トップへ

夏の昼間に長袖、長靴、大きなリュック… 出勤中のエンジニアへの職質、裁判の行方は?

2019年12月15日 10:02  弁護士ドットコム

弁護士ドットコム

記事画像

2017年7月。東京都内のIT企業に勤める男性が、出勤しようと歩いていたら警察官に呼び止められ、リュックの中身を見せろと言われた。男性が拒否したところ、一時は10人近い警察官に囲まれ、約1時間20分にわたって職務質問と所持品検査をされた——。


【関連記事:妻に不倫された夫が「もう一度、ホテルへ行って来て」と言った理由】



警職法では「異常な挙動」などがあった者に対し、職務質問ができると定めている。しかし、男性はそんな挙動はなかったとして、この職質と所持品検査の違法性を主張。都を相手取り、精神的苦痛に対する損害賠償計165万円を求め、東京地裁に提訴した。



しかし、地裁判決は敗訴。11月14日の東京高裁判決も一審を支持し、男性の訴えを棄却した。男性はこの判決を不服として、さらに11月25日、最高裁へ上告した。警察官による職務質問はどこまで許されるのか。今後、最高裁で争われることになる。



●警察官は「薬物中毒者にみられる挙動だ」と説明

訴えを起こしているのは、エンジニアの江添亮さん。裁判所が控訴審で認定した事実はおおむねこうだった。



・江添さんは、IT企業でエンジニアとして裁量労働制で働いている。予備自衛官でもある。



・職質をされた日は、午後2時ごろに出勤のため、「日よけのついたつばの広い帽子を目深にかぶり、茶色い長袖シャツの上に茶色いTシャツ、ジーンズ風ストレッチパンツを着用し、長めの編上靴を履き、ラップトップコンピュータやその周辺機器を収納してかなり重くなった大きめの黒色のリュックサックを背負って」歩道を歩いていた。



・現場をパトロールしていた巡査部長ら2人が、その様子を不審に思い、職質しようとして江添さんに声をかけ、所持品を確認させるよう求めた。



・江添さんが「これは職務質問ですか」といって、拒否。江添さんが巡査部長らに警察手帳を示すよう求め、自らも予備自衛官手帳を示した。江添さんは、「憲法に令状主義が規定されていることや警職法に職務質問の要件が規定されていることを知っていたので」、令状を見せるよう求め、職務質問を行う理由を聞いた。



・巡査部長らは「帽子を目深にかぶり、うつむいて下を向いて歩いていたこと」を理由として、「薬物中毒者にみられる挙動である」と説明した。



・江添さんはこの説明に疑問を呈して、「医師免許を持っているのか」と訊ね、「付近で事件が起こって犯人が逃走中などの事情があるのか」とも聞いたが、そうした事情はなかった。



・江添さんは事情によってはリュックの中身を見せてもよいと考えたが、10分程度話して、やり取りを続ける必要はないと考え、立ち去ろうとした。江添さんの「突然の動き」に対し、巡査部長らは江添さんの前方に回り込んで、前進しようとするのを制止した。



●パトカーが駆けつけ、警察官は総勢9人に

その後、事態はさらに悪化した。



・巡査部長らの応援要請を受けてパトカーが到着、警察官は総勢で9人ほどとなった。江添さんはこれ以上進めないと思い、右折して警察官のいない路地を迂回していこうと考えて「急に走り出して」路地に入ろうとしたが、数メートルのところで警察官が前方に回り込んだため、進めなくなった。



・江添さんは、巡査部長らから「背中に手を添えられる形で」路地に面した駐車場に移動、所持品の確認を求められた。江添さんは、「リュックの中身を調べる令状があるなら見せてほしい」と拒み続け、巡査部長らは警職法に根拠あることや受忍義務があることなどを説明した。



・声をかけてから1時間後、巡査部長らは江添さんにリュックの上から触って中身を確認することを提案、江添さんも応じた。巡査部長らは、「これはなんですか」と質問し、江添さんは「めがねケースです」「ラップトップコンピュータです」などと答えた。



・巡査部長らは江添さんの許可を得て、服の上から所持品を確認し、ポケットから取り出して提示した運転免許証について無線で照会した。危険物などもなく、指名手配もされていなかったことから、江添さんに対して謝辞を述べて、職質を終えた。



●東京高裁の判決「犯罪予防を目的とした活動として相当性」

警察官の職務質問については、警職法2条1項では「異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者」を「停止させて質問することができる」と定めている。



しかし、江添さん側は裁判で、異常な挙動はなく、疑うに足りる状況ではなかったと主張。警察官が江添さんに体を密着させて前後から挟んだり、歩き出そうとすると前後から江添さんの両肩に手をかけて勢いよく引き寄せたりして、身動きできない状態で1時間以上、とどめ置いたことは、社会的相当性を逸脱していると訴えていた。都側はこれを否定し、主張は対立していた。



東京高裁の判決では、「犯罪予防などに必要な警察の諸活動は、任意であるからといって無制限に許されるべきものではない」としながらも、警職法2条1項と照らし合わせ、次のように判断した。



「30歳前後とみられる成人男性が、平日の昼下がりに、7月の都心で長袖、長靴を着用し、重そうな大きめの荷物を背負い、帽子を目深にかぶり、うつむいて下を向きながら、繁華街の方向へ歩いている様子」を巡査部長らが不審と判断して、リュックの中身を見せるよう求めたことは、「犯罪予防を目的とした警ら活動の一環として、必要性・相当性が認められる」。



●江添さんが上告した理由とは?

江添さんは、東京高裁の判決に対して、疑念をあらわにする。東京地裁と異なり、江添さんが「突然その場から立ち去ろうとした」、「一方的に会話を打ち切って、警察官の前に出て立ち去ろうとした」といった表現が加筆され、「異常な挙動」などの理由であるとされたからだ。



江添さんは自身のブログ( https://ezoeryou.github.io/blog/article/2019-12-08-kousai.html )にこう書き、判決文に反論している。



「最初の10分間だけでも、一歩でも足を動かそうものなら警察官2人がかりで抱きつかれてその場に止められた」



「最初から荷物の中身を見せろという要求をひたすら繰り返すだけであったし、私はわざわざ『そこを通してください。あなたは動く必要はありません。私が迂回します』と言って動く意思を事前に表明したし、その上で警察官は拳銃を装着している右腰を私に押し付けて『あ、拳銃に触った』などとわざとらしく声を上げたりした」



江添さんは上告の理由について、「弁護士によれば、警察法2条1項が許容する範囲について新たな判例を残すのは、結果がどうあれ意義があることであるとのことだった。そこで上告することにした」としている。