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iPad、これまでの10年とこれからの10年 - iPad 10周年、その変遷と未来(3)

2020年02月01日 07:02  マイナビニュース

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画像提供:マイナビニュース
iPadが2020年1月27日で10周年となった。今回のシリーズでは、10年間のiPadの歩み、変質、そして未来について考えていきたい。最後となる3回目は、これからの10年に向けてAppleが仕掛けた布石についてだ。
○掟破りの戦略で成功した低価格iPad

iPadの不振が続いていたのは、2017年第2四半期決算まで。それ以降は、前年同期比を上回る売上高を記録するようになり、直近の2019年第4四半期もその傾向を維持している。

前回の原稿「孤高の存在と苦悩の3年間」で、iPad浮上のカギは「iPadが担う新しい役割」と「市場のニーズに合った低価格モデル」の2点であると述べた。

2017年第3四半期(2017年4~6月)以降、売上高が再び成長し始めた要因は、2017年3月に発売した329ドルのiPad(第5世代)だ。A9チップを搭載しているが、デザインはiPad Air 2ではなく、これよりも厚かった先代iPad Airのものを採用し、iPad Air 2で薄型化を実現していたフルラミネーションディスプレイも採用されなかった。

Appleは、これまで製品を薄くし、また新しいテクノロジーを搭載して後戻りしない方針で、プレミアムブランドを維持してきた。しかし、2017年に登場した廉価版iPadでは、そのルールをすべて封印し、価格重視のiPadを供給した。これがまさに市場に求められていた製品であり、その結果として長らくの低迷を脱することができたのだ。
○新しいiPadに与えられた役割

市場が求める製品を供給する、という方策は実現できた。もう一つのiPad復活の戦略は「iPadに新しい役割を持たせること」だった。

2016年3月、Apple Parkではなく、当時の本社だったInfinite Loopにあるホールで開催されたイベントでiPhone SEとともに発表されたのが、iPad Pro 9.7インチモデルだ。

すでに、2015年9月にiPad Pro 12.9インチモデルを登場させており、SmartKeyboardと第1世代のApple Pencilに対応した新しいiPadの姿を披露していた。9.7インチモデルも、これを踏襲するものとなった。

9.7インチモデルを発表したAppleのフィル・シラー氏は、「販売から5年経過した6億台のPCのリプレイスを狙う」という戦略を披露した。カバー一体型キーボードとペン入力に対応するiPadを、MicrosoftのSurface Proの競合として認知させ、アプリの充実とそれまでの企業導入の実績を背景に、iPadに対して明確に「PCの代替」という生産性ツールの役割を担わせようとしたのだ。

この戦略によって、現在はiPadのラインアップすべてでApple Pencilをサポートし、iPad miniを除くすべてのモデルでSmart Keyboardに対応した。第7世代となるiPadは10.2インチにサイズが拡大され、10.5インチ化されたiPad Pro以来製造されているSmart Keyboardをそのまま装着できるようになった。

かねてからアピールしているセキュリティやプライバシーを保ちつつ、2019年にiOSから分離されたiPadOSによる外部メモリーへの対応やデスクトップと同等のブラウザ利用など、iPadの弱点として指摘された点を改善し、その競争力を高めている。
○クリエイティブツールとしてのiPad

iPadを生産性ツールに転換する、という方針は、それまでのiPadが「メディア消費デバイス」としての位置づけを脱しなかった失敗に対する改善と位置づけることができる。

前回の原稿で指摘したとおり、やることが変わらなければ新しいiPadへの新規、あるいは買い替え需要は生まれない。動画再生や音楽試聴、SNS、Webブラウジング、電子書籍、電子教科書といったメディアを消費する役割が主である以上、当初の目的を十分満たしている性能のタブレットを買い換える必要がないのだ。

そこで、Appleは生産性ツールとともに、クリエイティブツールの側面を、iPadのブランディングに加えるようになった。しかし、クリエイティブツールという側面は、実はiPadの登場当初からしばしば演出してきた。

例えば2010年4月、iPadが登場したばかりのタイミングで、中国人ピアニストのラン・ランが、iPadを用いた演奏をサンフランシスコで披露して話題になった。また同じ年、ララ・ソバニーが世界初のiPad DJになったこともWiredで報じられた。

英国人アーティストのデビッド・ホックニーは、iPadで描いた絵画の展覧会をパリで開催し、ゴリラズのアルバム「The Fall」はすべてiPadによって録音された音源が用いられた。ロイヤルアカデミーオブロンドンでは、iPadで描いた風景画の展覧会が開かれた。

このように、クリエイティブの世界では、新しいデジタルツールを用いた創作活動が盛んに試された。しかし、iPadがクリエイティブツールとしての大きな地位を築くには至らずにいた。

そこでAppleは、2つの策を講じた。1つは、iPadでクリエイティブを学ぶカリキュラム「Everyone Can Create」を策定し、無料で公開。これを、iPadを教育機関に導入する際のメリットとしてアピールし始めた。

もう1つは、Adobeとの連係強化だ。写真編集アプリ「Adobe Lightroom」をクラウドに対応させてデスクトップ版と統合し、iPadに対してフル機能に近い環境を提供した。さらに、2019年にはPhotoshop CCがiPadで利用できるようになり、2020年以降にはIllustratorが登場するなど、定番クリエイティブアプリのiPad移植を加速させている。

定番のクリエイティブアプリの充実によって、iPad Proをクリエイター向けの必携タブレットに仕立てていきたいAppleの考えが透けて見える。おそらく次に控えているのは、動画と拡張現実の制作環境の充実となり、特に4K動画編集を快適にこなせるAシリーズチップを搭載したiPadのコストパフォーマンスの高さをアピールしていくことになるだろう。
○標準コンピュータとしてのiPad

Appleは1984年以降、長年培ってきたコンピュータのプラットホームであるMacと、10年目に入ったMacを統合するつもりはない、と繰り返し述べてきた。確かに、Macはタッチパネルにもペンにも対応しておらず、iPadらしい要素を取り入れていない。しかし、近年になって歩み寄りが見られるようになってきた。

iPad Proに関しては、Macと共通のUSB-C(Thunderbolt 2)ポートが利用でき、USB-PDによって充電器もケーブルも共有できるようになった。2019年にアップデートされたiPadOS 13とmacOS Catalinaでは、iPadアプリからMacアプリをビルドできるProject Catalystや、iPadをMacのセカンドスクリーンに設定するSidecarを追加し、Macを間接的にApple Pencilに対応させた。

しかし、明確に分かれている部分もある。それはOSと価格だ。iPadにはiOSから分離されたiPadOSが、MacにはmacOSが利用されており、ハードウェアとソフトウェアのマッチングが図られている。

加えて、MacはMac miniを除き、基本的に1000ドル以上のデバイスをそろえている。それに対し、iPadは最上級の12.9インチiPad Proでもベースモデルなら999ドルと、1000ドル以下からスタートする価格設定としている。

そして、iPad向けにもMacと同様のアプリ環境の充実を図っていることから、AppleはiPadを10年かけて「標準コンピュータ」として育ててきたことが分かる。

特殊な利用、例えばプログラミングを伴う開発や、より膨大なマシンパワーを必要とするクリエイティブプロの現場、それらに類する作業が伴うセミプロや学生などに対してMacを売り込む。それ以外のコンピュータ利用は、前述のMacを必要とするプロを含めて、iPadがすべて巻き取る。そんなコンピューティングにまつわる「1000ドルの分水嶺」が成立してきた。

今後、1000ドル以下のコンピュータで実現できることはジワジワと拡がっていくことになるはずで、それはこれからiPadが取り込んでいく動画編集や拡張現実における直感的なコンテンツ制作も含まれる。ゆえに、Macはよりパフォーマンスを重視した仕様に注力することができるようになる。

そうしたコンピュータの再編の中で、iPadは引き続き「Appleが擁する主力コンピュータ製品」という位置づけを充実させていくことになるだろう。(松村太郎)