トップへ

『なぜオスカーはおもしろいのか?』著者が明かす、第92回アカデミー賞授賞式の注目ポイント

2020年02月09日 12:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『なぜオスカーはおもしろいのか? 受賞予想で100倍楽しむ「アカデミー賞」』(星海社新書)

 ライムスター宇多丸の『アフター6ジャンクション』(TBSラジオ)内のアカデミー賞予想コーナーで有名なMs.メラニーが、1月24日に書籍『なぜオスカーはおもしろいのか? 受賞予想で100倍楽しむ「アカデミー賞」 』(星海社新書)を刊行した。本書は、「オスカー予想屋」として活動するMs.メラニーが、歴代の授賞式における選りすぐりのエピソードを紹介しつつ、自身が実践している受賞予想のテクニックを余すことなく伝える一冊だ。


 今回、著者であるMs.メラニーにインタビューを行い、2月10日(日本時間)に開催される第92回アカデミー賞授賞式の注目ポイントや、オスカーの近年の動きなどを語ってもらった。


■今年の作品賞は一強不在?
――Ms.メラニーさん独自の予想メソッドは、いつ頃から確立されてきたんですか?


Ms.メラニー:実は、あまり独自メソッドと思ったことはありません。本にも一応独自メソッドと書いてますが、本来オスカーが好きな人は誰でもやっていることなのではないかなと思うので。オスカーの予想は2000年くらいから続けていて、数を重ねるにつれ、少しずつテクニックが増えてきた感じです。


――一緒に予想する仲間がいるということも本に書かれていました。そういう人たちと、自分の考え方を話し合ったりすることはありますか?


Ms.メラニー:もちろんです。本にも出てくるローリーという20年間ぐらい一緒に授賞式を見ている友達がいます。映画業界の中でも1番趣味が合う友達ですが、12月の前哨戦開始から2月にかけては、連絡の頻度が上がります。「今年はこれがきそうだね」ぐらいのところから、ゴールデングローブ賞のノミネーションがあって、「ゴールデングローブはこれが漏れたね」という感じで。


――ローリーさんの意見を聞いて、自分の予想を変えたりするんですか?


Ms.メラニー:常時調整します。例えば今年の作品賞は、『1917 命をかけた伝令』(以下、『1917』)と『パラサイト 半地下の家族』(以下、『パラサイト』)が1歩抜け出た状態になっていて、その下に『アイリッシュマン』や『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』『ジョーカー』があります。でも、今年の作品賞ノミネート作品で、特に強いと言われている作品は、何かしら足りない点があり、「絶対これ」と言いにくい状況です。そんな中、どんなロジックで、今のところどこに注目しているのかは、お互いに話しますね。


――“完璧な作品がない”というのは具体的にはどんなところが?


Ms.メラニー:例えば『ジョーカー』は、11部門に最多ノミネートされていますが、アメコミ作品というのが弱点です。『アイリッシュマン』は、前哨戦で賞を獲れていません。『1917』は役者が1人もノミネートされていないのが実は大きなポイントで、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』は一見強そうに見えますが、第72回カンヌ国際映画祭のコンペティションの際に、『パラサイト』との対戦に敗れていますし、重要な組合賞での受賞が足りません。


――ちなみにメラニーさんはどの作品を推しているんですか?


Ms.メラニー: 『パラサイト』です。単純に1番面白かったので。


――俳優部門に入っていないという点では『パラサイト』もそうですよね。


Ms.メラニー:そうですね。でも、『パラサイト』はそんなことよりも、外国語映画ということが致命的なハンデです。


――書内では、戦争映画や実話モノはアカデミー協会員のウケがいいと書かれていました。『1917』はそういった観点からいかがでしょう?


Ms.メラニー:『1917』は戦争映画ではありますが、私の著書にある「アカデミー協会員のウケがいい」戦争映画は主に、第二次世界大戦のナチスドイツの話を指します。第一次世界大戦を描いた作品は、今までオスカーの歴史を見てきても珍しいので、あまり比べられず、分からないところがあります。実在の人物という意味では、主演女優賞はおそらくジュディ・ガーランドを演じたレネー・ゼルウィガーが獲るのではないでしょうか。今年は珍しく、実在の人物が少ないですね。


■アカデミー賞の傾向に変化が?
――監督賞はいかがでしょう?


Ms.メラニー:監督賞はすごく悩んでいるところです。ポン・ジュノに監督賞を与えて、作品賞は『1917 命をかけた伝令』ではないかと何となく思うのですが、それをサポートする理論がない。DGA(全米監督協会賞)は、監督賞に関して的中率が高いのですが、今年はそこでポン・ジュノが獲らなかった。一方で、去年はアルフォンソ・キュアロンがDGAをしっかり獲っているので、その差は気になります。


――俳優はどのように選んでいるのでしょうか?


Ms.メラニー:今回、俳優は4人ともゴールデングローブ賞やSAG(全米映画俳優組合賞)と変わらないと思っていて、ホアキン・フェニックス、ブラッド・ピット、レネー・ゼルヴィガー、ローラ・ダーンですね。時間をかけないといけない箇所はほかにもあるので、なるべく労力を割かないようにしています。


――ほかに時間かけているところというと?


Ms.メラニー:年によって違いますが、今年は脚本賞に注目しています。WGA(全米脚本家組合賞)を『パラサイト』が獲ったので、オスカーでも続くのかが1番の関心事です。脚本は、クエンティン・タランティーノが強いんですよ。タランティーノは、作品賞と監督賞は獲ったことがありませんが、脚本賞はこれまでに2回獲っていて、今回も有力候補です。あと、『パラサイト』は外国語映画なので、話の展開は面白くても、セリフの面白さが評価できない。本当の意味でのセリフの機微が、字幕でどのように表現されてるかというところになってしまうので、すごく不利だと思います。それを踏まえた上で、どっちが獲るのか、すごく気になっています。タランティーノはWGAに加入しておらず、勝負が発生しなかったので、アカデミー賞でポン・ジュノとタランティーノの一騎打ちになると思います。


――アメリカだと字幕で映画を観る文化がほとんどないので、脚本やセリフの面白さを掴めないのはあるのかもしれません。


Ms.メラニー:何をもって脚本が面白かったというのかは人によって差があると思いますが、やはりセリフが1番分かりやすいですよね。なので、そこが評価できないのは懸念すべきポイントだと思います。


――本の中で、近年アカデミー賞の会員が多様性を意識して傾向も変わってきていると書かれていました。その辺り、明確に変わったと感じる部分はありますか?


Ms.メラニー:毎年、招待される人数がすごい勢いで増えているのは感じます。やはりこの10年ぐらいをかけて、少しずつ受賞作の傾向が変わってきていて。昔は戦争と言えば第二次世界大戦で、「ナチスもの」が獲るなど分かりやすかったのですが、最近は戦争ものと言ってもイラク戦争や中東のアルカイダを敵にした作品が獲るようになってきました。昔の戦争ではなくて、最近の戦争のほうが響くようになったのを感じます。あと、国内の人種差別問題を題材としたものもだいぶ受賞率が上がったように思います。それと、ドキュメンタリー作品は、その年の世相を反映しますね。


――インターネットの普及で、いろんな情報を探せるようになりましたが、予想屋的にはどうなんでしょう?


Ms.メラニー:やはり楽になりました。一昨年ぐらいに24部門中21部門を当てましたが、それは現代じゃなければできなかったと思います。去年は初めて短編3部門を全部当てたという、自分の中では1番の快挙があるんですけど、それもやはり全作品を観ることができたのが大きかったですね。


――受賞者のスピーチには注目が集まっています。


Ms.メラニー:受賞者のスピーチはやはり毎回すごく楽しみですね。でも、スピーチが下手な人とかは許せません(笑)。


――(笑)。最近許せなかったスピーチはありますか?


Ms.メラニー:今年のゴールデングローブのホアキン・フェニックスですね。本当にひどいスピーチだったのですが、直後に行われた重要なSAG授賞式では、私でも感動しちゃうくらいのすごく良いスピーチをしていました(笑)。


――逆に最近よかったスピーチはどういったものがありますか?


Ms.メラニー:やはり初めて受賞した人は、素直に喜びが溢れ出るので、感じが良いです。ここ10年くらいだと、エディ・レッドメインがめちゃくちゃ喜んでいて、すごくかわいかった。受賞が2回目になるとみんな余裕が出てくるので、スピーチの内容に主張が垣間見えてきます。それでよかったのは、『ブルージャスミン』のケイト・ブランシェットや『スリー・ビルボード』のフランシス・マクドーマンド。あと、今年のSAGでロバート・デ・ニーロが生涯功労賞を獲ったのですが、そのスピーチも良かったです。俳優という、一般人より声を聴いてもらえる立場にいる人間として、話をする機会を与えられたなら、政治的なメッセージははっきり伝える、と言っていました。自分のポリシーとして発言をしていて、説得力がすごかったです。


■一番の魅力は受賞スピーチ
――全体を通して、30年でアカデミー賞のここが変わったと感じるところはありますか?


Ms.メラニー:俳優賞において、有色人種のノミニーが増えたことでしょうか。最初に見た年に、デンゼル・ワシントンが初めてのオスカーを獲ったのですが、それがすごい大ごととして扱われていました。黒人受賞者として4人目だったんですよ。62回の歴史で4人しか獲っていないのは、大きいですよね。2000年代以降では、俳優賞の受賞者が白人だけだと違和感を感じるくらいまでになりました。


――昨今、ダイバーシティやインクルージョンが強く意識されていますが、当てる側として何か感じることはありますか?


Ms.メラニー:やはりダイバーシファイされたことで、投票者がどういう作品を選ぶ傾向にあるみたいものは、すごく分かりにくくなりました。『ムーンライト』が作品賞を獲るなんて絶対に予想できなかったし、確実に難しくなっています。選ぶ人が多様になったことで、傾向がなくなった。予想屋としては外す確率が高くなったなと感じます。


――昔に比べたら確率が下がっているんですか?


Ms.メラニー:作品賞の確率は格段に下がっています。私、作品賞は4年連続で外してるんです。作品賞を当てたのは『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』が最後で。全然分からなくなったので、しょうがないと思って、あまり気にしてはいませんが。


――今年は脚本賞に注目してるというお話でしたが、主要5部門以外の注目ポイントは他にありますか?


Ms.メラニー:すごく難しいのは長編アニメーションですね。『トイ・ストーリー4』なのかなと思っていたのですが、まずゴールデングローブ賞が『Missing Link(原題)』で、PGA(全米製作者組合賞)は『トイ・ストーリー4』を選びました。その上、アニメーションで1番頼りになるアニー賞が、Netflixの『クロース』で。3賞全部違う作品にいくのが、ほとんど今までに経験がない状況になっているので、よく分からないのが本音です(笑)。


――長編アニメは当てづらそうですね。


Ms.メラニー:そうですね。作曲賞も、まだ少しどうしていいか分からない感じです。『1917』が下馬評では1番強いと言われているのですが、どうなのかなと。あと、『ジョーカー』が女性の作曲家(ヒドゥル・グドナドッティル)なので、その辺りがどう作用するか。なので、迷っているわけですけど。


――それでも、必ず1個に絞って毎年挑んでいるんですね。


Ms.メラニー:もちろんです。その日の朝には完成させて挑みます。今回、アカデミー賞のスケジュール自体が早いんです。いつもより2週間ぐらい早いので、時間が足りなくて。いつもなら1月末ぐらいから勉強すればいいんですけど、もうほぼ最後の1週ぐらいのところまできちゃっていて……。本を出した年がワーストみたいな結果になるんじゃないかと思っていて、当日を迎えるのが怖いです。


ーー最後に、Ms.メラニーさんの考えるアカデミー賞の魅力を教えてください。


Ms.メラニー:授賞式そのものの楽しさは、招待者のきらびやかなドレスなど魅力はたくさんありますが、何よりもやはり受賞スピーチが1番の見どころです。スピーチは本当にすごく細かい賞まで全部ちゃんと聞く。それこそ短編映画賞など細かい部門の受賞者に名スピーチが生まれたりするのです。そういった部分を、ローリーさんと2人で「今のスピーチよかったね」みたいなことを言いながら観るのが、私は一番楽しいですね。


(取材=若田悠希/構成=安田周平)