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『いだてん』は日本屈指の“特撮ドラマ”だった! 最終回の国立競技場にはVFXの総力を結集

2019年12月14日 10:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『いだてん』写真提供=NHK

 12月15日の放送をもって最終回を迎えるNHK大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~』。先日掲載した取材担当・渡辺直樹へのインタビュー記事のとおり、想像を絶する調査のもとに本作は作り上げられてきた。膨大な資料を宮藤官九郎が脚本にし、それを役者たちが演じていく。そして、最後に加わるのが映像をさらに豊かにするVFXだ。


 『いだてん』のVFXスーパーバイザーを務めたのは、映画『シン・ゴジラ』も手掛けている尾上克郎。近現代という“最も難しい”とされる町並みをVFXチームはどのように作り上げていったのか。


参考:前人未到の大河ドラマ『いだてん』はいかにして作られたのか 取材担当者が明かす、完成までの過程


●適度に本物で適度にデフォルメ


ーー尾上さんはどんな形で『いだてん』チームに参加されたのでしょうか。


尾上克郎(以下、尾上):最初にチーフ演出の井上(剛)さんから「とにかくいろいろお願いします」と依頼がきました(笑)。本当にその言葉通りで、この歳になって“初めて”がこんなにあるのかと思うほど、これまでの日本ドラマ界にはなかった新しい試みを沢山やらせていただきました。初の4KHDRの連続ドラマということで、僕らにもノウハウが殆どなかったんです。超高画質映像ということもあり、今まで通りのやり方では、仕上げることすら出来ないだろうなと恐怖すら覚えました。しかも、井上さんから「CGののっぺりした画が嫌いなんですよね……」なんて話があって(笑)。こう言われたら、CGに頼りっぱなし、みたいな考えでは納得してもらうものは作れないなと。そこでフィルム時代から慣れ親しんでいるミニチュアとCGを組み合わせる方法で行こうと決めました。 CGにせよミニチュアにせよ、どちらか一方に頼り切ってしまうと、納得のいく画を仕上げることはとても難しくなります。CGとミニチュアのいい部分をいかに上手く組み合わせていくか、その試行錯誤の毎日でした。


ーー第1回から「日本橋」が印象的に登場しますが、ひとつの軸にするような意図はあったのでしょうか。


尾上:『いだてん』が描く東京で、ずっと変わらずにそこにあるのは日本橋と皇居の周辺ぐらいなんです。金栗四三(中村勘九郎)と共に時代の移り変わりを映す上でも、日本橋を中心にしようというのは初期から井上さんと相談していました。


井上剛(取材に同席したチーフ演出。以下、井上):多くの人が見知っている場所なので、誤魔化しがきかない分、本当に大変だったと思います。


尾上:「適度に本物で適度にデフォルメ」というのが本作の大事なところです。史実を再現するだけでは視聴者の方々にも伝わるものも伝わらない。その点はかなり気を遣いました。


井上:第1回放送後には、「『シン・ゴジラ』みたい」という感想も視聴者からあったそうです。


尾上:『シン・ゴジラ』と『いだてん』の共通する部分としては“街”を描いているというところでしょうか。その点はたしかに意識していました。いわゆるゴジラ映画などの特撮作品のミニチュアは、1/25スケールで作成していきます。でも、そのサイズだとどうしても描ききれない細かい部分が出てくる。もちろん、スケールを大きくすればより本物にも近づくので、今回は1/18スケールというかなり大きなサイズのミニチュアを一から作りました。


 また、ミニチュアは室内で撮るよりも、屋外の太陽光で撮った方がよりリアルに見えてきます。ただ、その分難しさもありまして……。目をこらして作品を観ていただければ分かるかもしれないのですが、演出チームが撮ったお芝居の映像と、奥にあるミニチュア撮影の背景映像は、光線の方向や強さが違うんです。CGであれば、芝居の映像に合わせて光の角度などをすべて計算して“正しい”ものにしていきます。でも、それだと、理由はよくわからないんですが、井上さんが言っていたように「のっぺり」した映像になってしまうことが多い。光線の方向は揃ってなくても、手で作ったミニチュアならではの影や光、歪みが独特の面白さ、雰囲気を生み出してくれると感じています。


ーー日本橋の風景は各時代ごとに様変わりしていきますが、ミニチュアもその度に作り直しを?


尾上:そうですね。四三が上京する明治中期から大正初め、関東大震災の直前、震災復興後、昭和の戦前戦後と、高速道路が完成する前後というように、各時代に分けて周辺の街並みのミニチュアを作りました。時代ごとに写真や資料から大きさなどを割り出し、図面化して作ってます。大変だったのは、演出チームがどうやって日本橋のシーンを撮るかわからないところ。


 一般的には、僕らが撮った背景をベースにそこに人間をどう配置して、お芝居をするかを考えてもらい、映像を合わせていきます。でも、その手順では演出やカメラワークに制限をつけてしまいがちで、ドラマが面白くならない。それを避けたかったので、どんなアングルで撮ったお芝居でも、後から背景の街並みを選べるようにしておくことにしました。ミニチュア内に何か所か定点を決めて、カメラを置いて全天周360度を撮影します。そのデータをもとにコンピュータ上に3次元空間を立ち上げて、演出チームが撮影した役者さんたちの芝居をその空間内に合成していきました。そこに車や空気感、足りない建物などをCGで加え、背景と演技が違和感なくシンクロするように様々な調整をしていきました。


 今はその正解のルートが見えてきたのでこうやって振り返ることができますが、どれだけ技術が発達したからといって、すぐになんでもできるわけではありません。使い慣れた既存の技術と最新技術をどう組み合わせていくか、その方法論を考えることが本当に大変でした。


●映画とはまったく違う作業工程


ーーミニチュアとCGを組み合わせる手法は一般的なのでしょうか。


尾上:特撮作品をはじめいろんな作品で使用されてはいますが、それもほんの一部分だと思います。ここまで大々的にミニチュアをCGと組み合わせた例は本作が国内では初めてと言ってもいいのかもしれません。


井上:その意味では「特撮ドラマ」と言っても過言ではないですね。背景などだけはなく、スポーツシーンにもさまざまな効果を加えています。尾上さんをはじめとしたVFXチームの力がなければ絶対に成立しなかったドラマでした。


ーー毎週放送がある大河ドラマでは、映画以上にVFXにかけることができる時間もタイトだったと思います。一体どんなスケジュールで作業を進めていったのでしょうか。


尾上:映画とはまったく違う考え方でやらないと仕上げることは無理でした。映画の場合は、VFXのために緻密な計算をしたり、現場との打合せとか、色々なことを準備する時間や考える時間がかなりあるんです。でも、今回はそういった時間はほぼゼロで、撮った本編映像の仮編集が終わり次第すぐにVFXチームが作業を始めて、作業が始まると、もう次回の素材が入って来る。毎週放送は確実にやってくるので、条件反射的に作業していった感じです。ただ、回を追うごとにスタッフたちのスキルも目に見えてアップし、ノウハウも蓄積されてきて、1話に掛かる時間も短くなり、質も上がっていきました。余裕が生まれることはありませんでしたが、後半にいけばいくほどスムーズになっていたことは間違いないです。


ーー日本橋と同様に作品の中で重要な場所となったのが神宮外苑競技場です。第38回のクライマックスである出陣学徒壮行会は圧巻でした。


尾上:当時の神宮外苑競技場自体が今は存在しておらず、はっきりとした資料も残っていませんでした。ある種、幻を追いかけるようなものだったので、最初は頭を抱えました。撮影用に地面が土の競技場を探してもらい、そこにスタンドや競技場の時計台などを3Dマットペイント(実際に写り込んだ風景と置き換えるためにCGで描かれた風景)で加えていきました。出陣学徒壮行会の群衆は殆どがCGエキストラです。そして、最終的には同じ敷地に国立競技場が建造されるわけですが、運悪く当時の国立競技場はもうないわけで……。


井上:しかも国立競技場は多くの人がしっかりと記憶していますからね。


尾上:こうやってプレッシャーをかけられて……(笑)。


一同:(笑)。


井上:本当に期待以上のものをいつも作っていただきました。国立競技場の奥にみえる景色などもいろいろと加えていただいたのですが、それが効果的にできたのも最初に東京の街を実際に歩いたからだと思っています。当時と建物は変わってしまっても、土地の形や雰囲気、奥に見える富士山の大きさなど、実際に歩いたことによって雰囲気を掴むことができたんじゃないかと。


尾上:確かに東京の街を改めて歩いてみたことは大きかったですね。


ーー例えば、実はこんなところにもVFXを使っている、というものだとどんなシーンがあるでしょうか。


尾上:例えば四三の実家などは、周囲の風景はある程度使えても、屋根瓦が時代に合わず、CGで入れ替える作業をしています。また、わかりやすいところだと、四三が街の中を走るシーンです。とにかく四三が走るため、自ずと長い距離を走っているシーンを撮らなくてはいけなくなります。撮影用のオープンセットは長い道路でも直線で70メートルぐらいの距離しかないので、その奥の風景を追加しています。


 細かいところで言えば、登場人物たちが街に移動すると、この時代に絶対に映ってはいけないものが多々あるんです。まずそれを全て消さなければなりません。また、セットで撮影していても、スタジオの天井にあるライトが写ってしまえば、消さねばなりませんし、セットの窓の外は、この時代の風景でなくてはいけない。本当に普通だったら見逃してしまいそうな小さな部分でも、不自然にならないように慎重に作業をしています。


●大事なのは“再現”ではなく、作品をより良くすること


ーー今回のVFX作業において、もっとも大変だったシーンは?


尾上:毎週毎週膨大な量をこなすのが大変でしたが、あげるとすると一番難しかったのは、四三と三島(生田斗真)が出場した1912年のストックホルム・オリンピックだと思います。井上さんから「昔のスタジアムが今も残っていて、ここで当時の記念写真とまったく同じアングルで入場シーンを撮りたい」とお話がありました。でも、実際には、演じる役者さんとスタジアムしかないわけです。脚本には「2万人の観客」と書いてありますが、そんな数のエキストラさんを何日間も使えるわけがないので、最終的には殆どがCGエキストラにせざるを得ませんでした。


 かなり早い時期から、集めた資料を基に作ったプリヴィズ(実際の撮影を行う前に、CGでバーチャル空間を作り、その中で俳優の動きやカメラのポジション、カット割り、必要なエキストラの人数などを事前にコンピュータ上でシミュレーションしていく手法)を使って準備を始めました。一般的には、お芝居をする俳優さんの背後に風景や群衆を合成する場合、俳優さんのシルエット映像(マスク)が必要なので、グリーンバックなどを立てて俳優さんを撮影します。でも、ストックホルムの競技場全面に巨大なグリーンバックを建てるなんて予算を考えても現実的ではないわけです。グリーンバックがあると役者さんのテンションも下がる可能性もあるわけで。最終的にはロトスコープ(手描きで一コマ一コマシルエットを追いかけてマスクを作る)という手法なら、コスト面でも行けるということになりました。


ーーここまで話を聞いているだけでも想像を絶する作業続きだったと感じるのですが、VFXを担う上で一番心がけていたことは何でしょうか。


尾上:僕たちがひどい仕事をしてしまったら、視聴者の方々がドラマに集中できなくなってしまう。それがいつも心配でした。時代劇と違い、近現代は写真や映像が残っています。資料が残っている以上、「もうこれでいいんじゃない」という妥協が許されない。でも、大事なのは“再現”ではなく、作品をより良くすることです。そのバランスは最後まで難しく、考え続けました。


ーー最後に、最終回のVFXの見どころを教えてください。


井上:なんといっても国立競技場です。ロケはスタジアム2カ所と、セットも立てて、ほとんどのショットにVFXの威力が発揮されています。その再現性しかり、スケールも圧巻。これでもかと技が繰り広げられます。最後にはVFX映像で泣けます!


 さらにすごいのは、千葉で撮影した国立競技場まわりの外苑の並木道などのシーンや聖火リレーのシーンなどにも、近くに国立競技場の外観が合成されていることです。そうすることで国立の興奮や雰囲気がここまで伝わるように感じられ、ドラマのテンションが途切れません。これがあるなしでは全然ドラマの質が変わります。なかなか難しいことです。あとはオーラスにも目を見張る映像があらわれます! お楽しみに。


尾上:やはり国立競技場の熱狂とラストシーンですね。最終回の脚本はまさに興奮と感動の大団円で、読んでいて涙が出てきました。でも、VFX的には腰が抜けそうなことばっかりで、正直、今度こそ完成しないかも、とマジで思いました(笑)。でも、ここまできて妥協はしたくない。結果、持ち駒を全部つぎ込んだ総力戦になりました。


 一番、気にかけたのは、我々が再現した映像で視聴者のみなさんがあの場所に居合わせたような時間を共有していただければ、ということです。当時の熱狂、興奮をリアルに感じていただければ最高ですね。


(取材・文=石井達也)