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「よくあることだし、やめときなよ」伊藤詩織さんに警察が発言…知人からの性暴力、高い立件ハードル

2019年12月30日 16:41  弁護士ドットコム

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ジャーナリストの伊藤詩織さんが、姓を伏せて名前と顔を公開し、東京・霞が関の司法記者クラブで会見を開き、性被害を明らかにした日から2年あまり。


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12月18日の東京地裁判決は、元TBS記者のジャーナリスト・山口敬之さんが合意のないまま性行為に及んだと認定した(山口さんが控訴)。



判決後の会見で伊藤さんは「全てはもしもの話」としながら、今の日本の刑法の問題に触れた。「日本の刑法に不同意性交がレイプだという規定があれば、私が経験したことも刑事事件では結果が変わったかもしれない」。



●警察官「よくあることだし、やめときなよ」

今回民事裁判で「合意のない性行為」が認められながらも、なぜ、伊藤さんの事件は刑事事件で不起訴処分となったのだろうか。



伊藤さんは被害から数日後に警察に相談した際、担当した警察官から「よくあることだし、やめときなよ」と言われたという。



警察官は、防犯カメラの映像など他に証拠が出てきても、捜査に消極的だった。伊藤さんが「なぜですか」と尋ねると「検察官からこうしたケースは起訴できないからやらないでほしいと言われている」と告げられたそうだ。



性犯罪は密室で起きることが多く、被害後に体液などの証拠も残っていないことが多いが、代理人の西廣陽子弁護士は会見で、「証拠が少ないからといって門前払いして欲しくない。まずは被害者の話を聞き、ある証拠をもって、どんどん捜査してほしい」と述べている。





証拠を集めて捜査するのは、被害者ではなく捜査機関だ。西廣弁護士はいう。



「今回の事件も、証拠がすごくたくさんあるわけではない。その中で、審理がなされると、真実が浮き彫りになるという裁判だった。やるべきことを捜査していただければ(ほかの性犯罪事件でも立件に)繋がるのではないかと思う」



●性暴力事件、立件のハードル

ここまでの流れを見ると、「起訴しなかった検察官が悪い」と思うかもしれない。ただ、西廣弁護士は「検事も意図的に起訴しなかったわけではないと思う。要件を満たさないという法律の壁がある」と話す。



今の日本の法律では、13歳以上の男女に対して「暴行または脅迫」を用いて性行為をした場合、刑法の強制性交等罪(13歳未満の男女の場合、暴行・脅迫要件はない)、「心神喪失または抗拒不能」となった人に性行為をした場合、刑法の準強制性交等罪が成立する。



合意のない性行為にも関わらず、これらの要件の認定ハードルが高いために立件されない事件があるとして、被害者団体などは要件の見直しを求めている。



刑事裁判では、被告人が有罪であることを検察官が「合理的な疑いを残さない程度」まで証明しなければならないという厳しいルールがある。検察は、証拠があって確実に有罪判決を取れるものでないと「公判を維持できない」と起訴したがらない。それは、日本の刑事事件における有罪率が非常に高いことにも現れている。



伊藤さんは「不同意だったことは、裁判官の目から見ても認められた。どういった法改正をすれば性犯罪の立件ハードルが下がるのか、置き換えて考えることもできる」と今回の事件を振り返る。



「今の日本のレイプに関する刑法には同意という言葉がありません。レイプされたサバイバーがどれだけ暴行を受けたかを証明しなくてはならない。これはレイプに関する刑法の問題点です」



●海外の規定と日本での議論は?

相手の同意がないまま、相手が拒絶しているのに性行為することそのものを犯罪として処罰する国は、イギリスの性犯罪法、アメリカのニューヨーク州法、カナダの刑法、スウェーデンの刑法など増えつつある。



日本でも、2014年~15年にかけて開かれた「性犯罪の罰則に関する検討会」で、暴行・脅迫要件や心神喪失・抗拒不能要件の緩和・撤廃について議論されたことがある。



委員からは「撤廃することが望ましい」、「不意打ち、偽計、威力、薬物の使用、被害者の知的障害などを不同意性交の要件にする」という意見も出たが、「外形的な証拠がない場合に被害者の主観を証明するのはかなり難しい」と緩和や撤廃はすべきでないという意見が多数をしめた。



このほかにも、検討会では、地位や関係性を利用した性暴力について、新たな規定を作ることも議論された。海外では、親だけでなく幅広く地位が上の関係にある人による性的行為を処罰する国もある。



こうして、2017年の刑法改正では「監護者性交等罪」が新しく設けられ、親など18歳未満の児童を現に監護する人が性交などをおこなった場合に罰せられることになった。しかし、職場の上司と部下、教員と生徒などを対象とする法律はない。



●さらなる刑法の見直しはあるか

性犯罪をめぐる刑法の規定は2017年、110年ぶりに大幅に改正された。その際の附則で、施行後3年をめどに、必要がある場合には実態に即して見直しをすることが盛り込まれた。



ただ、これは、必ず見直しされることを意味するものではない。「3年後見直し」が2020年に迫る中、被害者の当事者団体は、被害者や支援者の声を反映し、性犯罪に関する刑法改正に向けた審議をすみやかに行うことを求めている。



知り合い間の性暴力はれっきとした性犯罪であり、「よくあること」や「個人間の揉め事」として片付けられる話ではない。日本の刑法からこぼれ落ちている性被害者をどう救うのか。国は2020年以降、検討会を開き、議論を始めるべきだ。