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香川県「ゲーム規制」条例案、背景に保守的な家族観「親への一方的な意見の押し付け」に懸念

2020年02月05日 15:12  弁護士ドットコム

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香川県議会が成立を目指す「香川県ネット・ゲーム依存症対策条例(仮称)素案」について、香川県は2月6日までパブリックコメントを募集している。


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この条例素案は、ネットやゲーム依存の防止を目的に、家庭での子どものゲーム使用を平日は60分、休日は90分までに制限するよう求めている。条例素案が1月に報道されると、「過度な規制は問題がある」など大きな波紋を呼び、国会でも言及された。



早ければ、4月から施行されるというこの条例は、県議会の委員会で非公開のまま検討されてきた。議事録も公開されていない。



そこで、コンテンツに関する問題の研究をしている民間団体「コンテンツ文化研究会」( https://icc-japan.blogspot.com/ )では、委員会に提出された資料や、同じく非公開だった条例素案の旧案を県から入手、サイト上で公開している。



この条例のどこが問題とされているのか。コンテンツ文化研究会の杉野直也代表に取材した。



●県民限定、従来の半分の期間で実施されるパブコメ

——今、パブコメを募集していますね。



「パブコメの姿勢にすべてが現れているような気がします。



・このパブコメのみ、提出できるのは県民限定 (事業者は除く)
・実施期間も県のパブコメは原則1カ月以上なのに、県議会のパブコメのため半分の2週間
・最新の条例素案以外の公開は一切無し



他のパブコメには上の2つのような制限は書かれていません。私は各地の青少年健全育成条例など色々な条例を見てきましたが、こんな事をやったのは香川県だけです。資料に関しても、県はパブコメの時には開示すると言ってましたが、出てきたのは最新の条例素案だけです。



期間が半分になった経緯について、県の議会事務局に問い合わせたところ、『審議スケジュールを予定通りに進めるため』との事でした。これだけの大騒ぎになれば、議論の時間をより多く取る事が必要だと思うのですが…。



公開されていない資料に関しても誤認と思われる部分が多くあります。それらを公開せずに正しい議論なんてできるのでしょうか? コンテンツ文化研究会が情報を公開している理由の1つはここにあります」



●非公開で議事録もない検討委員会

——この条例は、昨年9月から県議が検討委員会を立ち上げて検討してきたそうですが、どのような話し合いがあったのでしょうか?



「この検討委員会は非公開で、傍聴もできません。議事録や会議録もありません。参加者以外は何が話し合われたのか、知る方法がありません。



県に申請して資料を入手することはできますが、広く公開しているとは言い難いです。また資料によると、ネット・ゲームの依存症対策の会議のはずですが、事業者をほとんどヒアリングに呼んでいません。唯一NTTドコモ四国支社だけで、ゲーム業界関係者はゼロです」



——不透明で当事者不在の中、話し合いが進んでいると…



「私は1月に最初の素案を見るまでは、何もアクションする気はありませんでした。依存症対策を進める事には異論がありませんし、子どもが毎日何時間もゲームだけをやるというのは、良くはないでしょう。



親子で話し合ってルールを決めましょうということは、必要だと思ってます」



●「親に意見を一方的に押し付ける条例案」

——ではなぜこの条例案に懸念を示されていらっしゃるのでしょうか?



「素案では、第18条で次のように書かれています。



『保護者は、子どもにスマートフォン等を使用させるに当たっては、子どもの年齢、各家庭の実情等を考慮の上、その使用に伴う危険性及び過度の使用による弊害等について、子どもと話し合い、使用に関するルールづくり及びその見直しを行うものとする』



『(2) 保護者は、前項の場合においては、子どもが睡眠時間を確保し、規則正しい生活習慣を身に付けられるよう、子どものネット・ゲーム依存症につながるようなコンピューターゲームの利用に当たっては、1日当たりの利用時間が60分まで(学校等の休業日にあっては、90分まで)の時間を上限とすること及びスマートフォン等の使用に当たっては、義務教育修了前の子どもについては午後9時までに、それ以外の子どもについては午後10時までに使用をやめる事を基準とするともに、前項のルールを尊守させるよう努めなければならない』



第1項で家庭内で話し合えと言っておきながら、第2項で県の見解を押し付けています。県の見解とは異なる意見が出た場合、それは認めないと言わんばかりです。



加えて、第6条では『保護者は、子どもをネット・ゲーム依存症から守る第一義的責任を有することを自覚しなければならない』『保護者は、乳幼児期からの子どもと向き合う時間を大切にし、子どもの安心感を守り、安定した愛着を育むとともに、学校等と連携して、子どもがネット・ゲーム依存症にならないよう努めなければならない』など、保護者の責務を強調しています。



意見は聞かないが、責務は押し付ける。これはフェアな姿勢と言えるのでしょうか?」



●香川県から全国に与える影響は?

——この素案は国会でも家庭への規制が問題視されましたが、県議会では問題になっていなかったのでしょうか。



「委員会内でどのような議論があったのかは分からないのですが、異論があったという話が聞こえて来ませんでした。大騒ぎになってから共産党が反対していることは分かりましたが、少なくとも最初の素案が出た1月10日の時点では、私には何の情報もありませんでした。



ただ、3回目の資料に『条例議案を議員発議・同日採決』とありましたので、『ああ、この検討委員会は議論する気はないんだな』『だったら、みんなで議論しようじゃないか』と思いまして、全資料をサイトで公開しました」



——ネットで資料が公開されたおかげで、議論が全国規模になりました。



「これが条例として可決してしまうと、他の自治体にも影響しそうだと思いました。そもそも8条で国に対して予防対策などを講じるよう求めると書いてあり、全国に影響を与えようという意図が見えます。



それにも関わらず、最初に述べたようにパブコメはあの状態です。『都合の悪い人の意見は聞かなくていい』『都合の悪い事は勝手に半分に減らしていい』『都合の悪い事は隠してもいい』ーー。



こういったことを平然と行う県に子どもの教育を任せていいのだろうか、と思います」



●条文から浮かぶ疑問と課題

——条文で他に気になるところはありますか?



「全体的に保守的な家族観が垣間見えます。前文から子どものネット・ゲーム依存症対策には『乳幼児期からの親子の信頼関係』が重要と書かれています。



これは、他の条文でも繰り返し述べられています。この条文の根底に、親子の信頼関係の欠損こそがゲーム依存の原因だと考えていることが読み取れます。それは確かにリスク要因の一つなのでしょう。しかし、それは本当に依存症の主因なのでしょうか? そこさえクリアすれば、依存症にならないものなのでしょうか?



検討委員会に提出された精神科医の資料の中には『だが、いくら頑張って関係を育んでも、依存症が始まると、関係を変質させる力を持つ』という文言があります。きちんと資料を読んで作ったのかなと疑問です。



また、ゲームの遊びすぎと依存症の区別があまりついていない気がしました。



香川県の地元でも賛成する人の話を聞くと、『引きこもってゲームばかりしている知人や友人、家族をなんとかしなければ』と言われます。しかし、詳しく聞くと、その人は学校に通っていたり、バイトに行っていたりして普通に生活しているようなのです。それはただのゲーム好きで依存症ではなさそうです。



依存症の人に治療の手を差し伸べることは必要だと思いますが、依存症の人とそうでない人をちゃんと分けた上で、科学的、医学的なアプローチを行っていく事が必要だと思います」



——今後、コンテンツ文化研究会としてどのような活動をされるご予定ですか?



「現在、公開されている新しい条例素案でも問題は多いので修正は求めていきます。それと、パブコメを含めて、香川県の在り方は問題が多いと感じておりますので、情報公開の在り方とか、行政文章の作成・保存とかに改善を求めていきたいですね。



本当に依存症の対策をしたいのであれば、まず情報を開示して、正しい知識のもと、しっかりと議論して進めていくべきだと思います」



【杉野直也(すぎの・なおや)さん略歴】
コンテンツ文化研究会代表 1978年生まれ。シナリオライター兼ロビイスト。2008年にコンテンツ文化研究会の代表に就任。メディアの規制に関わる法案に対し、情報収集や意見発信を行っている。