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『ヒックとドラゴン 聖地への冒険』のテーマは「自立と旅立ち」 ドラゴンの存在を信じさせる仕掛けとは

2019年12月31日 10:02  リアルサウンド

リアルサウンド

『ヒックとドラゴン 聖地への冒険』(c)2019 DreamWorks Animation LLC. All Rights Reserved.

 ドリームワークス製作のアニメ『ヒックとドラゴン 聖地への冒険』が公開されました。正直、ここまでの完成度の高さとは思っていなかったので、観賞後はしばらく気持ちが昂ったままでした。鑑賞中、私はトゥースと共に大空を舞い、ヒックの気持ちに共感して涙し、最後は年甲斐もなく「ドラゴンはこの世界のどこかに存在しているんだ」と信じることができました。


参考:『ヒックとドラゴン 聖地への冒険』監督が語る、3部作構想の裏側とアニメーションの力


 このホリデーシーズン公開中アニメーション映画の中で断然お勧めしたい『ヒックとドラゴン 聖地への冒険』の魅力を伝えていきたいと思います。


■『ヒックとドラゴン』シリーズは、まるでミルフィーユ
 3作目で完結篇となる『聖地への冒険』を観終わった時の衝撃は忘れることができません。なんという統一感と一貫性。一作一作が独立して面白いけれど、3作まとめて見たら、ヒックとトゥースの成長と独立をダイナミックに楽しむことができる。例えるなら、一枚一枚の層を剥がして食べても美味しいけれど、まとめて食べたら濃厚なハーモニーが口の中で広がるミルフィーユのような作品。そこに雑味はありません。


 なぜそんなことができたのかと言うと、本シリーズの監督と脚本はディーン・デュボアが担当しているから。一作目こそ、クリス・サンダースとウィル・デイヴィスとの共同執筆ですが、『2』と『3』はデュボアがこだわりを持って仕上げています。


 そのため、シリーズものにありがちな、続編での方向性の変更はなく、テンポやリズムが保たれています。なんなら子ども向けアニメーションでは避けがちな会話に頼る長尺シーンまで3作通して登場しています。


■子ども向けなら避けたいシーン
 通常、ファミリー向けアニメーション映画では、子どもの集中力を考慮して、会話だけのショットは極力避ける傾向があります。尺を短めにして、テンポよくショットを切り替えることで子どもが退屈してしまわないようにするのが一般的です。


 しかし、本シリーズでは、崖っぷちでヒックとアスティが会話するシーンは常に長尺で、ボディランゲージも少なめ、セリフに集中させる構成になっています。しかもその会話の内容も、ヒックが抱える悩みであったり、未就学児や小学校低学年が共感しやすいものではありません。2010年公開の『ヒックとドラゴン』で初めてそのシーンをみた時は、子ども向けアニメーションでありながら随分と挑戦的なシーンを入れるものだなと強く印象に残りました。しかし、このパターンはシリーズが進んでも使われていたため、作品を象徴するシーンのひとつなのだと解釈するようになりました。パターンを把握できると、製作者側の気持ちを理解できるようで、作品により親しみを感じられます。上で「雑味がない」と書きましたが、脚本の段階で、演出の段階で変更できる部分もあえて変えず、パターン化してしまうことによって小さな違和感すら生じさせないテクニックには感動すら覚えました。


■「自立と旅立ち」、そして「ドラゴンはきっといる」
 本作は人口過密問題に直面したヒックが、ドラゴンたちと共に新たな棲み家を求めて引っ越しするストーリーで、伝えたいテーマは「自立と旅立ち」です。そのテーマは映画を見ればひしひしと伝わってくるので、あえてここで掘り下げる必要はないでしょう。それよりも私が嬉しかったのは、40歳近くにもなって「この世界のどこかにドラゴンはきっといるのだ」と思わせてくれたことでした。


 本作のラストで、ヒックとトゥースはそれぞれの道を歩むことになります。しかし永遠の別れではなく、いい距離感で関係を保っているのです。これは「自立の先に訪れる幸せ」を描いたシーンですが、私には「私がドラゴンと暮らしていないように、ヒックもドラゴンと暮らしていない」という親近感を持たせるシーンでもありました。ヒックというキャラクターが、自分と共通点のない空想のキャラクターから、共通点のある地に足ついたキャラクターになったことで、大空の彼方に消えていったドラゴンたちの姿がやけにリアルに感じたのです。これまで実写で人と共演した数々のリアルなVFXドラゴンを見ても、ドラゴンの存在を信じたことのなかったにもかかわらず、です。


 それは、ヒックたちの設定をヴァイキングにしたからかもしれません。ファンタジーの中にリアリティを持たせたいなら、ファンタジー設定一辺倒ではなく、実際にあったことを織り交ぜることが重要です。実在する場所を舞台にしたり、歴史をテーマに加えてみたり、実在の人物を登場人物の一人に入れると真実味が増します。


 今回の場合、ヴァイキングという実際に存在するミステリアスな武装船団が主役です。彼らは中世ヨーロッパの歴史に大きな影響を与えたにもかかわらず、関係が深い国以外では、御伽噺のように語られる程度です。ヴァイキングをテーマにした作品も多くありません。わからない部分が多い人たちだからこそ、「もしかしたら本当に自分たちの知らない体験をしているのかも」と想像を膨らます手助けをしてくれます。少なくとも私には効果抜群で、ドラゴンを信じさせてくれました。


 『ヒックとドラゴン 聖地への冒険』は、トリロジーの終焉を飾るにふさわしい完璧なエンディングを飾り、ドリームワークス・アニメーションはシリーズものが苦手という印象を拭い去ることに成功しました。力を入れている炎の表現と、無数のオブジェクトとドラゴン、ヴァイキングの仲間たちが集う食堂シーンは圧巻の一言。しかし、敢えて技術に注目して褒める必要がないほど、ストーリーが素晴らしい仕上がりでした。個々の人生を歩むヒックとトゥースを見送った後、劇場を後にする私の足取りは来る時よりも力強くなっている気がしました。もしかしたら、私の中の「誰かに頼りたい気持ち」や「支えてほしい気持ち」を手放す勇気をもらえたからかもしれません。


■中川真知子
ライター。1981年生まれ。サンタモニカカレッジ映画学部卒業。好きなジャンルはホラー映画。尊敬する人はアーノルド・シュワルツェネッガー。GIZMODO JAPANで主に映画インタビューを担当。