2019年12月06日 10:22 弁護士ドットコム
選択的夫婦別姓や共同親権、無戸籍…。多くの人たちの人生や人権に関わる問題を、憲法に問う裁判を手がけているのが、岡山市の作花知志弁護士だ。
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2015年12月には、女性だけが離婚から半年間、再婚できないのは「法の下の平等」を定めた憲法14条に違反すると訴えた再婚禁止期間訴訟で、100日を超える部分については「違憲」とする最高裁判決を代理人ひとりで勝ち取った。戦後10例目という歴史的な違憲判決だった。
そんな作花弁護士が今夏、上梓したのが、『わたしの宮沢賢治 法律家から見た賢治』(ソレイユ出版)だ。『銀河鉄道の夜』や『風の又三郎』など、昔から親しまれてきた賢治の物語には「みんなの幸せ」を願う基本的人権の思想があるという。賢治と法、どのような関係なのだろうか?
「宮沢賢治と法について、どうやって書くの?と別の弁護士に聞かれました」と笑う作花弁護士。都内で9月に開かれた「市民アドボカシー連盟」の勉強会で、本書を執筆した背景を語った。
「一見、賢治と法は関係ないように見えますよね。しかし、実は賢治の作品の中には、『正義とは何か?』『公平と何か?』という問いがよく出てきます。
たとえば、『注文の多い料理店』では、趣味の狩猟で動物を殺すような悪い人間たちが登場します。賢治は動物と人間が共存する理想郷、イーハトーブを作りたいと思っていたような人ですから、そのまま人間が動物(山猫)に食べられ、社会に平和が戻りました、というエンディングにしてもよかった。
ところが、最後は人間ではなく、山猫軒の方が消えています。これはどういうメッセージなのか、永遠の謎ですが、私には賢治の心の中で、正義と不正義が揺れているように思えました」
1896(明治29)、現在の岩手県花巻市に生まれた賢治は、農民の生活向上のために奔走した。しかし、矛盾も抱えていたと作花弁護士は指摘する。
「賢治の実家は裕福で、質屋を営んでいました。当時、あの地域は冷たい風が吹いて農作物がなかなか育たない。そこで、農家の人たちは農機具を実家の質屋に入れる。賢治の実家はそういう農家の人たちから利息をとって、生計を立てていたわけです。
賢治は貧しい農家の人たちを救いたいと思う一方で、そういう家で育ったために、正義とは何か、公平とは何か、という心の揺れがあると思いました。それが、作品にも投影されています」
作花弁護士は憲法が基本的人権を保障しているのは、「社会には多数決で決められないことがある」「多数決で奪えないものがある」からと考えている。その前提には「私たち一人一人は異なる存在である」という理念があるという。
「宮沢賢治の作品にも、基本的人権の理念を感じさせる作品があります。その一つが、『風の又三郎』です」
『風の又三郎』は転校生の高田三郎が、村の子どもたちと親しくなるが、最後は仲間はずれにされ、やがて去って行く。村の子どもたちにとって、三郎の言動は「異様」に感じたからだ。
しかし、作花弁護士は、生物学者の長谷川眞理子さんの著書『科学の目 科学のこころ』(岩波新書)をひもとき、こう指摘する。
「長谷川さんは『生物という存在そのものが、それぞれに無生物とは比較にならないほどの 個別性を抱えており、それこそが、生物の生物であるゆえんなのだ』とします。私たち一人一人が違うのは、生命が生き残るための知恵なんだと思えば、憲法は人類の知恵なのではないでしょうか」
実際に賢治は『風の又三郎』で、「自分を外(ほか)のものと比べることが一番恥ずかしいことになっているんだ。僕たちはみんな一人一人なんだよ」と書いている。
その思想が、憲法に通じると作花弁護士は本書で指摘している。数々の憲法訴訟を手がける作花弁護士だからこそ、読み解ける賢治と法の関係が浮かび上がる。