2020年02月10日 10:32 弁護士ドットコム
「(姓を変えるのがいやなら)結婚しなければいい」
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衆院の代表質問で1月、国民民主党の玉木雄一郎代表が選択的夫婦別姓の導入を求めた際、自民党議員がこんなヤジを飛ばした。しかし、このヤジをきっかけに、選択的夫婦別姓を求める声がさらに高まっている。
現在、夫婦は同姓であることが民法750条によって義務付けられている。結婚の際に夫か妻かどちらかの姓を選べるものの、9割以上の女性が結婚の際に改姓しているのが現状だ。改姓による不利益や、男女の不平等を解消しようと、複数の夫婦別姓訴訟が争われ、その導入を司法の場で訴えてきた。
一方、内閣府が2017年に実施した世論調査で、67%が選択的夫婦別姓を容認。朝日新聞が1月に実施した世論調査でも、69%が賛成、50代以下の女性では8割以上が導入に賛成している。こうした中、ヤジは大きな批判を浴びた。
批判の声を受けて自民党の中でも検討の必要性を認める向きも出てきた。思わぬ「ヤジ効果」で、選択的夫婦別姓の議論はどう動いたか。夫婦別姓訴訟に携わっている弁護士や、議会や議員への働きかけをしている民間団体に話を聞いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)
まず、今回の自民党議員による「ヤジ」は何が問題だったのだろうか。夫婦別姓訴訟でサイボウズの青野慶久社長の代理人を務めている作花知志弁護士は、次のように指摘する。
「国会議員が『それなら結婚しなくていい』とのヤジを飛ばしたことについて、大きな悲しみを感じています。
憲法上、婚姻の自由が基本的人権であることは明白です(憲法24条1項)。しかし、姓を変えなくてはいけないために、結婚ができないという人がいます。
このヤジは、現在の法律制度を変えるべきではないか、という質問に対して、基本的人権を享受しなければいいではないか、と答えたことを意味します。
また、憲法が基本的人権を保障していることは、『多数決では奪うことができないものがある。それが人権である』という理念を保障したことを意味します。
国会議員に求められていることは、多数決で決めた一定の価値観を全国民に義務づけることではなく、国民の間で多様化している家族観に適合した多様な選択肢を有する法律制度を構築することです(憲法24条2項)。
その意味で、国会議員が飛ばしたヤジの内容は、その憲法上の職務に反するものです」
一方で、作花弁護士はその後の展開に期待をかけている。
「ただ、このヤジが大きく報道された結果、逆に、選択的夫婦別姓制度の導入に向けた動きが、自民党内や公明党内から出ています。
滝川クリステルさんとご結婚された小泉進次郎さんが、1月24日に改めて選択的夫婦別姓に賛成される意見を述べました。また、1月28日に、公明党の山口代表が、制度の導入に向けて、自民党に理解を求めていくことを発表しました。
さらに、1月27日には岸田文雄政調会長が記者会見で、『必要に応じて議論を考えなければならない』と党内論議の必要性に言及した上で『保守的な考え方を持つ方から「家名を残すための夫婦別姓を考えてほしい」との陳情が増えてきた』と話したことが報道されました。
ヤジをきっかけとして、選択的夫婦別姓制度がないために不利益を受けている方々の救済の必要性を、逆に感じたのではないかと思います」
作花弁護士が担当する夫婦別姓訴訟は2月26日、東京高裁で控訴審判決が言い渡される予定。「法制度の導入を導くような判決を期待して待ちたいと思っています」と作花弁護士は話している。
「ヤジを飛ばした議員は、確実に知識不足の状態だと感じました」と話すのは、選択的夫婦別姓の導入を各地の議会にはたらきかけている「選択的夫婦別姓・全国陳情アクション」の井田奈穂事務局長だ。「当事者の困りごと、痛み、苦悩、不安を一度でも直接相談されたことがあれば、とてもそんな発言はできないからです」
井田さんは議員の知識不足を「職務怠慢に他ならない」と指摘する一方、「国民も議員に声を届ける努力をしなければいけません。困っていても議員に伝えない、行動しないでは、その代表者である議員も『知らない』で終わってしまいます」と呼びかける。
井田さんたちは当事者の声を議会に届けるため、2018年11月に活動をスタート。ツイッターを通じて現在160名ほどが集まり、全国の地方議会、そして多くの国会議員に会って陳情している。1年かけ、全国の議会から37件もの意見書を国会に送った。
「結婚したいのにできないカップルは、メンバーの4割ほどを占めます。結婚を望む事実婚のメンバーは、20代から60代までいます。直接会って目を見て話すことで、本気になって動いてくださる議員をこれまでたくさん見てきました」
3月には、「自民党の稲田朋美議員が主宰する『女性議員飛躍の会』でも、選択的夫婦別姓の勉強会を開催していただく予定」という。勉強会では結婚できずに困っている当事者らから、夫婦別姓の必要性について話してもらう。
「その話を聞いた後で、もう一度議員たちに問いたいと思います。それでもやはり、この人たちを『結婚しなければいい』と思われますか、と」
「結婚しなければいい」という言葉は、夫婦別姓を望む人たちがこれまで散々、浴びせられてきた。どうしてもパートナーの姓を選べない場合、「事実婚」をせざるを得ない。つまり「結婚しなければいい」という状態になってしまうのだ。
井田さんはこうした現状に対し、法改正を求めている。
「日本に事実婚なんて『制度』はありません。フランスのPACS、スウェーデンのサンボ法のように、事実婚カップルにも法律婚と同等の法的保障を認める法律は日本にないのです。
つまり、法的に他人です。元気で共働きができているときはまだいいのですが、何十年も信用・実績・資産を築いてきた氏を片方が捨てない限り、罹病、失職、死亡などの時に家族として認められず、困難に直面する可能性があります。
配偶者として介護施設に同室入居不可、手術・治療の合意も不可の報告があります。夫婦で築いた財産でも、相続権はありません。それをカバーしようと遺言書を作成したとしても、問題なく家族として扱われるかは確実ではありません」
結婚したいのに、事実婚せざるを得ないカップルは将来に不安を抱えながら生きているという。
井田さんたちは最近、メンバーのひとりだった男性を亡くした。
「結婚したいと思った時、互いに50代。氏名の上に、それまで築いてきた50年余の人生がありました。
どちらも改姓を望みませんでした。病気を患っていた男性は、事実婚のままでは自分に万一のことがあった時、彼女が相続で困ると思い、法律婚することに。でも彼女の名字を奪ってしまうのは忍びないと、最初は妻氏婚するつもりで、80代の親にも了解を取ったそうです。
たくさん話し合って相続のことも調べて、悩んだそうです。結局、『業界の有名人で、著書もあるあなたが名前を変えたら困るでしょう』と慮った彼女が、改姓を申し出てくれて、夫の氏で結婚しました。
男性は彼女の氏を奪ってしまったことを気に病んで、『今の制度はおかしい』と、私たちのメンバーになりました」
男性は昨年9月、東京都の渋谷区議会特別委員会で開かれた議員との懇談で、自分の想いを訴える予定だったが、病気の進行は予想以上に早かった。「亡くなる数日前、病床から『ごめんなさい、(行くのは)無理です。頑張って』とメッセージをくれました」
井田さんはあらためて「自分の氏名はその人の拠って立つ基盤です」と語る。「もう40年も『強制的改姓』の問題が議論されています。潮時ではないでしょうか。法改正を強く望みます」