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Spotifyが配信から制作までを担う音楽プラットフォームへ! 進化の鍵を握る「Spotify for Artits」の今

2019年12月14日 07:21  リアルサウンド

リアルサウンド

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 今年9月、Spotifyが音楽制作マーケットプレイスのSoundBetterを買収。買収に関する金銭的条件は明らかになっていないものの、ストリーミングで収益をあげるビジネスを行うSpotifyにとって、SoundBetterの買収は、新たなビジネス展開を予期させるものとして音楽業界だけでなく多方面で話題となった。


(参考:Spotify、なぜポッドキャストに注力? アメリカ市場の分析から“音声コンテンツの可能性”を示す


 買収されたSoundBettertは、約18万人の登録ユーザーを抱える音楽制作プラットフォームで、そのビジネスモデルは音楽制作に関するクラウドソーシングだ。同サービスでは、アーティスト、プロデューサー、ミュージシャン、エンジニアなどフリーランスの音楽業界関係者をユーザーに抱えており、サイト内では立ち上げられた音楽制作に関わる様々なプロジェクト案件が存在。ユーザーはその案件に参加することでプロジェクト主から指定された報酬を得ることができる。


 TechCrunchによると、これまでに登録者に対して、SoundBettertは1900万ドル(約20億円)以上の支払いを行なっており、音楽制作マーケットプレイスである同社のビジネスは、プラットフォームを通して行われるそれぞれの取引から手数料を徴収。またそれ以外に有料会員向けに彼らが仕事の受注が増えやすくするためのプロモーションサービス利用に関するサブスクリプション料も受け取っており、この2つがSoundBetterのビジネスを支える柱になっていた。


 今回の買収は、2017年にSoundTrapを買収しクラウドベースのスタジオサービスを提供、今年はGimlet、Anchor、Parcastを買収し、ポッドキャストプラットフォームに大きな投資を行うなど、近年、音楽ストリーミングサービスにとどまらず、同業他社との差別化を図ることで広く音楽プラットフォームとしての存在感を示したいSpotifyにとっては、非常に意義があるものだったと捉えることができる。


 Spotifyでは。これまでに軸となっている音楽ストリーミング以外に差別化を図るための施策として、直接音源をSpotifyに配信可能にする独自の「ディスレクト・ディストリビューション」機能を一部のミュージシャンたちに向けて限定的に提供。加えて、ディストリビューションサービスのDistrokidに出資するなど外部との連携を強めることで、ミュージシャンの楽曲リリースとマネタイズ支援を進めてきた。しかし、今年7月にそのベータ版が終了。現在はDistrokidなどディストリビューターを通しての配信リリースを促している。専門メディアなどではこの方針転換は今回の買収のための布石だったと分析している。


 現在、SoundBetterはサービスを停止することはなく、Spotifyのミュージシャン向けサービス「Spotify for Artits」に組み込まれる形になったとはいえ、従来どおり、サービス自体は継続中だが、そもそもSoundBetterとは具体的にどんなサービスなのだろうか?


 ひとくちにSoundBetterのことをいい表すと、先述のとおり、主たるサービス内容は音楽制作におけるクラウドソーシングになるだろう。同サービスでは、これまでに「カニエ・ウエストのプロデューサー、フーバスタンクのドラマー、ジャミロクワイのギタリスト、ビヨンセのソングライター、ジョー・コッカーのベーシスト、ハービー・ハンコックのエンジニア、モリッシーのギタリスト、ザ・キラーズのミキシングエンジニア、ジョージ・マイケルのマスタリングエンジニア」が利用していることを喧伝。日本ではまだ知名度は低いものの、海外の音楽業界、とりわけ音楽制作サイドにとってはまずまずの信頼性を得ているといえる。


 その証拠にSoundBetterの登録ミュージシャンの中には数十人のグラミー賞受賞者も含むという。また現在、ネットワークは世界の176か国と1万4000都市に広がっており、オンライン上で音楽制作に関わるクリエイターたちのコミュニティが形成されているが、その規模は音楽ストリーミング大手のSpotify傘下となることで今後さらに拡大することが予想される。


 そんなSoundBetterでは、今年から従来の音源のミキシングやマスタリング、アレンジ、トップラインメイキング(歌のメロディ作り)など音源のクオリティをあげるための制作案件プロジェクトの受注以外に音楽クリエイター向けに「Tracks」という新機能もローンチ。この機能は簡単に説明すると近年、音楽業界、とりわけヒップホップシーンで注目される”タイプビート”販売のジャンル拡大版といえるものだ。


 「Tracks」では、トラックメイカーが制作したタイプビートに代表されるヒップホップのインストトラックに限らず、EDMやポップス、R&B、エレクトロニック、ダンスホール、ロックなど様々なジャンルのトラックが取り扱われている。また公開されている音源には例えば、”The Chainsmokers Style Track”、”Kanye West Style Track”といったようにタイプビート同様に有名アーティスト風トラックであることを表示できるのも特徴のひとつになっている。


 そのため、音源を制作したいシンガーやラッパーは、自分でトラックメイクできずともここで取り扱われている音源のライセンスを購入することで、例えば、自分でそのトラックにトップラインをつけたり、ラップをのせることで、そのアーティスト名義の音源を制作することができる。


 購入できるライセンスには基本的に「NON-EXCLUSIVE」、「EXCLUSIVE」、「BUYOUT」の3種類が用意されており、それらは使用条件に応じて1曲ごとのライセンス料金が異なる。ちなみに1番最安のデモ音源制作用に推奨されているライセンス「NON-EXCLUSIVE」場合、ライセンス料金は99ドル。一方、ライセンス買い切り型の「BUYOUT」の場合は1499ドルと料金の差の開きも大きい。またライセンス購入時には、オプションとして、販売されているトラックのステムの購入や、ボーカルミキシング、ボーカル・エディットとミキシングといった追加メニューも用意されている。


 このように現在、SoundBetterでは、音源制作の裏方仕事だけにとどまらず、様々なタイプの”音楽クリエイター”が、自分のスタイルにあわせて、広く音源制作を行える環境を提供している。こういった音源制作に関わるSoundBetterのサービスは、現在、Spotifyが進める「Spotify for Artists」をさらに充実したものにする。つまり、Spotifyは、ただ音楽を配信するためのプラットフォームとしてだけではなく、ミュージシャンが配信する音源自体に制作段階から関わることで、音楽の作り手にとって、よりフレンドリーな存在であることを目指しているといえる。そして、そうすることで自らのビジネスモデルを拡張させる狙いがあると予想できる。


 買収時、SoundBetterの共同創業者でCEOのShachar Giladは、「私たちは、Spotifyのグローバルな規模、リソース、ビジョンを活用してネットワークを拡大し、あらゆるレベルのアーティストの皆さんにさらなる経済的チャンスをもたらすことを楽しみにしています」とコメントしているが、40万人の登録ユーザーを抱える「Spotify for Artists」と組み合わさることで今後、どのような形でさらなるシナジーを生み出し、規模を拡大していくのだろうか? その鍵を握るのは「Spotify for Artists」とSoundBetter機能の早期連結だろう。今後、Spotify for Artists上で、SoundBetter機能がワンストップで利用できるようになれば、ミュージシャンたちにとってストリーミングロイヤリティとプラスαの収益を得ることができるより優れた音楽クリエイターのための強力なツールになり得るだろう。


 買収発表直後から今後の明確なプランは未だ発表されていないものの、SoundBetterのサービス上の特性から察するにSpotifyは音楽の消費者だけでなく、今後は音楽の生産者にとってもより存在感を放つプラットフォームとして発展進化していくはずだ。


(Jun Fukunaga)