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にじさんじの両国イベントに感じた、強烈な個性の集合体が繰り広げる“思い出の物語”

2019年12月30日 13:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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 12月8日、バーチャルタレント事務所「にじさんじ」による単独音楽イベント『Virtual to LIVE in 両国国技館 2019』が開催された。


(参考:kz(livetune)が考える、VTuber文化ならではの魅力「僕らが10年かけたことを、わずか2年でやってる」


 にじさんじは、2018年2月に1期生が活動開始。動画編集/投稿を主にしていたVTuber/バーチャルタレントの世界に生配信に特化した活動方法を加え、ライブ配信主流の時代をつくった立役者のひとつ。メンバーは「ライバー」としてリアルタイムでリスナーとやりとりをしながらゲーム配信や雑談、歌配信/投稿などで活動している。『Virtual to LIVE in 両国国技館 2019』は、10月2日の『にじさんじ Music Festival ~Powered by DMM music~』に続く単独音楽イベント。1周年記念曲「Virtual to LIVE」をテーマに人気ライバーが両国国技館に集い、巨大な3面スクリーンを使ったステージでライブを繰り広げた。


 バーチャルタレントによるライブイベントならではの特徴は、普段の配信/投稿で生まれるライバー同士の関係性やリスナーとのやりとりの蓄積が、ライブ演出に魅力的な広がりを加えてくれること。実際、この日のパフォーマンスにはそれぞれのライバーやリスナーの信頼関係/理解度があるからこそ可能なアイディアが全編に盛り込まれていて、個性豊かなメンバーが楽しそうにはしゃぐ様子は、まさににじさんじの魅力をそのまま伝えてくれるようだ。


 開演前にはジョー・力一が注意事項のアナウンスを担当した後、「銘柄は?」とお馴染みのタバコの銘柄を尋ねると、観客が「メビウスー!!」と返答。それに「なお、場内は禁煙となっております」と切り返す配信さながらのやりとりで笑いが生まれ、本編の幕が開けた。


 1番手の剣持刀也は、ファンから贈られ、自身も「歌ってみた」動画でカバーしたファンメイドのイメージソング「Sharpness…」をフル尺で披露。そこに勇気ちひろが加わって「ダンスロボットダンス」がはじまると、普段からロリコンとしていじられている剣持刀也と、ロリキャラの勇気ちひろのデュエットが実現。曲の最後には勇気ちひろに近づいた剣持刀也がステージ外に投げられるという、お互いの関係性を生かした演出に歓声が上がる。その後、勇気ちひろがソロでTVアニメ『幼女戦記』のEDテーマ「Los! Los! Los!」を披露した。


 続いて登場した椎名唯華は、ソロで「メランコリック」をパフォーマンス。その後彼女とともに“さくゆい”として知られる元にじさんじゲーマーズの仲間・笹木咲を「西~、稀勢の笹~」とステージに呼び込む。これは2018年11月に一度はにじさんじを卒業した笹木咲の復帰が、稀勢の里の引退と同時期だったことなどから生まれた「笹木咲=稀勢の里説」になぞらえたもので、このライブの会場が大相撲の聖地・両国国技館だからこそ。それに笹木咲も「ごっつあんです!」と応えて2人で「ロキ」を披露し、間奏で“わちゃわちゃ”言い合いをして盛り上がる。続いて笹木が「命に嫌われている。」を、「笹木は嫌われてないよなぁ~?!」と言いながらパフォーマンス(復帰時に替え歌「笹木は嫌われている。」を披露していた)。終盤には、替え歌の歌詞〈ベルモンド・バンデラス/誰やねん〉を観客とコール&レスポンスした。


 ちなみに、この日は出演しなかった多くのライバーも、会場の様子をネット試聴しながら配信やSNSを通してリスナーと盛り上がっていた。そうして会場の外側でも、様々なメンバーがライブを盛り上げる様子は、今や約90名が所属する大所帯のにじさんじならではだ。


 以降は、この日ステージで初の3Dモデルのお披露目を行なうメンバーが続々登場。まずは夢月ロアが3Dお披露目もかねてソロで「恋愛裁判」を歌い、同じく3D初お披露目の鈴原るると2人で「secret base~君がくれたもの~」を披露。夜空と星をちりばめたステージで、それぞれに異なるキュートさを持った2人の歌声が重なるしっとりとしたパフォーマンスで会場の雰囲気が変わる。その後、鈴原るるが初の歌配信で歌ったアニメ映画『時をかける少女』の主題歌「ガーネット」をソロ歌唱。こうした序盤を観ても、ロック、ボカロ曲、アニソン、バラードなど音楽性は多岐にわたっていて、選曲も各ライバーの個性を伝えてくれる。


 中でも圧倒的な歌の力で観客の度肝を抜いたのが、同じくこの日が初3Dだった戌亥とこの「小さきもの」。過去の「歌ってみた」動画や歌配信で抜群の歌唱力を見せていた彼女だが、この日もアカペラで歌いはじめた瞬間に、会場全体が息を呑むようにその歌に引き込まれていく。伸びやかで力強い歌声そのものの魅力に加え、大会場でのパフォーマンスは空気の震えまで伝わるようで、観客が言葉をなくして聴き入る様子は序盤のハイライトだった。


 その後は、以前から彼女と「オフコラボがしたい」と言ってはやんわりと断られていた御伽原江良が、同じく初の3Dモデルで登場して「とこちゃーん!」と近づくも、戌亥とこがそれをスルーして観客から笑いが起きる。続いて2人で披露したTVアニメ『多田くんは恋をしない』のOPテーマ「オトモダチフィルム」では、そんな2人が向き合って原曲のMVの振り付けを楽しそうにダンス。続いて御伽原江良がソロで「おねがいダーリン」を披露するも、途中で機材トラブルが発生。ここでは暗転したステージに観客から自然発生的に「ギーバーラ! ギーバーラ!!」と愛称のコールが生まれてトラブル対処中の時間が繋がれる。リスナーとともにハプニングも力に変えてきた、にじさんじらしさを感じる瞬間だった。


 中盤には、静凛が「千本桜」を、鈴鹿詩子がTVアニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』の劇中歌「God knows…」を、そして歌唱力に定評があるにじさんじの歌姫のひとり、森中花咲が昨年「歌ってみた」動画を投稿していた「バレリーコ」をそれぞれソロでパフォーマンス。その後森中花咲、鈴鹿詩子、えるの3人で「気まぐれメルシィ」を披露し、続いてえるがKLab Sound Teamの林裕が手掛けたオリジナル曲「MESMERIZER」で、ワブルベースなども加えたEDMで会場を盛り上げる。


 満を持して登場したジョー・力一は、初期のネタ動画でアカペラで歌って話題となった布施明の「君は薔薇より美しい」を楽曲に乗せて披露。サビのキメ部分〈変わったああああ!!!!〉を伸びやかな低音で歌うと、スクリーンに花びらが舞い会場が一面ジョー・力一ワールドに。初期の動画を観ていた人なら、感動と笑いが同時に押し寄せてきたはずだ。


 続いて「だいじょうぶです」という囁きが聞こえ、にじさんじ躍進の立役者、委員長こと月ノ美兎がTVアニメ『バーチャルさんはみている』のOPテーマで、自身も参加したユニット=バーチャルリアルの「あいがたりない (feat. 中田ヤスタカ)」をソロで披露。その後ジョー・力一、月ノ美兎、樋口楓、える、鈴原るるがコラボして『懺・さよなら絶望先生』のOPテーマ「林檎もぎれビーム!」をカバーし、大槻ケンヂ役のジョー・力一と絶望少女達のパートを担当する他の4人が、全身を使った激しいダンスや絶唱でぐんぐん盛り上げていく。


 その後、月ノ美兎、樋口楓、ジョー・力一が残って行なわれたMCでは、月ノ美兎、樋口楓、そして森中花咲と御伽原江良のユニット=petit fleurs(プチ フルール) がそれぞれソニー・ミュージックレーベルズ、Lantis(バンダイナムコアーツ)、NBCユニバーサル・エンターテイメントからのメジャーデビューを発表。そのまま樋口楓がLantisから来年リリースされる新曲「MARBLE」を初披露し、リアルライブ/VRライブともににじさんじの音楽活動を引っ張ってきた彼女らしい、ロック曲に合う凛とした歌声と観客を巧みに煽るステージングで観客を魅了した。


 本編のラストは、1期生として最初期からにじさんじを引っ張ってきた月ノ美兎、樋口楓、静凛の“JK組”のオリジナル曲「dream triangle」。温かなエレクトロポップに乗せて、これまでの歩みや3人の絆を歌うこの曲は、ファンメイドの楽曲を公式で取り入れてきたにじさんじの楽曲の中でも屈指の名曲だ。


 前回の『にじさんじ Music Festival ~Powered by DMM music~』は、アンコールなしで終了したものの、ここで客電がつかないことに気づいた観客から、自然発生的にアンコールが生まれ、メンバーがふたたびステージに登場。そして最後に披露されたのは、出演者全員によるにじさんじ1周年記念曲「Virtual to LIVE」。kz(livetune)が提供した楽曲で、ライバーとして今を生きるメンバーとリスナーとのこれまで/これからへの気持ちを歌うような歌詞が印象的だ。


 それを2018年デビューの1期生から2019年デビュー組まで、にじさんじの歴史をつくってきた様々なメンバーが歌う風景は、まさにこの日のハイライトに相応しいものだった。中でも印象的だったのは、〈いつまででも/いつからでも/くだらない話で笑おう/君の近く/もっと近くに行くから〉という歌詞が印象的な、終盤の展開。その直後にお馴染みの時計の秒針が進む音が聞こえ、月ノ美兎が原曲にはない「いきましょう」という言葉を加えて最後のサビに向かい、ラストはkzが月ノ美兎のイメージソング「moon!!」のメロディから引用して加えたコーラスを、会場一体となって合唱してライブを終えた。


 にじさんじの物語とは、ライブ配信という何が起こるか分からない環境の中で、ライバーとリスナーとがともに手を取り合いながら、時に失敗したり、時に笑ったりして生みだす様々な思い出の物語でもある。メンバーがひとつの会場に集い、歌とパフォーマンスで観客と時間を共有したこの日のライブは、普段は様々な配信をしているライバーが華やかなステージに立った晴れ舞台であると同時に、最もリスナーと近い距離で繰り広げられる、普段の配信の延長線上でもあるような雰囲気だった。


 終演後には、オリジナルフルアルバム『SMASH The PAINT!!』のリリース決定や、新ユニット・Rain DropsのVirgin Music(ユニバーサルミュージック)からのメジャーデビュー、全国5都市で開催されるZeppツアーの予定も発表。2020年は強烈な個性の集合体のようなにじさんじの魅力が、ますます日本各地に広がっていくことになりそうだ。


(杉山 仁)