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『グランメゾン東京』“大人の夢”はまだ終わらない? 最後まで主役を立てた木村拓哉の見事な演技

2019年12月30日 06:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『グランメゾン東京』(c)TBS

 『グランメゾン東京』(TBS系)最終回が12月29日に放送された。ミシュランの審査に向けたメニューのリニューアルも残すところ前菜、魚料理、デザートの三品。尾花(木村拓哉)はマグロ料理の開発を進める。その折、フランスの三ツ星レストラン「ランブロワジー」が尾花をスカウトする。


参考:『グランメゾン東京』ついにチームが完成 木村拓哉がチームビルディングの物語を演じる意味


 なかなか仕上がらないマグロ料理にしびれを切らした倫子(鈴木京香)は、自分が代わりに魚料理を作ると申し出る。そして、倫子が完成させた一皿が思わぬ帰結を呼び込むことになった。祥平(玉森裕太)がナッツ混入事件の犯人であることを突き止めたリンダ(冨永愛)は、三ツ星を決めるスターセレクションのメンバーにグランメゾン東京を審査の対象から外すよう助言。それを察した尾花はフーディー(美食家)としてのリンダのプライドに訴え、完成したフルコースを食べに来るように誘った。


 三ツ星を狙う料理人たちが主役の『グランメゾン東京』で、もうひとつの主役と言えるのが実際に一流レストランが考案した逸品。「今までやってきたことを今日全部出す」と尾花が宣言するとおり、10品それぞれが完璧に盛り付けられた芸術的な料理の数々に圧倒された。世界中のグルメを食べ歩き、震えるような感動を味わってきたはずのリンダも、尾花たちの料理を口にして「もう一度こういう体験ができると思わなかった」、「今までのベスト」と言い切る。


 自らの立場を投げうったリンダの計らいによって、グランメゾン東京にはミシュランの調査員が訪れる。時を同じくして尾花による画期的なマグロ料理が完成。しかし、シェフである倫子は三ツ星の調査員に自分が作った「ハタのロティ」を提供することを決める。その言葉を聞いた尾花は「俺はもうこの店の人間じゃない」と言って出て行ってしまう。最終審査目前で、天才料理人と神の舌を持つシェフの最強コンビもここまでかと思われた。


 これまでの各話では、エスコフィユ時代に届かなかった三ツ星を獲るためのヒントが示されてきた。最後のひとつは「自分を信じる力」。エスコフィユ時代に「二ツ星のプレッシャーに負けた」と語る尾花は、自身の経験から「自分の料理で星を獲ったという揺るぎない手ごたえ」を掴ませるために、あえて倫子を自分と競わせた。一歩間違えれば全てが無に帰する危険な賭けだったが、尾花には倫子が自分以上の料理を作って星を獲る確信があったのだろう。


 挫折した料理人たちが夢を追う『グランメゾン東京』について、放送回ごとに俳優・木村拓哉への期待と影響の大きさを感じた。様々な職業を演じてきた木村に対して、放送前には今作もこれまでの作風を踏襲した作品であると思われていた。その予想を鮮やかに裏切った要因は、鈴木京香や沢村一樹、及川光博たち同世代の俳優陣とのケミストリーやシンプルかつ効果的な演出、視覚で楽しむことのできる料理の質の高さだった。一週間のはじまりを前にとてもぜいたくな時間を過ごした実感がある。


 木村に対しても、様々な評価がある中で、あらためて嘘のない演技をする人であると感じた。ドラマは虚構の世界だが、とことんキャラクターを理解し、技術を身につけて臨む木村の姿勢は一貫している。そして、ここ一番での集中力あるいは視聴者を引き込む力に関しては、別格といえる存在感を放つ。俳優・木村拓哉が成熟と向き合うことで新たな可能性を示した『グランメゾン東京』だが、「ヒーローは静かに去る」という王道を踏襲しながらも、ほどよく力の抜けた“背負いすぎない”空気が心地良かった。


 ある程度社会の中で浮き沈みを経験してきた人なら、自分の目の前で辞めていく人や去っていった仲間の背中を目にしていることだろう。挫折を経験して、夢を追うことが決して簡単ではないことも理解している。だからこそ、逆に言えばその価値もわかるのだと思う。『グランメゾン東京』が描いたのは、若さをただ反復するのではない、成熟し、年を重ねてこそ追うことのできる夢の形だった。


■石河コウヘイ
エンタメライター、「じっちゃんの名にかけて」。東京辺境で音楽やドラマについての文章を書いています。