2019年12月06日 18:42 弁護士ドットコム
この夏、愛知県内で開催されていた国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」(あいトリ)。 企画の一つであった「表現の不自由展・その後」で、従軍慰安婦を象徴する「平和の少女像」や昭和天皇の肖像を扱った作品などが物議をかもし、会期中ほとんどの期間で展示中止になった。文化庁も補助金7800万円の全額不交付を決定するなど、波紋を広げている。
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あいトリ後も、川崎市内の映画祭で10月、従軍慰安婦がテーマの映画『主戦場』が批判を受け、安全の理由から一時上映を中止。オーストリアで開催されていた芸術展でも11月、外務省の事業認定が取り消され、現代美術家・会田誠さんが「首相」に扮して演説する作品などが政府に批判的ととられたことが原因とされている。
一連の事態を受け、立憲民主党は12月8日、党憲法調査会(山花郁夫会長)であいトリの芸術監督、津田大介さんや会田さんら識者を招き、ヒアリングを実施。憲法で保障されている「表現の自由」を侵害しているという指摘される一方、こうした事態が続けば、識者からはアーティストだけでなく、若者や一般の人たちによる表現の萎縮につながりかねないと強い懸念が示された。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)
憲法調査会ではまず、津田さんがあいトリで起きた文化庁の問題の経緯を説明。「文化庁の交付金不交付決定がブラックボックスの中で行われた」と指摘した。
津田さんによると、8月1日の開幕前夜にオープニングレセプションが開かれ、文化庁の担当者から挨拶がある予定だったが、その日朝に出展作品についての報道があり、午後には文化庁から出席できないと連絡が来たという。
「表現の不自由展」が中止される前日の8月2日には、菅官房長官が会見であいトリが文化庁の補助事業になっていることに触れ、「審査の時点で内容の記載がなかったことから、事実関係を確認、精査して適切に対応していきたい」と発言。津田さんは「この3日間に政府で話し合いがされて、なんらかの決定があったのではないか」と話す。
また、愛知県の担当部署が8月4日、文化庁に呼び出され、展示の内容についていつから知っていたのか確認があったが、これが文化庁との最後のコンタクトになったという。
その後、愛知県が設置したあいトリの検証委員会による中間報告が出された翌日の9月26日、文化庁は補助金全額不交付の決定を明らかにした。現在、愛知県は国に不服申し立てをしているが、「文化庁からのレスポンスは一切ない状況」という。
津田さんは「金額も大きいですし、国と県が訴訟になるような法的に危うい決定を官僚や大臣がすることは考えづらい。審議官が決めたことになっているが、議事録がない。官邸の意向があり、ある種の忖度が行われた可能性が高いが、ブラックボックスの中で決定された」と話した。
オーストリアでの芸術展での作品が「問題視」された会田さんは、騒動のきっかけはTwitterで一般ユーザーからの「通報」だったことを明らかにした。
「僕の作品は『日本の首相と名乗っている人』が、国際会議場で演説するという、2、30分の作品です。そのユーザーは、その中の一部を拡大して、『こんな発言をしている』と国会議員に告げ口のように言われていました。美術鑑賞の体験も知識もほとんどない方です。僕の作品もほとんど見ていないし、誤解していました」
その国会議員が外務省に連絡し、公認を取り消したという。
「外務省からお金は一銭ももらっていませんが、美術展が外国だったことは大きいです。キュレーターはイタリア人で、社会問題を扱う傾向が強い日本人アーティストを集めた展覧会を企画した。海外のアートファンは、日本の社会が抱えている問題の表現が見たい。きれいな富士山ではなく、お前たちは何を悩んでいるのか見せてくれと。それが国際交流です。
しかし、Twitterでの通報によって国があっさり動いてしまう。ああ日本は文化的には二流国家に落ちていっていると海外からみられてしまう。まだ小さい穴ですが、国益を損なうことだと思います。なんとかしたほうがいい」
「表現の不自由展」に参加した作家である小泉明郎さんと小田原のどかさんに対しても、ヒアリングが行われた。
小泉さんは、「私はもともと、社会性や政治性の強い作品を多く作ってきましたが、日本の美術館では発表が難しかった。すでに自主規制され、現場は萎縮してきました」と指摘。「そういう時代だからこそ、我々にとっては(あいトリでの展示は)奇跡が起きたと思ってうれしかった。途中で展示中止にもなったが、やっと表現の自由について国民レベルで議論してもらえるようになった」と評価した。
一方、小田原さんは、「日本の負の歴史を扱うような作家がなぜこの社会に必要かといえば、この国の成熟度を示すからだと思います。民主主義の国で、こういう表現をやってはいけないということは、この社会が不寛容であることを国内外に示すことにもなっている」とした。
法的観点からは、憲法学者で武蔵野美術大学の志田陽子教授が発言した。志田教授は、「学生たちから将来を憂慮する声が聞こえています。将来、補助金を受けてデビューしたいという希望を持ってますが、作品に配慮しなければならないのかという相談がきます」と明かした。
志田教授は、「政府など公の組織が広報することがあるが、これと芸術支援はまったく違う」と指摘。「芸術支援は奨学金のように考えるべきで、作家が主体。公には、このような芸術祭や作品に対して、これだけ理解を示しています、というメッセージになります」と解説した。
「芸術は芸術家だけのものではありません。一般市民がそこから色々なものを読み取る。『こういう表現はお上がだめだといっている』とわかれば、政治的表現をこの国でやってはいけないということになり、民主主義が成り立たなくなる。大きく憂慮されるところで、この萎縮を止めるためにも、文化庁の不交付は表現の自由を守る方向で対処してほしいと思います」
また、志田教授は、文化芸術基本法にある「我が国の文化芸術の振興を図るためには、文化芸術の礎たる表現の自由の重要性を深く認識し、文化芸術活動を行う者の自主性を尊重することを旨としつつ、文化芸術を国民の身近なものとし、それを尊重し大切にするよう包括的に施策を推進していくことが不可欠である」という前文に触れた。
「この法律制定は大きな成果であるはずです。この実績をぜひ大切にして、生かしてほしいと願っています。法律があり、その法律に基づいて行政が行われるという法治国家としてあたりまえの筋道が確認されてほしいです」