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『ストII』楽曲も手がけた下村陽子が語る 『ハイスコアガール』の劇伴で表現した“バランス感”

2020年01月03日 18:42  リアルサウンド

リアルサウンド

(C)押切蓮介/SQUARE ENIX・ハイスコアガール製作委員会 (C)BNEI (C)CAPCOM CO., LTD. (C)CAPCOM U.S.A., INC. (C)KONAMI (C)SEGA (C)SNK (C)TAITO 1986

 本日9月28日、テレビアニメ『ハイスコアガール』(TOKYO MXほか)がいよいよ最終回を迎える。押切蓮介の人気コミックを原作に、90年代のゲームセンター、格闘ゲームを軸に描かれる異色のラブコメディは、終盤で舞台を高校に移し、ロマンスもゲームの進化も加速するばかり。リアルサウンドでは、制作統括を務めるアニメプロデューサー・松倉友二氏のインタビューに続き、劇伴を担当した下村陽子氏を取材。『ストリートファイターII』の音楽を手がけた彼女が、同作が多く登場する『ハイスコアガール』の劇伴を担当するまでの話や、楽曲で表現したラブロマンスの要素などについて、じっくりと話を聞いた。


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ーー下村さんはどういった経緯で『ハイスコアガール』の音楽を担当することになったのでしょうか?


下村陽子(以下、下村):今回は〈ワーナー・ブラザース〉の担当者さんと松倉(友二/同作総合プロデューサー)さんから、ほぼ同時期にお話をいただきました。最初は「なんか似たようなお話だなあ」と思っていたんですけど、それが同じ作品のことだったんです(笑)。ワーナーさんには『ひるね姫 ~知らないワタシの物語~』(2017年)という映画の音楽でお世話になっていましたし、松倉さんとは昔に『極上生徒会』(2005年)というアニメの音楽を担当させていただいた際にご一緒したことがありまして。『ハイスコアガール』には私が音楽を作った『ストII(ストリートファイターII)』がたくさん出てくるので、私のことを思い出していただいたみたいです。


ーー『ハイスコアガール』という作品自体の印象はいかがでしたか。


下村:原作のマンガは有名な作品ですし、出版元がスクウェア・エニックスさんということもあって、存在自体は知っていたんですけど、私はもともと古いタイプの少女マンガしか読まない人間なので、読んだことはなかったんですよ。なので、今回のお話をいただいてから早速読んでみたんですが、その後は新しい巻が出るたびに発売日に買いに行くぐらい楽しみにしてます。先日9巻を買ったときに、次が最終巻になるということを知って、すごくショックを受けましたから(笑)。


ーーどんなところに魅力を感じたのでしょうか?


下村:私はひとつのマンガを何度も読み返すタイプなんですが、『ハイスコアガール』はまず、サラッと読んでしまったんですね。でも、読み返したときに「この作品はけっこう少女マンガ的な展開なんじゃないかな?」と気づいたら、キュンキュンしてしまいまして。〈好きなのに気づいてない〉とか〈好きなのにわざとそれを認めない〉〈好きだけど言えない〉みたいな展開に「何だこの青春は!?」と思いました(笑)。


ーー少女マンガ好きとしての視点でも刺さる内容だったと。


下村:しかも、ゲームをやってるときだけは素直になれるなんて、ゲーム好きにとっては夢のようなシチュエーションですよね。最初に読んだときは、ヒロインの大野(晶)は無口だし、何を考えてるかわからないなと思ってましたけど、2回目にはかわいくて仕方なくなりましたから(笑)。主人公の春雄もいわゆるのび太君的なキャラに見せておいて、実はひとつの方向に突き抜けたスーパーヒーローみたいなところがあって、女泣かせですよね。冴えないように見えて、実はすごいイケメンという感じがあります。


ーーそんな作品の音楽を作るにあたって、まずどんなことを意識されましたか?


下村:今回は音楽のリストに〈日常の曲〉が多かったので、まず、そんなに濃いものではなくて、サラッとした音楽がいいかなと思ったんです。それと同時に『ハイスコアガール』は90年代が舞台になるので、昔のレトロ感が必要かなと思いまして。例えば昭和の時代のドラマの音楽は、サスペンスで事件が起こるときはオーケストラ系の音楽でわかりやすく盛り上げたりするじゃないですか。そういう昭和の音楽みたいな大袈裟感と、なんでもない日常に合う薄い音楽をいかに同居させるか、ということを考えて作っていきました。


ーー最初に下村さんが『ハイスコアガール』の音楽を担当されると知ったときは、当時のゲーム音楽のような劇伴になると想像したんですが、実際にアニメを観るとその逆というか、生楽器がメインになっています。


下村:今回はゲームをテーマにした作品で、劇中に実際のゲーム音楽もたくさん使われるというお話だったので、劇伴ではそれを邪魔することなく、上手に棲み分けられるものを意識したんです。作ってる最中にも、制作の方に「もっとシンセを使わないんですか?」とお話をいただいたんですけど、あえてトラック数は少なめにして、ピアノやストリングスといったアコースティックの生楽器をメインにすることで、劇中のゲーム音楽との差別化をしたいという思いがありまして。おそらくもっとコテコテのゲーム音楽みたいなBGMになることを想像されてた方も多いと思うんですけど、そういう方にも自然で耳馴染みの良い、だけどチラッと濃いところも見え隠れする音楽を狙ったつもりです。


ーー普段はゲーム音楽をメインに作られている下村さんだからこそ、そこのバランス感を掴みやすいところもあったのでは?


下村:どうなんでしょうね。私は古い世代の人間なので、春雄や大野の時代のゲームの音を聴くと懐かしい気持ちになるんですよ。それこそ自分が担当した作品とかも関係なくて、作中に『源平討魔伝』とか『ダライアス』が出てきたら「そうそう、『ダライアス』は3画面だったんだよねー」と思いますし(笑)。自分はその頃すでに作り手側ではありましたが、同時にユーザーでもあったので、最初にマンガを読んだときに感じた懐かしい気持ち、忘れていた思い出がよみがえる感覚を大切にしたいなと思いながら音楽を作っていました。


ーーメニュー表を拝見すると40曲中19曲が日常曲ということで、これだけの日常曲を作るのは苦労されたのではないでしょうか。


下村:そうなんですよ。私は普段、日常の曲を作ることがあまりなくて、大抵が大ごとの起こりそうな雰囲気だったり、歩いててもボスが出そうな感じの曲ばかり作ってるので(笑)、ファンタジーな世界観とは違った大袈裟な曲というのは、私も最初に行き詰った部分ではあります。自分ではフラットで当り障りのない日常曲のつもりで書いていても、どうしても切なさや嫉妬みたいに、心の動きを表したような曲になってしまうんですよ。今回はいろんなアレンジャーさんに編曲を担当していただいたのですが、アレンジャーのみなさんにも「曲は盛り上がろうとしてますけど、そんなに盛り上がらなくていいです」と無理なお願いをしまして(笑)。たぶん私ひとりでこれだけの数の日常曲を作ろうと思ったら、バリエーション的に厳しかったと思います。


ーー今回の劇伴には、下村さん以外にも、多田彰文さん、松尾早人さん、石塚玲依さん、西村真吾さんという方々がアレンジャーとして参加されていますね。


下村:私ひとりではなく、たくさんの方に参加していただくことで楽曲のバリエーションが豊富になるんですね。私の中には曲に対するアレンジのイメージが何となくあるのですが、私が「このアレンジャーさんが向いてるんじゃないかな?」と思った方に手掛けていただけましたし、その人それぞれのアレンジャーさんの個性も出たと思いますので、結果としてすごく良かったと思います。


ーーご自身のなかでアレンジが上がってきて印象深かった楽曲はありますか?


下村:春雄が空港に向かうシーンで使われた「M-36」ですね。この曲はもともとイントロがピアノだったんですけど、今回はピアノを使った曲が多いこともあって、「アコギにするのはどうですか?」とご提案いただいたんです。私はもともとアコギの音が好きなのでよく使うんですけど、今回はなぜかあまり使ってなかったんですね。それでお願いしましたら、私の好きなスパニッシュギター風のすごくカッコいいものにしていただいて、これを聴いた瞬間に「もっとアコギを使っておけばよかったかな?」と思ったぐらいでした(笑)。でも、逆にアコギをあまり使ってなかったからこそ、この曲のイントロが映えたんだと思います。


ーーそういったスパニッシュ感は、懐かしさや熱さを感じさせる部分がありますよね。


下村:そうですよね。今はJ-POPと呼ばれてますけど、昔の歌謡曲にはスパニッシュテイストのものがよくありましたし、人を熱くさせる要素があると思うんですよ。


ーー個人的にはM-23のトランペットにも昭和の音楽っぽい懐かしさを感じました。


下村:この曲はもうニニ・ロッソという感じですよね(笑)。私の作ったデモはここまで濃くはなかったんですけど、夕日を背負ってる人みたいなクサさが出てて。この曲では〈爽やかな男らしさ〉を求められていたんですけど、私が男らしい曲を書こうとすると、どうしてもバトルシーンみたいな激しい曲になってしまうんですよ。なので、この曲ではアレンジャーさんに「爽やかなんだけどちょっと暑苦しい感じ」とお願いしましたら、この曲が上がってきまして。それが予想外にピンポイントでハマって、私だとたぶん思いつかなかったですね。


ーーまた、先行PVで使用された「M-25」ですが、こちらは例外的に当時のゲーム音楽を想起させるサウンドになっています。というか、ズバリ『ストII』のガイルのテーマ曲みたいですが……。


下村:そうなんですよ。この曲はガイルのテーマのアレンジっぽいものというオーダーをいただきまして、制作中も「ガイル」と呼ばれてたんですけど、「いやいや『ガイル』ではないですから」と言っていて(笑)。これまでのゲームのお仕事でも「○○みたいな曲を作ってほしい」というオーダーは何度かあったのですが、アニメでもセルフパロディーをすることになるとは思いませんでした(笑)。


ーー下村さんは『ストII』版のオリジナル曲を作られた方ということで、逆に「ガイルのテーマっぽいもの」を作るのは難しかったのでは?


下村:もちろん同じものにはできないですし、あまりにも似せてしまうと二流っぽさが出て良くないと思ったので、原曲を彷彿とさせながら、どうやってオリジナル感を出していくかということは考えましたね。それと、私はこの手の曲を書く場合、シンプルなコード進行で作ることが多いんですが、この曲をアレンジしていただいた松尾さんが、最初のときにお洒落なコード進行に変更されたんですね。そうしたらストレート感が薄れてしまって、いわゆる『ストII』的な音楽とは外れてしまうように感じたので、「シンプルなコード進行に戻していただけませんか?」とお願いしました。


ーーこの曲はアニメ本編にもリアレンジ版が使用されましたが、そちらは生楽器が主体になっています。


下村:ありがたいことにアレンジャーさんのお力で良いものになりました。こちらはアコースティックギターが入って、もともとのM-25とは全然違う雰囲気ですけど、メロディーはしっかりと活かしていただいて。今回はいいところでピンポイントにアコギが使われてるんですよね。私はいつもの場合、いいところではピアノを使うのが定番なんですけど、今回はそれが逆になっていて、全体的にはピアノをたくさん使っていて、アコギがピンポイントにあるという感じになっています。


ーー普段とは違って日常曲を多く制作されたり、アコギではなくてピアノが多くなっていたりと、『ハイスコアガール』はいつもの下村さんらしさとは異なる新しい挑戦が多く盛り込まれているんですね。


下村:私は「濃い曲」とか「すごく泣かせる曲」をお願いされることが多いので、そのなかでそういった自分らしさをあまり強く出さないことは、ひとつのチャレンジだったと思います。以前担当したゲーム音楽で、出来る限り感情を抑えて無機質な曲にしたいというお話だったので、出来る限り自分らしさを出さずに作ったんですけど、何年か経つとなんだかんだで「あれは下村の曲だね」ということが出てしまうんですね。今回も別に私が作った曲とは思われなくてもよくて、『ハイスコアガール』という作品のラブコメや昭和感を意識しつつ、できるだけフラットに作ることで、何年か経ったときに「あのときは印象に残らなかったけど、今聴くとやっぱり下村の曲だよね」というくらいの塩梅になればと思っています。


ーーとはいえ今回の劇伴にも下村さんらしさは感じられます。例えば木琴の使い方は『スーパーマリオRPG』(1996年)でのお仕事を思い出させるものですし。


下村:やっぱり漏れ出てますかね(笑)。たしかに木琴は好きなのでよく使うんですよ。木琴、バイオリン、ピアノ、フルート、パーカッションを聴けば私のクセがわかるというか(笑)。金管が少ないんですよね。私も昔にトランペットを少しやっていたぐらいなので、別に金管が嫌いというわけではないんですけど、曲を作る際にあまり良い音源を持っていないんです。それと隙間のないパーカッションが特徴的とはよく言われます。海外のマニピュレーターの方に「あなたの曲はパーカッションオーケストラみたいだ」と言われまして(笑)。私もこうやって質問を受けることで、自分らしさに気づく部分がありますね。


ーーアニメの放送をご覧になって、BGMの使われ方はどう思われましたか?


下村:「この曲がここで使われてるんだ!」という衝撃を受けたところもありましたね。RPGでピンチのときをイメージして作ったシリアスで緊張感のある曲(M-27)があるんですけど、この曲が春雄がワーッとしゃべってるところでドコドコと使われてたので、「そんなに大袈裟に語らなくても」とツッコミたくなりまして(笑)。でも、それを見て「そういうことなのか」と思ったんですよね。自分で曲を付けた場合は、そんなふうにはしなかったと思いますから。


ーーゲーム音楽とアニメ音楽では、音楽のつけ方に違いを感じますか?


下村:アニメの場合は音響監督さんがいらっしゃって、意外性のある曲のつけ方をしていただくことがあるのですが、ゲームでは企画の人から場面ごとに必要な音楽のオーダーを受けて曲を作るので、あまりイメージとズレた曲の使われ方になることはあまりないんです。そういう意味では、アニメの音楽もあらかじめ「ここで使いたい」というシチュエーションは決まってますけど、その通りに使われるとは限らないところがあるので、観ていると「こういうシーンで使われるのか」という勉強にもなりますね。


ーー劇中では『ストII』の音楽も頻繁に使われてますが、そちらに関して下村さんはタッチされてるのでしょうか?


下村:そこはもうお任せしています。私としては『ストII』オリジナルの効果音やボイスが流れてくるのが、本当に懐かしいんですよね。音楽は今でもコンサートやセルフアレンジといった機会で耳にすることがあるんですけど、効果音とボイスについては聴く機会がほとんどないので。アニメを観ながら「この声はあの外人さんに録ってもらった」とか「このボイスは社員さんなんだよね」とか「この大パンチの音がなかなかOKが出なくて」といった思い出が蘇ってきます(笑)。


ーー下村さんならではの思い出ですね(笑)。アニメには下村さんが関わられた『ファイナルファイト』も登場しますが。


下村:『ファイナルファイト』は私も2曲ぐらい書いてるはずなんですけど、どの曲を書いたのか思い出せなくて……恥ずかしくて聴きたくないぐらいなんですよ(笑)。『ファイナルファイト』は急遽手伝うことになったこともあって、自分で言うのもなんですけどとにかく突貫作業というか、今手元にあるスケッチから急いで仕上げる、みたいな感じでした。なので途中で差し変わると思ってたんですけど、気が付いたら世に出て稼働してたので、衝撃を受けた記憶がありますね。私のほろ苦い……というかだいぶ苦い思い出です(笑)。


ーー本当にいろいろなことが思い起こされる作品だと(笑)。


下村:『ストリートファイター』は今でもシリーズが続いていて、楽曲も長く使われてるので聴くのは慣れましたけど、もし『ストII』がここまで人気になっていなかったなら「あの過去を消したい!」と思っていたかもしれないです(笑)。もちろんあの頃にしか作れなかったものですし、自分でも一生懸命やってるとは思うんですけど、やはり仕事で曲を書き始めて数年という時期の作品なので、今振り返ると拙いし恥ずかしいと思うところもあると言えばあるんです。もちろん、もう耳馴染みがあるので「聴きたくない!」と思うようなことはないんですけど。ただ『ハイスコアガール』では今の自分が書いた曲と昔の自分が書いた曲がかかるので、すごく複雑な気分ですね(笑)。


ーーそれは下村さんご自身が長く活動を続けてこられたからこそ、実現したことでもあります。


下村:正直なところ、こんなに長く続けてこられるとは思ってなかったですけど(笑)。私は飽き性なので、何かにハマっても一瞬でワッと盛り上がって終わり、ということを繰り返してきたタイプの人間なんです。そのことは親もよくわかってて、最初にピアノを習い始めたときも「どうせ長くは続かないでしょう」と思われてたんですけど、長く続いてしまって。仕事も同じで、カプコンに就職してゲーム音楽を作り始めましたけど、それこそ親はすぐに根を上げて辞めちゃうんじゃないかと思っていたそうなんです。ところがどっこい、もう人生の半分以上を音楽作りに費やしてしまって、両親もビックリ、友達もビックリ、何より自分がいちばんビックリしてますね(笑)。


ーーなぜここまで音楽制作を続けてくることができたのだと思いますか?


下村:私は基本、努力したり頑張ることが苦手な人間なんですよ。徒歩8分の距離でもタクシーに乗りたいぐらい横着な人間ですから(笑)。でも、ゲーム音楽を無我夢中で作ってるときは、そういう努力するしんどさを忘れるときがありますし、なかなか曲が出来なくて逃げたいと思うこともあるんですけど、最終的にモノが仕上がったときにはものすごい達成感があるんです。いつも「これが終わったらもう辞めよう」とか思うんですけど、不思議と終わってみたらあのしんどさはどこへやら、次が作りたくなるんですね。結局はこれまでずっとそれの繰り返しで続けてきてるんです。だから、私がこの仕事を辞めるときは、作る意欲をなくしたときだと思います。それがいつやってくるのかは自分でもわからないですし、すぎやまこういちさんのように長く長く続けていけるということは作曲家として幸せなことだと思うので、今は誰かから求めてもらえる限りは長く作っていきたいと思っています。


(C)押切蓮介/SQUARE ENIX・ハイスコアガール製作委員会 (C)BNEI (C)CAPCOM CO., LTD. (C)CAPCOM U.S.A., INC. (C)KONAMI (C)SEGA (C)SNK (C)TAITO 1986


(北野 創)