがコンサートホールです。公演中に観客の電話が鳴ると他の観客や楽団に迷惑がかかります。これは聞いた話ですが、クラシックコンサートにおいては、携帯電話を鳴らしたことに起因する金銭トラブルがあったそうです。公演を台無しにされた楽団がコンサートホールに(賠償金の)請求をする。その請求が今度は施設から携帯電話を鳴らした観客に届く。こういう構図です。コンサートホールでは、観客のスマホ利用を重大なリスクととらえて、装置の設置を希望すると認識しています」
「映画館ではそういう事情の違いも含めて、装置への導入の意識の違いがあるのかと思います。存在自体は認識したうえで導入していないんだと思います」
映画館で観客がスマホを鳴らしても、映画館で怒るのは別の観客だけだ。映画の製作者や役者が殴り込んでくることはない。ある大型シネコンでも「映画館で上映中にお客様同士が言い合いになり、警察を呼んだ事例はあった」そうだ。この場合でも、劇場側がリスクを負うことはおそらくない。
映連の小林氏は、映画館への導入が現実的でない理由を語った。
「多くの映画館でバリアフリー上映(音声ガイド付き上映)が広まっています。視覚に障害のある人はスマホを使って音声ガイドをダウンロードし、イヤホンなどで副音声を聴きながら映画を鑑賞します。事前に音声データをダウンロードする必要があるので、上映前に通信ができないのでは困ります」
もうひとつの理由は電波の干渉だ。「映画館は複数の劇場が壁一枚で隣り合っています。各劇場で上映作品も上映時間もまちまちです。劇場1の通信を妨害しようとして、まだ上映中ではない劇場2のお客さんの電話が使えなくなってしまいます」
ほかにも、最近はメディアミックス展開されたアニメ作品が上映されると、来場特典として「アニメタイトルのゲームで使えるレアアイテムをプレゼント」などの企画が催される。映画が終わったときに「スマホが使えずにアイテムがゲットできない」という事態になれば、多くのクレームが劇場に殺到するだろう。
というわけで、映画館に通信機能抑止装置が設置されることは今のところなさそうだ。
映画館のマナーCMは日本初のシネコンとされる「ワーナー・マイカル・シネマズ(現イオンシネマ)」が1993年に日本で始めたという。「当初は『おしゃべりはダメだよ』などの他、『禁煙ですよ』と呼びかけをしていました。時代の変化に伴って、『ケータイはダメ』『スマホはダメ』と項目が増えていきましたね。ですが、やはりスマホいじりを完全になくすことはできません」。
映画館で安心して最高の体験ができるのはまだまだ先のことかもしれない。それとも一人ひとりのマナーを根底から変えれば、もしかしたら…。