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プロゲーマー・ときどが語る、“自己表現”の重要性 「僕らが空っぽな人間だと、eスポーツはブームで終わる」

2019年12月28日 15:11  リアルサウンド

リアルサウンド

撮影=竹内洋平

 東大卒プロゲーマーとして、日本のeスポーツシーンを牽引する「ときど」がこの12月、2冊目の著書となる『世界一のプロゲーマーがやっている 努力2.0』(ダイヤモンド社)を上梓した。順調だったプロゲーマー生活で大きな壁にぶつかり、それまでの考え方を一新したときど。「誰よりも早く正解を見つけて、先行者利益で勝利を重ねる」という従来の手法はなぜ行き詰まり、そのなかで自身をどう変化させていったかが詳述されており、プロゲーマーを目指すプレイヤーはもちろん、ビジネスパーソンにも参考になる知恵が詰まった一冊だ。リアルサウンド テックでは、そんなときどを直撃。本書を書き上げた経緯から、eスポーツがブームから一歩進んだ2019年の振り返り、そしてさまざまな意味で節目の年となる2020年の展望まで、じっくり話を聞いた。(編集部)


(参考:ときど『情熱大陸』&梅原大吾『プロフェッショナル』 2番組を比較して見えた、プロゲーマーの真実


「プロゲーマーが空っぽな人間だと、eスポーツはブームで終わる」


――ドキュメンタリー番組『情熱大陸』(TBS系)でも、空手の稽古や周辺視野トレーニングに通う様子、ベッドしか置いていない部屋の光景が取り上げられましたが、ときどさんにはストイックなイメージがついて回ります。そのなかで、「努力」というものを論理的に分解し、“苦しいもの”というイメージを刷新する内容にインパクトがありました。あらためて、なぜいま「努力」というテーマを設定したのか、というところから教えてください。


ときど:前作の『東大卒プロゲーマー 論理は結局、情熱にかなわない』を出したときは、自分を客観的に見る余裕がなかったので、自分が生きてきた経験をとにかく全て詰め込んだんです。ただ、本を出す、という機会をいただけたことで、それが自分を見つめ直すきっかけになって。そのなかで、周りの人にも「ときどというのはどういう人間なのか」ということを聞いてみると、おっしゃるように「努力している」とか「ストイックだ」というイメージが強かったんですよね。


 それで、今回執筆のオファーをいただいたときに、「努力」というものをテーマにすると自分らしく表現することができるのかなと。ただ、“うさぎ跳び”のような苦しい努力は時流に合いませんし、僕自身も無理してやっているという感覚はないので、それを「無理せず努力する」というノウハウとしてまとめられればと考えました。


――配信などで断片的にお話しされていたことが、無理なくメソッドに落とし込まれていて、説得力がありました。前作と比較しても編集が利いていて、ゲームに関心がない人も参考になる一冊になっていますね。


ときど:そうですね。編集さんとのやりとりは貴重な経験でした。自分自身の意見、伝えたいことは持っているんですが、表現力が豊かな方ではないので、助けてもらいながらうまく整理できたと思います。


――本の中でも「人に説明すること」の重要性が示されていましたが、執筆に向けた話し合いの中で、考え方が整理された部分もあったと。


ときど:そうなんですよ。前作も、あまり語りたくない過去も全部吐き出したことで、自分を見つめ直すいいきっかけになりました。それまで本当に真剣にゲームに取り組んできた人たちがいて、自分はまったくそこに及んでいなかったんだ、という気づきがあって。やっぱり、本を出すというのは本当に貴重な経験になるんだなとあらためて実感しています。今回、自分の考えをきちんと言葉にできてよかったなと。


――本作では、かつてのときどさんが考えていたことと、「失敗」を受けて大きく変化した現在の考え方が詳述されています。前作の刊行から5年、格闘ゲーム/eスポーツというシーンも大きく変わりましたが、それを受けて変化した部分もありましたか?


ときど:ありますね。僕はどちらかと言うと、環境の変化にさらされてから、そこに対応する対処療法的な性格なんです。でも、本当はそれでは遅いくらいで、もっと昔からこの業界を見ている人たちのなかには、いまの状況を予見していた人もいて。「今後、対戦ゲームはより社会的に認知される流れになる。そのとき、トッププレイヤーに何も主張がなくて、空っぽな人間だったら、ブームで終わってしまうだろう」と。そのときのために準備しておいたほうがいい、というのは、直接でなくても言ってもらっていたんですよね。よく当時から、そんなことが予想できたなって。僕はもともと特に主張とかはなく、ただ「ゲームに勝てれば楽しい」というだけだったんですけど、そういう観点があるんだということを気づかせてもらっていたので、準備することができていたのが大きかったと思います。


――プロゲーマーのパイオニア・梅原大吾さんもそうですし、“見られる仕事”だということを念頭に体を絞った2019年EVO(※ラスベガスで行われる世界最大規模の格闘ゲーム大会)覇者のボンちゃんさんもそうですが、“ゲーマー”についてまわりがちなネガティブなイメージを払拭しようと努力してきた経緯がありますね。


ときど:そうですね。そんななかで注目していただく機会が増えて、なんとか「間に合った」かなと思います。一方で、ただクリーンなだけでなく、ゲーマーらしい面白おかしい経験もしっかり活かしていかなければと。いまは若手にいいプレイヤーがたくさんいますが、彼らはゲームセンターで揉まれた経験がなく、ゲームをやっていることを隠しながら、それでも熱中していたような青春時代を過ごしたわけでもないので、自分がプロゲーマーとしてどうあるべきか、ゲームとどう向き合うべきか、ということについて深く考えるための材料が少ないと思うんです。僕にアドバイスをくれた上の世代の人たちは、格闘ゲームが冬の時代にそれでもプレイを続けていて、だからこそ「シーンがもっとこういう状況だったら、自分はこうするのにな」って、理想的な未来とそのなかにいる自分を想像したんじゃないかと。自分はまさにその未来にいるので、きちんとゲーム/ゲーマーの面白さを発信していかなければと思います。


「ライバルとどこまで踏み込んで議論できるか」


――本書はゲームという絶えず変化する舞台で活躍するための思考法としてまとめられており、その特殊性も強調されていますが、5GにAIの進化と、旧来の“仕事”が大きく変わっていく分野も増えていくと思いますので、その意味ではビジネスパーソンが今後直面する悩みを先取りしているようにも思えます。


ときど:そうだとうれしいですね。僕は社会人経験もありませんし、どこまで参考になるかわかりませんが、確かに社会全体で変化が大きくなってきていると思いますので、何か参考にしていただける部分があればと。


――また、本書の中で興味深かったのは、ときどさんがリアルのコミュニケーションを重視していることです。一般に、eスポーツという最先端の分野で活躍しているプロゲーマーのイメージと、少し違っているのではと。


ときど:プロゲーマーという新しい道を突き詰めていくなかでは、高め合うべき相手と顔を合わせて、お互いどこまで踏み込んで議論できるか、ということが非常に大切だと思います。お互いの懐をえぐりあいながら議論していかなければいけない場面もありますし、例えばメールだけのやりとりだと、当たり障りのないところで終わってしまったり。また、トッププレイヤーで実際に集まって対戦をするのも重要で、対戦を見ている第三者の意見で気づかされることも多いんですよね。三人寄れば文殊の知恵じゃないですけど、多様な意見を取り入れることができるので、オンラインの簡単なコミュニケーションでは得られないものが確実にあります。


――かつてゲームセンターで自然と行われていたことかもしれませんね。実際に顔を合わせて対戦すれば、ある種の摩擦やストレスも生じると思いますが、だからこそ鍛えられる部分もあると。


ときど:そうですね。自分に何の負荷もない状態だと、僕はどんどん弱くなっていっちゃうと思うんです。自分に適した負荷やストレスを常にかける。もちろん、無理をすると潰れてしまうので、自分の許容範囲を見極めて、そういう環境に身を置くことが大事ですね。いわゆる「血の滲むような努力」を重ねたり、心に強い負荷をかけなくても、適切な環境を作ることで自然と鍛えられていきます。


 あとは、自分だけが成功することを求めるより、集団で情報を共有した方が強い、というのも近年で気づいたことで。「この大会だけ勝てばいい」という状況だったら、周囲のプレイヤーとコミュニケーションを取らず、仕込んできたネタ一発で倒しきるという短期的な戦略もあり得ますが、いまの格闘ゲームは通年で活躍する必要があるので、より地力が問われます。地力を上げるには、バレたら終わりのネタを見つけようと必死になるより、オープンな環境で切磋琢磨した方がいい。これはゲームだけでなく、社会全体にも言えることなんじゃないかと思います。つまり、「ネタ一発で、周りにキャッチアップされたら終わり」というビジネスモデルでは、長く続かないことが多いというか。


――本のなかで「ライバルは『敵ではない』」という言葉で示されていることですね。ときどさんが行き詰まったときに、その都度「やり方が間違っていた」ことに気づけているのがすごいと思うのですが、何が要因でしょうか。


ときど:僕は周りの人に助けられたと思いますね。だって、大会で負けたときに、ボン(ボンちゃん)とかにめちゃくちゃキレられましたもん(笑)。プレイヤー同士で、そんなことまで言う?というくらい、踏み込んだことを言ってくれて。この年になると本気で怒ってくれる人はなかなかいないですし、そういう人が周りにいるのは本当に大きいなと。気づくというより、気づかされる、というか。


――ボンちゃんさんもそうだと思いますが、ご自身とはまた違う考え方で競技に臨んでいるプレイヤーで、尊敬する人を挙げてもらえますか。


ときど:たくさんいますよ。例えば、かずのこ(※Burning Core所属のプロゲーマー。『ギルティギア』『ブレイブルー』、『ストリートファイター』など、多くのシリーズでトップクラスの実力を持つ)。すごいセンスの持ち主で、攻略が早いし、僕はマルチタイトルから『ストリートファイター』一本に絞ったのですが、彼はずっと多くのタイトルをプレイしながら、トップに食らいついていて。eスポーツ化という流れのなかで、各タイトルにスペシャリストが出てきているなかで、本当にすごいことです。


 あとは、ももち(※プロゲーマーで、株式会社忍ism代表取締役。妻はプロゲーマーのチョコブランカ)も僕とはまったく違う方法論で、真似できないなと思います。オフの練習会には全然来ずに、頭の中でプレイを構築するんですよね。さらに、オンラインであまり密にコミュニケーションを取らないプレイヤーを相手にそれを試して、磨き上げて、実戦に投入する。それであそこまでの結果を残すんだから、やっぱりすごいです。


 こうやってそれぞれのスタイルがあるので、僕のやり方だけが正しいとはまったく思っていなくて。ももちの例でいうと、僕は単純に対戦会が楽しいんですよね。仕事とは言え、楽しくないと続かないので。


――さて、“eスポーツ元年”と言われた2018年を経て、2019年は大きな動きがいくつもありました。ときどさんにとって、どんな年でしたか?


ときど:格闘ゲームのシーンで、「盛り上がりが来るぞ」と言われて3~4年経っていたなかで、「いよいよ来たな!」と思ったのが2018年でした。それを引き継いだのが2019年で、いろんなことが起こりましたね。業界団体もできていって、ただ盛り上がるだけではなく、環境が整備されていくのを感じました。いろんな議論がありましたし、立場や考え方の違いで摩擦もあったと思うんですけど、次のステップのために必要なことだと思っています。


――白熱した試合が展開された『ストリートファイターリーグ』や、2020年の東京五輪に合わせて開催される「Intel World Open In Tokyo 2020」も含めて、ファンとしては楽しみなチーム戦への関心も高まっているように思います。この点についてはいかがでしょうか?


ときど:『ストリートファイターリーグ』でいうと、ただ強いプレイヤーを集めてチームを組むのではなく、ドラフト制という一味を加えてくれたおかげで、考えさせられることが多かったですね。おかげさまで、僕がチーム戦に向いていないことも分かったというか(笑)。(※ときど・ガチくん・はくの3プレイヤーによる『トキドフレイム』は、善戦しながらも6チーム中最下位の結果だった)僕も含めて、各チームのリーダーはゲームセンターで叩き上げられた世代で、僕らはドラフトで選ぶプレイヤーに対して、実は教えられることが山ほどあるんだということに、負けて気づかされました。成績がいいチームの若手は、リーダーやチームメイトから学んで、のびのびプレイすることができていましたし、大会中に成長していて。その差が出たように思います。僕たちがちゃんと経験を伝えないと、結果として前に進めないという、シーンを活性化させる上でも、とてもいいルールだったと思います。上から強い人を3人選ぶ、という形ではこうはならないと思うので。


「ゲーマーに少しでも共感してもらえるように」


――そして2020年からその先に向けて、描いているビジョンも聞かせてください。


ときど:東京五輪に向けて、eスポーツ というシーンも大きく動いているので、それが終わると、一旦落ち着く可能性があると思うんです。その先も継続的に注目してもらうために、プレイヤーができることがあるとすれば、やはりプレイヤー自身がシーンの外側にいる人たちにどれだけ共感を持ってもらうか、ということだろうと。常々思っていることですが、僕らはゲームに非常に多くの面白い経験をさせてもらっているので、ゲームをやらない人たちにも、それをいい形で知ってもらえるような発信をしたいなということです。僕らはゲームを作ることはできないので、プレイヤーとして人前に立ったときに、少しでも共感してもらえるようにと、普段から意識して考えておきたいですね。そういう同志を募集中です。


――格闘ゲーマーにはタレント性が高く、非常に面白い人が多いと思いますが、これまではファンだけが知るところでした。それが、今は歌広場淳さんなど、他ジャンルで活躍している人気者が紹介者となり、「こんなに人間的魅力に溢れたゲーマーがいるんだ」ということを伝えてくれていますね。


ときど:本当にありがたいですよね。やっぱり僕らはゲーマーなので、まだまだ自分たちがどういう人間で、どういう思いでゲームに向き合っているのか、と説明するのが苦手なんです。いまは勝手に注目される状況なので成り立っているけれど、その先まで継続してゲームを続けるためには、そうやって自分たちをもっとよく知ってもらうための努力をしなければいけない。こういう話って、あんまりすると面倒くさがられる話題でもあるので(笑)、若手のプレイヤーともきちんと信頼関係を作って、意識を高めていきたいと思います。


――その意味で、プロゲーマーにこんな考え方の人がいるんだ、ということを知るためにも、本書はうってつけの一冊だと思います。ビジネスパーソンはもちろん、自分の力をうまく発揮できず、生きづらさを感じている人の背中を押すものにもなっているので、多くの人に届けたいですね。


ときど:そうですね、ビジネスパーソンもそうですが、やっぱり「本当はこういうことがやりたかったんだけどな」と煮え切らない日々を送っていたり、進むべき道が定まっていない方にも読んでいただけたらうれしいです。知識としてあるだけで楽になる気がするので、そういう意味では、自分自身と本当に向き合う前の、昔の自分に一番読ませたいですね(笑)。


(橋川良寛)