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米TVはストリーミング全盛で黄金期。既存放送局発ドラマの未来は?

2019年12月19日 12:51  CINRA.NET

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『ユーフォリア/EUPHORIA』©2019 Home Box Office, Inc. All Rights Reserved. HBO® and related channels and service marks are the property of Home Box Office, Inc.
■ストリーミングが存在感増す米テレビ黄金期「Peak TV」において、賞レースのトップ圏を守り続ける唯一の放送局・HBO

2010年代は、アメリカのポップカルチャーでテレビが主役になったディケイドだ。スーパーヒーローやリブートなど、既存ブランドの「IP」(intellectual property、知的財産)に偏る劇場映画よりも創造の自由があるとする声も出ているほどである。

良質なコンテンツが膨大な数作られているこのテレビ黄金期、通称「Peak TV」に欠かせない存在は、2010年代よりオリジナルコンテンツ製作を始めた主要ストリーミングサービスと言っても過言ではない。その勢いは増すばかりで、2020年度『ゴールデングローブ賞』ノミネート陣にABCやNBCといった従来のブロードキャスト局の姿はなかった。このような状況下、NetflixやAmazon Primeと賞レースのトップ圏で争う唯一の「既存寄り」ネットワークこそ、元祖テレビ王者・HBOだ。来年発表の『ゴールデングローブ賞』で2桁数のノミネートを果たしたのはNetflixとHBOのみ、今年の『エミー賞』で受賞数2桁を記録したのはHBO、Netflix、Amazonのみであった。

■女性の表象を拡張した『SATC』や、考察合戦を呼んだ『GoT』……高いクオリティと過激表現で一時代を築く

1999年にスタートした『ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア』の高評価によって「Peak TV」の礎を築いた有料ケーブル放送局HBOは、広告に縛られない体制によって厳選されたハイクオリティな内容、そしてグロテスクやエロティシズムもお構いなしの過激表現で知られている。

その過激さは、結果的に革命として結実してきた。1998年より一世を風靡した『セックス・アンド・ザ・シティ』は、結婚を望まずに堂々と一夜かぎりの性的関係を楽しむ女性たちを描いて衝撃を呼び、女性の表象を拡張してみせた。2011年スタートのファンタジー『ゲーム・オブ・スローンズ』の場合、ブロックバスターの常識を破るかのような残酷かつ複雑な展開によって考察合戦を呼ぶことで、実況ツイートやファンサイト、ポッドキャストなどを通してファンによる活発な議論が行なわれる「オンラインファンダム」黄金期をリード。その結果、世界的な人気を博し、「Peak TV」を代表する「テレビ史上初のグローバル・ブロックバスター」の称号を手中におさめた。

■看板番組の相次ぐ終了。王座の命運を握る作品は?

今、そんなテレビ界の王者が転換点を迎えている。HBO史上最大の人気を誇った『ゲーム・オブ・スローンズ』のほか、『エミー賞』コメディー部門の女王『Veep/ヴィープ』など、看板シリーズが相次いで終了したためだ。『ザ・ソプラノズ』が終了した2007年と同じく「HB-Over(HBO終焉)」と揶揄する声もある状況だが、王座の命運を握る作品とはいかなるものなのか。日本でも視聴可能な範囲で、バラエティと刺激にあふれる3つのHBO新作を紹介したい。

■世界中の視聴者が他人事では済ませられない。「組織」と「嘘」を描いた『チェルノブイリ』

「ウソの代償とは? 真実を見誤ることじゃない 本当に危険なのは ウソを聞きすぎて 真実を完全に見失うこと」(エピソード1「1時23分45秒』より)

1986年に起こったチェルノブイリ原子力発電所事故を描くこのミニシリーズは、非常にハードだ。視聴者はなにが起こるか知っているわけだが、劇中では事件が起こった直後、地元の市民が爆発を「綺麗な景色」として見物する。これだけで相当に衝撃的なスタートだ。もちろん、事故現場や現場関係者の描写はひどく痛ましい。しかしながら、本作が2019年を代表する作品となった所以には、日米のみならず世界中の視聴者が他人ごとでは済ませられない問題にフォーカスしたことがある。

『エミー賞』10部門受賞、『ゴールデングローブ賞』4部門ノミネートを果たした本作では、被害を過小評価して責任逃れをする幹部会議や、パワーハラスメントによって事態を悪化させてゆく現場など、大事故に関わった「組織」の問題が緻密に描かれるのだ。そうした描写の連鎖によって「嘘」がどんどん膨張してゆく様には「遠い外国の悲劇」だとは決して切り離せない迫力がある。本作のヒットにより、若者たちがチェルノブイリで「インスタ映え」写真を撮影するブームも勃発している。かなり問題視されたケースではあるが、30年以上前の事件の問題を子どもたちにも届けた功績の証左でもあるかもしれない。

■「主要キャラが全員卑劣」。リッチな白人の醜い家族闘争がダークコメディーとして機能する『サクセッション』

<アジア系 中東系 ラテン系 黒人 白人 それがニューヨーク(『サクセッション』劇中歌Beastie Boys“An Open Letter To NYC”より)>

Beastie Boys“An Open Letter To NYC”によって幕が開ける本作の舞台は、さまざまな人種が集うニューヨークだ。しかしながら、リリックと対置するかのように、このドラマのほとんどの登場人物は上位1%のリッチな白人である。「多様性促進」の2010年代に、何故そんなドラマがヒットしたのだろう? そこにこそ、時代を象徴する皮肉がある。

メディア帝国を築いた家長が病に倒れて始まる『サクセッション』は、その子どもたちが後継の座をめぐって争うストーリーだ。マイノリティ蔑視までをもビジネスにするファミリーはそれぞれ傍若無人で、「主要キャラ全員が卑劣なドラマ」(The Guardian)と評判になった。そうして、ちょっと俗的な表現ではあるが、批評家たちから「トランプ時代の完璧なショー」の冠を得るに至ったのである。大統領ファミリーやエスタブリッシュメントが毎日のように批判され、経済的不平等がより問題視される今、アメリカのポップカルチャーにおける「見目麗しい特権階級の白人」は羨望の対象から定番の悪役へと様変わりした。そんな世相だからこそ、この「リッチ白人たちがおりなす醜い家族闘争」が「皮肉なダークコメディー」としてじゅうぶんに受容される地盤が完成したとも言えるのではないか。上位1%の世界を描くことで時代精神をあぶり出す、刺激的な一本だ。

■ティーンドラマでも「過激」なHBOブランドは健在。若者たちの暗黒の「ムード」を捉えた『ユーフォリア』

<さぁ 扉を閉めよう 君といればユートピアにいられる>(『ユーフォリア/EUPHORIA』劇中歌 BTS“Euphoria”より)

「過激」なHBOブランドは、ティーンドラマにおいても健在だ。『ユーフォリア/EUPHORIA』は、リベンジポルノから幻想的なオーバードーズ、アイドルBL創作によるインターネットフェイム、マッチングアプリ経由の危険な逢瀬まで、今日の若者が晒される危険をアーティスティックに描いている。

「暗い10代」ブームを牽引した2017年の『13の理由』からユーストレンドが移り変わったこともわかる(参考:「若者の憂鬱と「死にたい」を表現するドラマや音楽。米社会の闇を探る」)。前者はリアリズム寄りの作風であったが、『ユーフォリア』はローファイ文化も感じさせるエモーショナルな「ムード」主体だ。精神疾患やネットいじめ問題に加えて気候変動の不安も加わり、劇中の高校生たちの世界への絶望はより増しており、諦念すら漂っている。暗黒の「ムード」に包まれる『ユーフォリア』の世界で、子どもたちに安心がもたらされる場は、閉じた空間における一対一の密接な瞬間だけだ。まるで、それこそが便利なスマートフォンによって貴重になってしまった、大切なものであると訴えるかのように。

■「過激」なHBOブランドは、ティーンドラマにおいても健在だ。『ユーフォリア/EUPHORIA』は、リベンジポルノから幻想的なオーバードーズ、アイドルBL創作によるインターネットフェイム、マッチングアプリ経由の危険な逢瀬まで、今日の若者が晒される危険をアーティスティックに描いている。

「暗い10代」ブームを牽引した2017年の『13の理由』からユーストレンドが移り変わったこともわかる(参考:「若者の憂鬱と「死にたい」を表現するドラマや音楽。米社会の闇を探る」)。前者はリアリズム寄りの作風であったが、『ユーフォリア』はローファイ文化も感じさせるエモーショナルな「ムード」主体だ。精神疾患やネットいじめ問題に加えて気候変動の不安も加わり、劇中の高校生たちの世界への絶望はより増しており、諦念すら漂っている。暗黒の「ムード」に包まれる『ユーフォリア』の世界で、子どもたちに安心がもたらされる場は、閉じた空間における一対一の密接な瞬間だけだ。まるで、それこそが便利なスマートフォンによって貴重になってしまった、大切なものであると訴えるかのように。

■近年は性的シーンの撮影に「コーディネーター」を導入。2020年以降は新ストリーミングサービス「HBO Max」の開始や、『GoT』スピンオフの放送も

テレビの王者HBOは、まだまだ革新的な近作を抱えている。演技に挑戦する殺し屋の物語『バリー』は、その完成度からコメディー版『ブレイキング・バッド』とも例えられており、『Veep』から『エミー賞』常連の座を引き継いだ。

『ゲーム・オブ・スローンズ』に次ぐヒット大作『ウエストワールド』も、フェミニズムなSFを武器に、混沌とした今の時代を象徴するシリーズになりつつある。来たる『ゴールデングローブ賞』では、大女優メリル・ストリープが自身初のテレビシリーズ作品『ビッグ・リトル・ライズ』で名を連ねる助演女優賞レースも見どころだろう。2020年1月からBS10スターチャンネルで日本初放送されるアメコミ原作『ウォッチメン』も刺激たっぷりなようだ。

本稿では「過激さ」を押し出してしまったが、近年、HBOは『ウォッチメン』や『ユーフォリア』を含むすべての性的シーン撮影現場において仲介・補助を担う「コーディネーター」の導入を実施している。キャストやクルーの安全を重視する製作システムの面においても、HBOが道を開拓していくかもしれない。

すでに複数のストリーミング・サービスを展開する同ネットワークだが、親会社ワーナーメディアが2020年にアメリカでローンチさせる予定の「HBO Max」では『Girls/ガールズ』レナ・ダナム製作の学園ドラマ『Generation』といったオリジナルシリーズの製作が発表されている。将来的には、『フリーバック』フィービー・ウォーラー=ブリッジ製作総指揮による『Run』、さらには『ゲーム・オブ・スローンズ』スピンオフもHBOで放送予定である。

果たして、王者HBOの勢いは今後も維持されるのか。議論は尽きないが、今回挙げた気鋭の作品群を鑑賞すれば、確かな未来を感じられるだろう。

(文/辰巳JUNK)