2020年02月07日 16:52 弁護士ドットコム
自身のウェブサイト上に他人のパソコンのCPUを使って仮想通貨をマイニングする「Coinhive(コインハイブ)」を保管したなどとして、不正指令電磁的記録保管の罪(通称ウイルス罪)に問われたウェブデザイナーの男性に2月7日、逆転有罪の判決が言い渡された。
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判決公判後、囲み取材に応じた男性は「率直にいうと残念です。もともと、裁判官はITに疎いのかなという印象はあったんですが、その印象がより強くなった」と述べた。
弁護人の平野敬弁護士は「不当判決で納得いかない」と憤りをあらわにした。
裁判の争点は、以下の3点だった。
1、コインハイブは不正指令電磁的記録にあたるか
2、「実行の用に供する目的」があったと言えるか
3、故意があったと言えるか
1については、さらに「意図に反する動作をさせるか(反意図性)」と「プログラムによる指令が不正か(不正性)」の2つの要件がある。
東京高裁の栃木力裁判長は、まず、反意図性を認めた地裁判決について、「判断手法は正当ではないものの、結論に誤りはない」とした。
地裁判決は、反意図性について、プログラムの機能を事前に認識できたかどうかを基準に判断しており、プログラムの機能内容そのものを踏まえた検討をしていなかった。
これに対し栃木裁判長は、プログラムの反意図性は、「プログラムの機能について一般的に認識すべきと考えられるところを基準とした上で、一般的なプログラム使用者の意思に反しないものと評価できるかという観点から規範的に判断されるべき」と示した。
一般的に、PCを使う人は、実行されるプログラムの全ての機能を認識しているわけではないが、特に問題のないプログラムが実行されることは許容しているといえると指摘。
そのため、反意図性が認められるのは、プログラムの機能の内容そのものを踏まえ、「一般的なプログラム使用者が、機能を認識しないままプログラムを使用することを許容していないと規範的に評価できる場合」とした。
その上で、地裁判決が反意図性を認めた結論は、以下のような理由から正当だとした。
男性がサイトに設置したコインハイブは、男性のサイトを閲覧することでマイニングが実行されるという表示は予定されておらず、閲覧者のCPUを提供して報酬が生じた場合にも、閲覧者が報酬を得ることは予定されていなかった。
これについて栃木裁判長は「コインハイブのマイニングは、ウェブサイト閲覧のために必要なものではなく、このような観点から反意図性を否定することができる事案ではない」とした。
その上、
・マイニングが閲覧者のPCに一定の負荷を与えるものである
・CPUの提供に関し、報酬が発生した場合にも閲覧者には利益がもたらされない
・マイニングが実行されていることは閲覧中の画面などには表示されない
・閲覧者にマイニングによってCPUの機能が提供されていることを知る機会やマイニングの実行を拒絶する機会も保証されていない
と指摘。
今回のコインハイブは、ユーザーに利益をもたらさないものである上、ユーザーに無断でCPUを提供させて利益を得ようとするものであり、「このようなプログラムの使用を一般ユーザーとして想定される者が許容しないことは明らかといえる」として、反意図性を認めた地裁判決の結論に誤りはないと結論づけた。
弁護人の「今回のコインハイブは、ウェブ閲覧時に断りなく実行されることが普通におこなわれているJavaScriptのプログラムであり、この種のプログラムは閲覧者が承諾していると考えられる」との主張については、「プログラムの反意図性は、機能を踏まえて認定すべきで、JavaScriptのプログラムというだけで反意図性を否定することはできない」と退けた。
栃木裁判長は、刑法第168条の2以下の規定について、一般ユーザーの意に反する反意図性のあるプログラムのうち、不正な指令を与えるものを規制の対象としていると示した。
これは、一般ユーザーの意に反するプログラムであっても、ユーザーへの利益と損失などの観点から、プログラムが社会的に許容されることがあるので、そのような場合は規制の対象から除外する趣旨であると解釈した。
栃木裁判長は、今回のコインハイブのプログラムコードは、閲覧者に利益を生じさせない一方で、知らないうちにCPUを提供させるもので、「一定の不利益を与える類型のプログラムと言える」と指摘。さらに、生じる不利益に関する表示などもされておらず、「プログラムに対する信頼保護という観点から社会的に許容すべき点は見当たらない」とした。
また、サイト閲覧中に、閲覧者のCPUを閲覧者以外の利益のために無断で提供させるもので、「PCによる適正な情報処理の観点からも、社会的に許容されるということはできない」とした。
地裁判決は不正性を判断するにあたり、
(1)ウェブサービスの質の維持向上
(2)他人が運営するウェブサイトを改ざんした場合との対比
(3)同様のプログラムに対する賛否
(4)捜査当局などによる事前の注意喚起がなかったこと
(5)PCへの影響の程度、広告表示プログラムとの対比
などから、「男性がサイトに設置したコインハイブが社会的に許容されていなかったと断定することはできない」と認定した。
これに対し栃木裁判長は、それぞれ以下のように判断した。
(1)ウェブサービスの質の維持向上
サービスの向上は、使用者が気づかないような方法で、意に反するプログラムの実行を受忍させた上で実現されるべきものではない。
(2)他人が運営するウェブサイトを改ざんした場合との対比
より違法な事例と比較することによって、今回のコインハイブのプログラムコードを許容することはできない。
(3)同様のプログラムに対する賛否
プログラムに対する賛否は、そのプログラムの使用に対する利害や機能の理解などによっても相違があるから、プログラムに対する賛否が分かれていること自体で、社会的許容性を基礎付けることはできない。
また、今回は、プログラムを使用するかどうかを使用者が決定できない事案であることなどから、賛否が分かれていることは、今回のコインハイブの社会的許容性を基礎づける事情ではなく、むしろ否定する方向に働く事情と言える。
(4)捜査当局などによる事前の注意喚起がなかったこと
不正性のあるプログラムかどうかは、その機能を中心に考えるべきで、捜査当局などによる事前の注意喚起の有無によって不正性が左右されるものではない。
(5)PCへの影響の程度、広告表示プログラムとの対比
他のプログラムの社会的許容性と対比して、今回のコインハイブの社会的許容性を論じること自体が適当ではない。
弁護人はウェブ広告を比較対象にしていたが、ウェブ広告は使用者のウェブサイトの閲覧に付随して実行され、実行結果も表示されるものが一般的。その点で、閲覧者に知らせず閲覧者のCPUを提供させる今回の事例とは大きな相違があり、比較検討になじまない。
また、弁護人は「消費電力や処理速度の低下などPCへの影響の点で不正性を根拠づける事実も立証されておらず、PCの破壊や情報を盗むといったプログラムではないため、社会的に許容されている」とも主張していた。
これについては、不正指令電磁的記録が、PCの破壊や情報を盗むプログラムに限定されると解釈すべき理由はなく、今回は意図に反してCPUが使用されるプログラムであることが主な問題であるとして、「消費電力や処理速度の低下などが、使用者の気づかない程度のものであったとしても、反意図性や不正性を左右するものではない」と退けた。
地裁判決は、刑法168条の2が定める「人の電子計算機における実行の用に供する目的」を「プログラムが不正指令電磁的記録に当たることを認識認容しつつこれを実行する目的」と解釈した上で、コインハイブの機能、当時の評価、被告人が導入した経緯に照らして、被告人には目的がなかったと判断している。
栃木裁判長は、今回の事件は、被告人が、閲覧者の同意なくマイニングさせていることに関する指摘を受けたあとの保管行為が起訴されており、「被告人が、閲覧者に気づかれずにマイニングさせる機能があることや、この様な手法で同意なくマイニングさせることに関する否定的な意見を知った上で、自らが収入を得るためにしたことは明らか」と指摘。
被告人は、コインハイブのプログラムコードが不正指令電磁的記録に当たることを実質的に認識した上で、コードを保管したものと言えるし、コードが閲覧者の承諾をえないまま実行されることを認識認容していたのであるから、「実行の用に供する目的があったことは明らかで、被告人の故意も認定できる」と結論づけた。
量刑の理由については、「自己の利益のために、プログラムに対する社会一般の信頼を害する犯行であって悪質であるが、保管していた期間などを考慮すると罰金刑が相当」とした。