2020年01月08日 11:52 弁護士ドットコム
東京都港区のIT企業に通勤する会社員のM美さんは、この日の朝も駅で電車を降りて、職場へと向かっていました。
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通勤時間帯で駅のホームは混雑していたので、目の前からきた女性とぶつかりそうになり、あわてて避けましたが、肩が少し触れてしまいました。すると、その女性が去り際に「このブス!」と突然、M美さんを罵倒したのです。
M美さんはとても驚き、ショックを受けました。実は、M美さんだけでなく、ネットの掲示板では同じように、見ず知らずの他人から罵倒された女性たちの声が多く寄せられています。
「目のあった男性から突然、公衆の面前でブスと言われてショックを受けた。カメラでその男の顔を撮影したので、探し出して訴えたい」
「帰宅中に道端でたむろしていた男たちから、『ブスやん、(声をかけるのを)やめとけ』と言われた。普通に歩いていただけなのになぜそんなことを言われなければならないのか、涙が出た。この男の言動は罪になりますか?」
「仕事帰りに歩いていたら、すれ違いざまに知らない女性から突然、『ブスだよね』と言われた。女性はスタスタ立ち去ってしまった」
M美さんも、職場に到着して落ち着いたら、怒りが込み上げてきました。「ブス」と言ってきた女性を特定できれば、なんらかの法的措置を取りたいと考えていますが、果たして可能なのでしょうか。寺林智栄弁護士に聞きました。
もしも、相手が特定できた場合、侮辱罪で告訴することは可能でしょうか?
「残念ながら侮辱罪で告訴することはできないだろうと思います。
侮辱罪とは『公然と』他人を侮辱することで成立します。侮辱とは事実を適示しないで他人の人格的価値を貶める言動を行うことを言います。
侮辱罪は、人の社会的な名誉を守ることを目的として設けられた犯罪です。ですので、侮辱罪が成立するには、侮辱する言動が『公然と』行われたことが必要となります。
『公然と』というのは、必ずしも公衆の面前で行われることが必要とされるものではありませんが、複数の人に伝わっていく状況で行われることが必要とされています。
今回のM美さんの件は、駅のホームの出来事で、周りに人はいたと思われますが、去り際に対面でいわれていることからすると、複数の人に伝わる状況でなされたとは言い難く『公然と』という要件を満たさないように思われます。
仮に『公然と』という要件を満たすとしても、一瞬の出来事であり、人物を特定することが極めて困難と思われますので、被害を申し出ても警察が捜査に着手する可能性は極めて低いでしょう」
では、民事訴訟を提訴した場合はどうなるのでしょうか?
「故意に人の人格的価値を貶め名誉感情を傷つけておりますので、不法行為に該当し、損害賠償請求の対象とはなります。
ただ、先ほどもお話しした通り、一瞬の出来事であることを考えると、損害賠償で認められる金額は極めて少額と思われます。
また、請求するにあたっては相手を特定できる情報を取得しなければなりません。今回は、この点が非常に困難と言わざるを得ません。
仮に探偵などに依頼して突き止めるとしても、そのための費用の方が明らかに極めて高額になります。現実問題としてはおすすめできません」
【取材協力弁護士】
寺林 智栄(てらばやし・ともえ)弁護士
2007年弁護士登録。東京弁護士会所属。法テラス愛知法律事務所、法テラス東京法律事務所、琥珀法律事務所(東京都渋谷区恵比寿)を経て、2014年10月開業。2018年11月から弁護士法人北千住パブリック法律事務所(東京都足立区千住)。刑事事件、離婚事件、不当請求事件などを得意としています。
事務所名:北千住パブリック法律事務所
事務所URL:http://www.kp-law.jp/