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『スカーレット』常治は視聴者に愛された? “愛すべきダメ親父”像を全うした北村一輝

2019年12月28日 06:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『スカーレット』写真提供=NHK

 12月25日放送の連続テレビ小説『スカーレット』(NHK総合)で川原常治(北村一輝)が永眠した。主人公・喜美子(戸田恵梨香)の父親として話題を振りまいた常治には、放送直後から「ロス」の声があふれている。


参考:完全なる“常治ロス” 『スカーレット』直子の帰郷で明かされた父の真実


 朝ドラのダメ親父は数あれど、ここまでストレートに視聴者の怒りを誘発した人物は珍しい。適切な言い方ではないかもしれないが、「ようやく川原家も平穏に」と思われても仕方がないところ。しかし常治は視聴者から愛されたキャラクターだった。


 昭和22年、常治たち一家は夜逃げ同然で信楽にやってくる。商売人だった常治が大阪・八尾の大地主の娘マツ(富田靖子)と駆け落ちして喜美子が生まれたのは昭和12年。常治は出征中に信作(林遣都)の父親・大野忠信(マギー)を助けたことがある。困った人を放っておけない性分で、草間(佐藤隆太)や若い衆を自宅に居候させるなど様々な縁を川原家に呼び込んだ。


 その反面、酒好きで見栄っ張りな性格から見ず知らずの人にもごちそうし、家計はいつも火の車。第33回、喜美子とマツが借金を数えるシーンで、1円のツケまでこしらえていた場面には絶句した。にもかかわらず商売に関しては山っ気があり、仕事の手を広げようと借金してオート三輪を購入するも足をくじいて休業に。ポンコツすぎる常治だが、冗談ではすまされない場面もたくさんあった。


 常治の数ある蛮行の中でも、小学生の百合子(福田麻由子、子ども時代:住田萌乃)にマツの薬を取りに行かせた件と、家計を助けるために、大阪から喜美子をだまして呼び戻した件はその最たるものである。荒木荘で充実した日々を過ごす喜美子を、マツの病気を口実に信楽に呼びつけると「大阪戻らんでええから」と一言。さらに、絵の学校に通うと主張する喜美子に「誰の金でも関係あるか。何勝手なことしとんねん」と猛反対する。


 大阪に戻ろうとした喜美子は、百合子が学校を休んでマツの薬を取りに病院に行っている理由が、子どもなら支払いを先延ばししてもらえるためだと聞き、家族を支えることを決意。この時点で、常治に対する視聴者の怒りは頂点に達する。昭和という時代背景を差し引いても、あまりに身勝手な言動を繰り返す常治には「毒親」の称号が与えられ、夫のやっていることを知っていながら容認するマツにも非難の矛先が向けられた。


 常治の得意技といえばちゃぶ台返し。一家団欒の象徴をひっくり返す“昭和の父親”のリーサルウェポンは、第38回で、口ごたえした次女の直子(桜庭ななみ)に逆ギレしたのを手始めに事あるごとに発動。常習犯の父親に三姉妹も次第に対抗するようになる。第54回では「度重なるちゃぶ台返しを阻止しながらの家族会議の結果」、百合子の高校進学が実現。第62回では、喜美子と八郎(松下洸平)が「ちゃぶ台ひっくり返されたら一緒にかたそう」と愛を誓い合い、第64回では、ちゃぶ台返しをブロックすることで八郎と川原家の対面シーンにこぎつけた。


 不思議なのは、あれほど常治に苦労させられた川原家の人間が、誰一人として常治を恨んでいないことだ。あまりに不器用で身近にいたら絶対迷惑なのに、それでも義理人情に厚くて人間が大好きな常治を周囲は嫌いになれない。お嬢様育ちで辛酸をなめたはずのマツも、第65回で「うちはいっぺんもあんたとの人生失敗や思たことないで」と振り返る。大野家もそうで、忠信も陽子(財前直見)も常治に一目置いて力を貸していたところを見ると、常治は愛情にあふれた人物だったのだと感じる。


 憎しみを一身に浴びることもあった常治だが、八郎を川原家に迎え入れるために自宅を改装。しかし、費用を賄うために始めた長距離運送の無理がたたって体を壊してしまう。家族が常治の異変に気づいたときにはすでに手遅れだった。「おんぼろで、失敗ばかりの人生」(第65回)と卑下する常治を、周囲は「しょうもない」と笑いながら受け入れていた。死に際で親友がつくった松茸ご飯を食べて、あろうことか放屁する失態を演じた常治は、主人公が苦難の道を歩む『スカーレット』で“愛すべきダメ親父”像を打ち立てるという使命をまっとうした。


 北村一輝の名誉のために付け加えると、『あさイチ』(NHK総合)のインタビューに答えて「朝ドラに出たら、もっと印象が良くなるはずだったのに」とぼやきながらも、見事に三枚目を演じきった。最期の数日間は、明らかに減量して死相を浮かべるという迫真の役者魂を見せた。愛情と憎悪は裏返しと言われるが、クリスマスの朝に逝った常治にとって、娘たちの憎まれ口さえ愛おしいものだったに違いない。今はただ喜美子たちの前途を見守ってほしいと願うのみである。


■石河コウヘイ
エンタメライター、「じっちゃんの名にかけて」。東京辺境で音楽やドラマについての文章を書いています。