2019年12月02日 14:12 弁護士ドットコム
派遣型マッサージ店の女性従業員に乱暴したとして、強制性交の罪に問われた俳優の新井浩文被告人に対し、東京地裁(瀧岡俊文裁判長)は12月2日、求刑通り懲役5年を言い渡した。
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裁判の争点は、(1)新井被告人が女性に、強制性交等罪(刑法177条)の要件である「暴行」を用いて性行為をしたか、(2)性交について、新井被告人が女性の合意があると誤信することはなかったか(故意の有無)、の2点だった。
裁判で女性と新井被告人の供述は、暴行や女性の抵抗の内容について食い違っていたが、判決は被害者の証言を「信用性は高い」とし、女性の証言を元にして事実を認定している。
判決は、新井被告人が行った暴行自体について「制圧的と言うほど強度」ではないとしつつ、あかりの消された自宅寝室内で2人きりであり、体格差もあることから「女性が物理的、心理的に抵抗することが困難な状況であった」と評価している。
新井被告人による強い暴行がなかったとしても、恐怖心から、相手の行動を止めるほど抵抗しきれないのは当然だろう。裁判所は女性の心理を踏まえて判断したと言える。
裁判所が認めた事実は、以下の通り。
新井被告人は、2018年7月1日未明に、アロマエステなどを目的とする出張型マッサージ店に連絡し、セラピストとして勤務していた女性の派遣を申し込んだ。
新井被告人は、自宅の寝室ベッド上で施術中の女性に強制性交をしようと考え、1日午前3時25分ごろ、女性に対し、いきなり右手をつかんで引っ張り、その手を自分の着衣の上から陰茎に押し付けるなどした上で、女性が着ていたズボンを下着ごと無理やり引き下ろして脱がせ、陰部を手指でもてあそぶなどし、さらにその頭を両手でつかんで口付近に陰茎を押し付け、口の中に陰茎を挿入しようとするなどの暴行を加え、その反抗を著しく困難にして、女性と性交した。
裁判所は2つの争点を判断する前提として、以下の事実関係を認めた。
(1)新井被告人は事件前、店が性的サービスを一切行わないと対外的に表明していることを認識した上で、そうしたサービスの要求をしないと言う同意書に署名していた
(2)セラピストの女性とは初対面の利用客という関係に過ぎず、性交に至る約20分以内の間に女性から積極的に性交などを求める言動は一切なかった
(3)新井被告人の自宅を出ようとする女性に対し「悪いことしちゃったね。これ、おわび」などと言って、前払いの料金とは別に、現金7万円を執拗に手渡そうとしたが、強く拒否され、バッグに強引に押し込んだ
(4)女性は新井被告人の自宅を後にして、送迎運転手や経営者に被害を打ち明け、3時間経たないうちに警察署で相談した。警察ではよく考えて被害届を出すよう言われたが、経営者などに「泣き寝入りは嫌だ」などと伝えた。
(5)女性は事件から数日以内に、具体的な被害内容のメモを作成した
次に、女性と新井被告人の供述は、暴行や女性の抵抗の内容について食い違っており、その信用性について判断した。
裁判所は、女性の法廷での証言について、(1)~(5)の客観的な経緯や状況と整合し、これらによって裏付けられており、とりわけ暴行の内容が女性が作ったメモの内容と合っていると評価。
また、女性は、セラピストとして施術する目的で、初対面の新井被告人宅を訪れたに過ぎず、「意向に反して性交を強いられる事態に対し、状況などによるとはいえ、相応の拒絶感や抵抗を示すことが十分想定される」とした上で、一連の暴行に際して抵抗したという趣旨の女性の証言内容について「合理性を備えている」と判断した。これは、(3)や(4)の経緯などからも、理解できるとした。
さらに、事件直後に、
・女性から「抵抗したが、逃げ切れなかった」などと言われたという送迎運転手の証言と整合すること
・女性が覚えていないことはその旨を真摯に証言していること
・虚偽の供述で新井被告人を陥れる情況も想定したがいこと
から、「女性の証言の信用性は高いといえる」とした。
一方、新井被告人の供述は、「(1)~(5)の事実関係を見ただけでも、女性の拒絶に気づかない事態がおよそ想定できない」として、「信用に値しない」とした。
弁護人は、捜査段階における女性の供述経過を指摘し、被告人から陰部を触られた際や、性交の際の言動に関する女性の証言の信用性を争っていたが、判決は「女性の言動の詳細はともかく、性交に至る間に拒絶感を示し抵抗を行ったとする証言の信用性は左右されない」と一蹴した。
争点1:新井被告人が女性に、強制性交等罪(刑法177条)の要件である「暴行」を用いて性行為をしたか
裁判所は、女性の証言から、新井被告人が女性に対し、右手を掴んで、その手を着衣の上から陰茎に押し付けるなどした上、女性が抵抗したのにズボンとパンツを脱がして、頭を両手でつかんで陰茎の方に引っ張り、口の近くに陰茎を押し当てる暴行を加えた上でベッドに押し倒し、性交したと認めた。
こうした一連の暴行や性交について、新井被告人が「深夜にあかりも消された寝室ベッド上で女性からマッサージを受けるという機会に乗じ、そうした女性の置かれた状況につけこんで敢行されている」と指摘。
こうした暴行の態様に加えて、新井被告人が女性から何度も拒絶感を示され抵抗されたのに性交に及んだことや、体格差も踏まえると、「女性が新井被告人に対して、物理的、心理的に抵抗することが困難な状況であった」と推認し、「暴行は女性の抵抗を著しく困難にさせる程度に達するものであった」と評価した。
争点2:性交について、新井被告人が女性の合意があると誤信することはなかったか(故意の有無)
裁判所は、認定した(1)、(2)の事実のとおり、店のサービス内容に対する新井被告人の認識や、新井被告人と女性の関係性などに照らすと「新井被告人はそもそも女性が性交に同意するとは考えにくいとわかっていたはずといえる」と指摘。
加えて、女性から性交について積極的な言動が一切なかったこと、女性が暴行に対し、拒絶感を示し抵抗していたことから、「新井被告人が女性の合意があったと誤信するとは到底考え難い」と判断した。
また、新井被告人は、女性が「素股」に拒絶の意思を示した状況を分かっていたと供述していることから「直後に行われた性交について女性の合意があると誤信することは想定し難い」と指摘。
以前、リラクゼーションサロンで性的サービスに応じたセラピストの間で合意の上で性交した際には、「追加料金は払わなかった」と新井被告人が供述していることから、「直後に女性に現金を渡そうとしたこと自体が、性交にあたり女性の意思に反するとの認識を備えていたことを指し示しているというべき」と評価した。
以上から新井被告人に強制性交等罪が成立するとした上で、量刑の理由について、以下のように判断した。
新井被告人の暴行自体は「制圧的というほどに強度ではない」としたが、被害者が自宅で施術中であるという抵抗しにくい状況に付け入り、続けざまに暴行を加えて性交に及んだことから、犯行は「被害者の性的自由を侵害する卑劣で悪質なものというほかない」とし、「被害者の処罰感情が厳しいのも当然といえる」と評価した。
そして、新井被告人は自己の性的な欲求を優先して犯行に及んでおり、「経緯や動機に酌むべき点はなく、厳しい非難に値する」とした。
以上から、凶器を用いず、路上で襲ったり、侵入して襲ったりといった類型ではない強制性交等1件という同種事案の中で重い部類に位置付けられ、「相応期間の実刑を免れない」とした。
また、新井被告人が「不合理な弁解に終始している」とした上で、量刑の傾向を参照した上で、新井被告人に前科前歴がないことなどの事情を考慮しても、「酌量減刑をすべきとまではいえない」と結論づけた。