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在日コリアン女性「涙がとまらなくなった」「ゴールじゃない」 川崎ヘイトスピーチ禁止条例成立

2019年12月21日 11:21  弁護士ドットコム

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これまで全国のどこにもなかった刑事罰付きのヘイトスピーチ禁止条例が12月12日、川崎市議会で可決、成立した。民族差別的な言動を繰り返した場合、刑事罰を科すことが盛り込まれている。川崎市では2015年ごろから、地域に住む在日コリアンをターゲットにしたヘイトスピーチ、ヘイトデモが繰り返されてきた。ヘイトスピーチにさらされてきた在日コリアンは、今回の条例成立をどう受け止めているのだろうか。(ライター・碓氷連太郎)


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●崔江以子さん、ホッとした表情

「採決を前に議場に向かう各会派の議員さんから労いや、『しっかり通すからね』と、声をかけてもらいました。全会派の賛成によって可決成立した、制定を願ったみんなの想いが結実した条例だと思います」



川崎市在住の在日コリアン、崔江以子(チェ・カンイヂャ)さんは、条例成立の翌日、ホッとした表情を見せながら、喜びの言葉を口にした。彼女は2016年から、SNS上でヘイトスピーチにさらされてきた。



ツイッター上で『極東のこだま』と名乗る50代男性が執拗に「チョーセンはしね」などと書き込んだため、崔さんは脅迫罪で刑事告訴したが、男性は2019年2月、不起訴処分となった。その当日、あらためて県迷惑行為防止条例違反で刑事告訴したが、2019年12月21日現在、起訴までに至っていない。



●涙が止まらなくなった

2015年11月には、在日コリアンが多く住む川崎区桜本をターゲットにしたヘイトデモが開催されたことがある。最終的には、地域住民や差別に反対する人たちが阻止して、桜本地区を通らないコースに変更された。



今回の条例案の採決で議会に立った川崎市の福田紀彦市長の姿を眺めながら、崔さんは当時のことを思い出していた。



「あのときは、(川崎市から)『法律がないから何もできない』と言われて、被害から守られることはなかった。それを思い出してしまって、委員会報告や賛成討議など、ほかの議案の採決をしている間にも涙が止まらなくなりました。



市は、条例の素案が提出された2019年6月、(ヘイトスピーチは)教育と啓発では止められないから、条例を作り市民の盾になると宣言しました。条例に反対する人たちから行政に対して静かな議論を妨げるような行為が続いても、市の姿勢はブレることはありませんでした。だから、私たちは、市民の代表である議会に市の提案を支え、深めてほしいという思いで議会審議を応援し続けてきたんです」(崔さん)



そのヘイトデモから4年あまり経つが、個人攻撃にもさらされた崔さんにとって、この期間は「とても厳しい」ものだった。しかし、未来に希望を持ち「前へ前へ」の気持ちで、絶望を乗り越えてきた。



●差別のない社会の実現への第一歩

今回の条例には、インターネットでの差別的な言動についても、「市長は・・・(中略)・・・表現の内容の拡散を防止するために必要な措置を講ずるものとする」(17条)とある。 今後は、市による積極的なネットモニタリングとIT業者に対する削除要請も期待できる。



「(排外主義者による)街宣でのひどい差別扇動だったり、ネットでのひどい書き込みなど、これからも対策が必要なことはいろいろあるから、これがゴールではなく、まだ始まりです。



でも、ヘイトスピーチ解消法(2016年施行)にもなかった刑事罰を入れるなど、川崎市は現段階では最善のかたちを示してくれました。各地でこれまで策が講じられずに野放しにされてきた、ヘイトスピーチの被害を受けた人たちは喜んでくれていると思うし、まさに差別のない社会の実現への第一歩です。



差別はゼロにはならないかもしれないけれど、差別を許さない社会に向かって市民が歩むことで、市民社会が成熟していく。そのために、これからも実効性や運用ルールの検証をしつつ、市を応援していきたいと思っています」(崔さん)



●「表現活動を委縮させないよう、慎重に運用する」

崔さんが応援したいと語った川崎市の人権・男女共同参画室には、2019年6月に刑事罰付きの条例素案を公表して以来、さまざまな声が寄せられていたが、条例成立が見込まれていた12月12日の数日前からは、ぐっと数が増えたという。



同室長の池之上健一さんによると、「居酒屋での会話も取り締まるのか」など、条例の内容を知らずに、抗議を寄せていると思われるケースもあったそうだ。



「われわれは、条例について丁寧に説明する立場ですので、内容についてお話をすると、『そうだったのか』とご納得いただける方もいらっしゃいました。



(来年7月1日の)施行までに条例について啓発する資料を用意しないとならないと思っています。1つ1つの具体例を挙げ、どんな行為が罰則にあたるかの指針を作らないといけないと感じています」(池之上さん)



とりわけ、罰則ばかりが目についてしまいがちだが、すべての不当な差別を許さないということが市の方針だ。「市長を先頭にこれまで以上に誰もが安心して暮らせる街にしたい」。池之上さんはそう思いを語った。



「川崎は、もともと多くの外国人が暮らし、多様性を大事にしていこうとする土台があった街です。そして同時に私たちは、憲法が保障する表現の自由を重く受け止めています。通常の表現活動を委縮させないよう、運用については慎重な取扱いをしていくつもりです」(池之上さん)



●教育や啓発では、ヘイトスピーチを止められなかった



条例の正式名称は、「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例」。今回の成立を受けて、「言論の自由が侵害される」「日本人へのヘイトスピーチは取り締まらないのか」という声も聞こえてくる。ヘイトスピーチ問題にくわしい師岡康子弁護士は「日本人へのヘイトスピーチという立法事実はない」と説明する。



「そもそも、外国にルーツのある市民へのヘイトスピーチは人権侵害で、ヘイトスピーチ解消法によって、国もそれを認めています。ところが、解消法ができても、ヘイトスピーチが止まらなかったことから、今回の条例ができたわけです。教育や啓発では、止めることができなかったんです」(師岡弁護士)



師岡弁護士はヘイトスピーチを「ある人や集団に対し、その人たちの行動や発言、政策などではなく、個々人が変えることが不可能もしくは非常に困難な、民族、国籍、性別、性的指向などの属性を理由として行う言動による攻撃であり、言動による差別」と位置付ける。そして日本国内において、外国人から日本人が、日本国籍であることや民族という属性を理由に、差別的言動が繰り返されてきたという立法事実はないと語る。



「たとえば、天皇制や日本が植民地支配下で行ったことを批判をしている人はいますが、それは日本人の国籍や民族という属性を理由としての攻撃ではありません。むしろ、表現の自由として最も尊重すべき政治的表現の自由です。



今回の条例は、実際に川崎市内で繰り返されてきた、日本人の集団による、在日コリアンを虫にたとえて侮蔑し、皆殺しにする、出ていけと攻撃するデモや集会、宣伝が繰り返されてきたことが主要な立法事実です。「日本人へのヘイトスピーチ」への同様の対処を求めるなら、川崎市内で実際にあった同程度の立法事実を主張、立証する必要があります。



人種主義的ヘイトスピーチの本質は、ヘイトスピーチ解消法第2条の定義にもあるように「社会から排除」することです。外国人が日本人一般を、国籍や民族を理由として日本社会から排除することは不可能だし、ヘイトスピーチは『表現の自由』の濫用であって、表現の自由として保障される範囲外です」(師岡弁護士)



今回の条例制定を師岡弁護士は「差別抑止の実効性の面からは完璧とはいえないまでも、日本の歴史上、はじめて差別を犯罪としたもので、新たなステージに進んだ画期的な内容」と評価している。



「罰則付きのヘイトスピーチ禁止条例をスタートさせることは、不当な差別に苦しんできた人たちを救ううえで、とても意義深いものだと思います」(師岡弁護士)