2019年12月10日 09:22 弁護士ドットコム
首相主催の公的行事「桜を見る会」をめぐる問題で、招待者名簿のバックアップデータについて、野党が激しく追及している。
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今年4月に開かれた同会に関しては、野党が5月21日に資料を要求。これに対し、内閣府は5月上旬に招待者名簿の電子データを廃棄したとしていた。ところが、5月21日段階でも、バックアップデータが残っていた可能性が指摘されている。
毎日新聞(12月4日)などの報道によると、菅義偉官房長官は、野党の資料要求に応じなかったのは、バックアップデータが「行政文書には該当しないという前提で対応したため」と語っているという。
「行政文書」とは、行政機関の職員が職務上作成し、又は取得した文書(図画及び電磁的記録を含む)であって、当該行政機関の職員が組織的に用いるものとして、当該行政機関が保有しているものと定められている(公文書管理法2条4項など)。
「桜を見る会」の招待者名簿のバックアップデータは「行政文書」には当たらないのだろうか。公文書管理法に詳しい二関辰郎弁護士に聞いた。
ーーバックアップデータは一般的に「行政文書」に当たるのでしょうか?
「『行政文書』であるためには、行政機関の職員が組織的に用いるものである必要、つまり『組織共用性』の要件を充足する必要があります。
バックアップデータには『組織共用性』がないとして行政文書性(行政文書であること)を否定する議論がなされているようですが、この『組織共用性』の要件は、もともと職員の個人的メモなどを行政文書から除外するための概念です。
バックアップデータを残す仕組みは、職員が個人的に行っていることではなく、行政機関が組織として取り入れた仕組みではないでしょうか。
バックアップデータは、どのサーバーに保存するかといった物理的所在や紙媒体か電磁データかといった媒体の種類などを除けば、デジタルデータですから内容的には原本や元データと同一のもので、原本や元データがなんらかの理由で失われたり破損したりした場合に備えて保存されているものです。
それゆえ、原本や元データが職員の個人的メモと位置づけられる場合において、もし、そのバックアップデータもとられているのであれば、それも同様に個人的メモと位置づけられるでしょう。
しかし、原本や元データが行政文書と位置づけられる場合であれば、そのバックアップデータは行政文書と位置づけられるのではないでしょうか。
つまり、バックアップデータであるからといって、そのことから一律に行政文書性を否定することはできないのではないかと思います」
ーー「桜を見る会」の招待者名簿のバックアップデータについてはどうでしょうか?
「そのような考え方からすれば、『桜を見る会』の招待者名簿は、職員の個人的メモなどでなく組織的に利用するために作成されたもの、つまり『組織共用性』が認められますので、そのバックアップデータにも『組織共用性』が認められ、行政文書に当たるのではないかと思います」
ーー菅官房長官は、「一般職員が業務に使用できず、組織共用性を欠いている」ことをバックアップデータが行政文書に当たらない理由として挙げています。
組織共用性が認められるか否かは、(1)文書の作成・取得の状況(職員個人の便宜のためにのみ作成されたものであるかどうかなど)、(2)当該文書の利用の状況(業務上必要として他の職員又は部外に配布されたものであるかどうか、他の職員がその職務上利用しているものであるかどうか)、(3)保存・廃棄の状況(専ら当該職員の判断で処理できる性質の文書であるかどうか、組織として管理している職員共用の保存場所で保存されているものであるかどうか)などを総合的に考慮して判断されるようです。
『一般職員が業務に使用できない』というのは、(3)の保存・廃棄の状況という要件に関する指摘だと思われますが…。
「たしかに、そのような判断基準が示されています。では、その判断基準に当てはめてみるとどうなるでしょうか。
『桜を見る会』の招待者名簿は、職員個人の便宜のためにのみ作成されたものでないですし、複数の省庁からの提出を受けて内閣府で取りまとめていたもののようです。
そうすると、これらの要件のうち、(1)の作成状況や(2)の利用状況については、組織共用性の認定にプラスに働く事情があることになるでしょう。
要件の(3)については、まず、職員個人の判断で廃棄できるような文書とは言えない点も、組織共用性の認定にプラスに働く事情です。
残るは、『組織として管理している職員共用の保存場所で保存されているものであるかどうか』です。先程も指摘したとおり、バックアップデータは、職員が個人的に残しているわけではなく、行政機関が組織として残している仕組みでしょうから、この点も組織共用性の認定にプラスに働く事情ではないでしょうか」
―― 「組織として管理している職員共用の保存場所での保存」か否かということと、職員が直ちに利用できるか否かとは関係がないということでしょうか。たとえば、バックアップデータを委託業者が管理しているような場合でも、行政文書性は否定されないのでしょうか。
「バックアップデータは、そのままの状態では直ちに一般職員が業務に使用できないかもしれませんが、そのことと、『組織として管理している職員共用の保存場所』であるか否かとは直接は関係ないと思います。
委託業者が管理しているという問題についても同様ですが、これらの点については、むしろ『行政文書』該当性の別の要件である『行政機関が保有しているもの』という要件の有無に関係してくるように思います。
こちらの要件については、情報公開法制定当時からの議論として、倉庫業者等に文書を保管させている場合であっても、行政機関が文書を事実上支配していれば、『行政機関による保有』には該当すると考えられてきました。
たとえば、文書を見るために、倉庫から職場に文書を戻すよう倉庫業者に指示できる権限を行政機関が有していれば、ここでの事実上の支配があると考えられるわけです。倉庫が遠隔地にある場合など、一般職員が直ちには業務に使用できるわけではないですが、そのことゆえに行政文書性が否定されるわけではありません。
同様に、委託業者が行政機関との契約に基づいてバックアップデータを保管しており、行政機関から復元を要請された場合には応じる関係にあるのであれば、事実上の支配は認められるのではないでしょうか。
税金を投じて『国民の共有の知的資源』(公文書管理法1条)を守るためにそのようなバックアップシステムを構築しているわけですから、そのような関係性は確保しているはずと考えられます」
ーー 「桜を見る会」の招待者名簿の保存期間は1年未満とされていたようですが…。
「そのような短い保存期間にしていたこと自体が問題でしょうし、業務の継続性を考えると、実際には職員のパソコンなど、今でもどこかにデータは残っている可能性はあるように思います。
とはいえ、そのような問題や疑問はひとまずおき、1年未満とされていたことを前提にするとしても、国会議員から資料提供を求められた時点で、バックアップデータが現に残っていたのであれば、資料提供には応じるのが妥当だったと思います」
ーー 菅官房長官は、国会議員の資料提供の求めに応じる範囲について、政府が責任を持って対応できるものである必要があることから行政文書に限られるという見解を示しています。
「すでにご説明したように、『桜を見る会』の招待者名簿のバックアップデータは行政文書に当たるのではないでしょうか。そうすると、まず、行政文書に該当しないことを前提にしている点で問題があります。
次に、仮に行政文書に該当しないとした場合、情報公開法に基づく文書開示請求の問題であれば、請求できる対象文書は行政文書に限られますので、請求対象外ということになりえます。
しかし、誰でも目的に関係なく請求できる情報公開法に基づく文書開示請求ではなく、今回は国会議員から資料提供の求めがなされた場面の話です。
その際に、対象が『行政文書』に限定されるというルールはありません。政府の責任ということで言えば、情報を出さないことによって守る『責任』よりも、情報を出すことによって果たす責任、つまり『説明責任』の方が重要ではないでしょうか。
政府が国民の代表である国会議員に対して説明責任を果たす場面ですから、なるべく資料提供の求めに応じるのが妥当と考えられます。
今回問題となったバックアップデータは、個人的メモなどではなく、政府の説明を前提としても、少なくとも一旦は行政文書であった文書と内容的に同一のものです。そういった資料について、政府として内容に責任を持てないとは言いがたいように思います」
【取材協力弁護士】
二関 辰郎(にのせき・たつお)弁護士
1994年弁護士登録。日弁連情報問題対策委員会委員長、関弁連平成30年度シンポジウム委員会委員長(テーマ:公文書管理条例)。公文書管理関連の著書(共著)に「公文書管理 民主主義の確立に向けて」(明石書店2019年)、「新基本法コンメンタール 情報公開法・個人情報保護法・公文書管理法」(日本評論社2013年)など。
事務所名:骨董通り法律事務所
事務所URL:http://www.kottolaw.com