2019年12月26日 10:02 弁護士ドットコム
給湯器大手「ノーリツ」を舞台に興味深い労働事件の判決が11月27日にあった。
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神戸新聞によると、訴えたのは現職社員。元々は「係長級」だったが、業務中に私的なネットサーフィンをしていたことが判明し、「降格」になったという。閲覧していたのは、証券会社やニュースのサイトで時間は1日15~17分ほどだったそうだ。
神戸地裁は、処分前の注意・指導がなかったことなどから降格を無効とし、会社側に差額の月6720円の支払いなどを命じたという。一方で、就業規則で私的閲覧が禁じられていることなどから、懲戒処分自体には合理的な理由があるとも判断している。
業務時間中とはいえ、1日15分程度で降格はやりすぎだ、と感じる人も多いのではないか。たとえば、私物のスマホを触ったり、タバコ休憩をしたりというのはそんなに珍しい光景ではないだろう。
一方、この点について、労働問題にくわしい藥師寺正典弁護士は「企業が従業員の勤怠管理を適切に行っていくことが前提」としつつ、次のように語る。
「残業規制が進んでいき、多くの企業が業務の効率化を図ろうと試みている中では、企業のルールに反する形での就業時間中の私的閲覧や喫煙に対しては、業務効率に与える影響等も踏まえながら、より厳しい対応を取る企業が増えてくることが予想されます」
2019年は大手企業に残業時間の上限規制がついた。2020年4月からは中小企業も対象になる。制度変化の中で、「働かせ方」だけでなく「働き方」も変わっていかざるを得ないのかもしれない。
そもそも、会社でネットサーフィンは絶対に許されないのだろうか。
「従業員は労働契約に基づき労務提供義務や職務専念義務を負いますので、就業時間中の私的なネットサーフィンは基本的には許されません」(藥師寺弁護士)
つまり、何も言われていなかったとしても、気付かれていないか見逃してもらっているだけということだ。
「ただし、懲戒処分や普通解雇といった措置がとられた場合には、その有効性の判断にあたり、回数・頻度、一回あたりの時間や、情報漏洩等のサイバーセキュリティー上の危険の発生の有無、行為者の情状面等が考慮されるという整理となります」
今回の事案では、どのように考えられるだろうか。
「記事からは、内部調査を契機として計86日間にわたる私的閲覧行為が発覚した事案と考えられます。発覚した段階で注意・指導に留めるのか、何らかの懲戒処分を行うのかを検討することになります。
懲戒処分は、就業規則や労働協約で手続が定められている場合、遵守しないとそれだけで無効となることがあります。
今回のケースでは、男性に対する弁明の機会の付与や懲戒委員会の設置といった制度上の手続内容やその遵守状況までは分かりませんが、処分前の注意・指導がなかったことが指摘されていることから推察すると、降格無効について手続の遵守状況が問題視されたわけではないようです」
では、判断のポイントはどこだったのだろうか。
「記事によると、情状面(反省の有無、改善の余地があったのか否かといった点)が考慮されていると考えられます。
また、サイバーセキュリティー上の危険が生じていないことや、降格以外の減給処分について社内で十分な検討がうかがえないことも指摘されています。
私的なネット閲覧が企業秩序に与える影響と、処分の重さとの均衡がとれていなかったという点も、処分の有効性の判断に大きな影響を及ぼしていると考えられます」
処分の重さとのバランスが悪かったとしても、会社側からすれば私的なネット利用は避けてもらいたいところ。どのように対応すれば良かったのだろうか。
「今回のケースでは、行為の回数・合計時間や継続性等を踏まえれば、懲戒処分を行うことが直ちに不合理とまではいえませんが、行為と懲戒処分が均衡のとれたものといえるのか、より慎重な検討が必要だったと考えます。
男性による私的閲覧が日常的に発覚していた場合には、その都度注意や指導を行い、改善を促しておくことが重要と考えます」
なお、判決では、男性側の慰謝料50万円の請求を退けている。
「懲戒処分が権利の濫用として無効とされる場合は、慰謝料請求が認められることがあります。
もっとも、懲戒処分が無効とされたとしても、不法行為の成立要件としての故意・過失、労働者の不利益(違法性)が直ちに肯定されるものではありません。今回のケースでも会社の故意・過失までは認められないとして慰謝料請求が棄却されています」
【取材協力弁護士】
藥師寺 正典(やくしじ・まさのり)弁護士
中央大学法科大学院修了後、2013年弁護士登録
主に、使用者側の人事労務(採用から契約終了までの労務相談全般、団体交渉、問題社員対応、就業規則対応、訴訟対応、労基署対応、労務DD等)、中小企業法務、M&A等の商事案件に対応。
事務所名:弁護士法人第一法律事務所(東京事務所)