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「去勢しろ」という前に 性犯罪を繰り返す人に必要な再犯防止策を考える

2019年12月07日 10:22  弁護士ドットコム

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もう、性犯罪から離れたいーー。弁護士ドットコムニュースが今年9月、性犯罪で4回の服役を繰り返し、「性依存症」治療プログラムを受け続けていたものの、再び性犯罪で逮捕された男性の記事を掲載したところ、「去勢すれば」「社会に野放しにするな」などのコメントが多く寄せられた。


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「やめたいと言うなら、やめればいいじゃないか」と思うかもしれない。ただ、性犯罪を繰り返す人は、性依存症を抱えている可能性がある。



依存症といえば、最近「薬物依存症」からの回復をめざしていた田代まさしさんが、覚せい剤取締法違反(所持)で再び逮捕された。この報道に対しては「いかに薬物依存から抜け出すのが大変かわかる」といった反応もあった。依存症への理解が進みつつある一例だろう。



性犯罪は薬物と違い、直接的な被害者がいる点で大きく違う。痴漢やレイプ被害は、被害者のトラウマとなり、長期にわたってその後の人生に影響を及ぼす。



しかし、現実問題として加害者を一生隔離することはできない。被害が重大だからこそ、本当に実効性のある再犯防止策について考えるべきではないだろうか。



性障害専門医療センター「SOMEC」代表理事で、再犯防止のため性障害治療にとりくむ精神科医の福井裕輝さんに話を聞いた。



●加害者支援というと「加害者側の味方をしている」

ーー「加害者に治療を」という概念は、広まってきていますか



2010年にNPO法人を立ち上げて、様々なところで講演をしてきましたが、あまり大きな運動にはならないのが実情です。「SOMEC」の活動は広がりつつあり、弁護士経由で治療に来る人もいますが、加害者支援というと「加害者側の味方をしている」と叩かれることが多くあります。



海外だと政治家が刑務所の収容コストなど様々な経済効果を調べ、有効であれば、加害者の再犯防止策を政策に移しています。国民の反対を浴びても、導いていく役割を果たす。日本の政治家は、目先の感情に流されて、なかなかそれをしない。政治の体制もあります。



具体的に性犯罪の再犯を減らすためにはどういうことをしたらいいのか、立ち止まって考えることがなかなかないのだと思います。



●最初はちょっとしたきっかけから始まる

ーー性依存症になるメカニズムは、他の依存症と一緒なのでしょうか



例えば、アルコール依存症の場合、だんだんアルコールを飲む回数が増えて行きます。その背景に、仕事でのストレスや親子関係の問題などいろんな原因があります。どんどんやけ酒をするうちに、自分の力でコントロールできなくなるわけです。



性犯罪の場合も、最初はちょっとしたきっかけで始めます。例えば、帰り道に下着をみて盗む。それを繰り返すうちに、住居侵入になり、強制わいせつになり、どんどんエスカレートしていきます。



痴漢も、何かの時に満員電車に乗って、たまたま女性のお尻に手が触れた。その時に拒否する様子が見えず、だんだんとやめられなくなっていく。頻度が増えて、悪質になっていく。こうしてエスカレートして行き、依存が形成されます。



ーー必ずエスカレートしていくのですか



そうとも限らない場合もありますが、基本的にエスカレートしていく傾向にあります。より強い刺激を求めるためです。



中には、性犯罪の中で「盗撮」がもっとも興奮する状況だという人もいます。そういう人は行為がエスカレートせず、頻度だけ増えることがあります。



●「変質者」、「性欲が強い」わけではない

ーーアルコールや薬物など様々な依存症があります。なぜ「性犯罪」に依存するようになるのでしょう



大概、生まれながら性犯罪に依存する傾向があったということではありません。性犯罪加害者というと、「変質者」や「性欲が強い」というイメージを持つ人が多いですが、ごくごく普通です。何か他の面で粗暴的な面があるわけでもありません。



ですが、認知の歪みがあるので、世間的な考え方とはかなりずれています。悪いこととは理屈上わかっているけれど、やめられない。



性欲が強いという人もいるにはいますが、ほとんどが環境要因だと思われます。性犯罪を繰り返す人には、幼少期に性的虐待を含めた被虐待体験があることが多いです。海外の調査では、8割超というデータもありますが、私の臨床的な実感としても8割超に近い実感があります。



性加害者に聞き取りをすると、「小さい頃に知らないおじさんに声をかけられて、トイレで触られた」とか、聞かれるまで覚えておらず、本人が意識したりフラッシュバックしたりした経験がなくても、長期的に影響を受けていることがあります。



とはいえ、科学的なメカニズムは未だわかっていないところがあります。



虐待を受けて育った人が、子どもに虐待する現象がありますよね。自分の子どもには普通しないと考えるけど、なぜかやってしまう。



心理学的には「自分も同一視する」、「親にやられたことは悪いことじゃなかったと自身を納得させるための反復」などと理由は色々つくのですが、これも医学的には実証されたものではないのです。



ーーどうして性犯罪を繰り返す「依存状態」になるのでしょうか



広い意味でストレスや内面に抱えた怒りが関係していると言われます。



何かにハマることでむしゃくしゃしたものが解消する。ふとしたきっかけでアルコールにはまったり、ゲーム依存になったりするのと同様です。性犯罪にハマるきっかけには、さほど性的なことは関係していません。性犯罪加害者に特有のことは、あまりないんです。



例えば、アルコール依存症であれば、飲んで憂さ晴らしすると、むしゃくしゃしたものが一瞬楽になる。ずっと飲まないで数年間いたのに、一度お酒を一口飲んだら止まらなくなる。性犯罪への依存もアルコール依存症と似ています。



再犯が止まっていても、様々なリスク要因をきっかけに繰り返し性犯罪をするわけです。



●厳罰化は抑止力にならない

ーー性犯罪厳罰化についてはどう思いますか



強制性交の対象が男性にも広がったことは、大きな変化だと思います。最近、女性の加害者もSOMECにくるようになりました。



ただ、法定刑が5年以上に厳罰化したからといって、「性犯罪を繰り返しているけどやめよう」という人が出てくるわけではありません。厳罰化は抑止力になるわけではない。精神科医の立場から、厳罰化については賛成でも反対でもありません。



世界の流れでは、厳罰化は1980年代の話です。80年代の終わりくらいから「治療を積極的にやろう」と切り替わりました。今の日本の議論は、世界の1980年代と同じで、ガラパゴス化しています。



もちろん、やったことへの行為責任はあると考えます。これと再犯を防ぐことは全く別の問題です。



ーー性犯罪を繰り返す人についての記事を出すと、「去勢しろ」という反応がみられました



去勢というと2種類あります。ホルモン治療を使うことに対して倫理的問題があるとして、批判的にいう言葉である「科学的去勢」、外科手術で去勢する「物理的去勢」の2種類あります。



薬物療法は性欲を下げる薬です。いったん性欲を下げて、目先の再犯を防ぐ。ただ、薬をやめたら元に戻るので、自分でコントロールできる力をつけないとよくなりません。



海外では、イギリス、カナダ、アメリカ、オーストラリアなどで薬物治療は普通にされています。唯一特殊なのは韓国です。多くの国は希望制ですが、韓国では国が強制的にしています。



物理的去勢は効果としては意味がありますが、手術を加えることが倫理的に正しいかというと人権侵害であり厳しいでしょう。ホルモン治療は、SOMECでは念入りに説明をして同意書をとってしていますが、それであっても倫理的問題があるという指摘をする人もいます。



●今の国の治療は効果があるの?

ーー再犯防止のために、国も2006年から受刑者に対し「性犯罪再犯防止指導(R3)」をおこなっていますが、どう評価しますか





国の「性犯罪処遇プログラム」では、刑務所内で「認知行動療法」をおこなっています。これは、全く効果がないと考えています。



性犯罪につながるリスク要因はケースバイケースで、1つや2つではありません。加害者が抱えるストレスをどう発散するのか、違う形で紛らわす方法はないのか。認知行動療法では、個々が持っている色々な要因について、1つ1つ調べてそれらに介入していきます。



「SOMEC」では、日常生活をおくる中で「こんなリスク要因がある」と当事者に報告してもらい、それに対しての対処行動を考えていきます。



性犯罪ではイメージがつきにくいかもしれません。例えば、薬物も同じことです。刑務所の中にいる間は、いくら覚せい剤依存であっても手に入りません。そこで覚せい剤が欲しくなっても、行動に現れるわけではなく、再犯には至らないのです。



ーー刑務所の中では、リスク要因が出てくる場面がないということですね。保護観察所では、仮釈放された人や、刑の執行猶予とあわせて保護観察付の言渡しを受けた人が受ける「性犯罪者処遇プログラム」が行われていますが、どうでしょうか





保護観察所でプログラムをしっかりできればいいのですが、保護観察期間は数カ月で満期を迎えます。「認知行動療法」は2~3カ月の間に5、6回しかできません。



法務省は8月、性犯罪者処遇プログラムについて、有識者による検討会を設置しましたが、今後、保護観察期間中の治療を充実させるべきだと考えます。



厚生局に呼ばれて話をしたことがありますが、保護観察官は皆やりたい気持ちを持っているけど忙しい。保護司も含めて、人を10倍に増やすなど税金を投入しないと手が回りません。



弁護士の中には「満期を迎えたら、終わったらいいじゃないか。国が満期後も保護観察所に行きなさいと命令すると、二重処罰じゃないか」と指摘する弁護士もいます。「満期を迎えたらいい」ではなくて、出所後や満期後も連携して治療につなぐことが大切だと思います。



国が何らかの新たな治療アプローチをしない限り、「SOMEC」のように民間がやっていることは「草の根的なこと」で終わってしまい、全体の解決にはなりません。