2019年11月30日 09:51 弁護士ドットコム
ひきこもりの自立支援をうたう団体に無理やり自宅から連れ出され、9日間にわたり監禁されたなどとして、神奈川県内の30代男性、高橋さん(仮名)が11月29日、逮捕監禁致傷容疑などで施設職員ら9人を東京地検に刑事告訴した。ひきこもり「自立支援」施設をめぐっては他にも、強引な手口で連れ出されたという当事者の訴えが相次いでいる。
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高橋さんは監禁された後、精神病院でオムツをつけられ、身体拘束を受けた上に50日間入院させられたという。「悪質な業者と精神病院は、現在も白昼堂々、深刻な人権侵害を行っている」と訴えている。(ジャーナリスト・有馬知子)
高橋さんは29日、都内で記者会見した。告訴状などによると、「連れ去り」が起きたのは2018年5月。
東京都新宿区内にある自立支援施設「あけぼのばし自立研修センター」の職員4人が突然、高橋さんの部屋を訪れ施設への入所を説得し始めた。
助けを求めて電話を掛けようとすると、職員の1人に両肩をつかまれ、腹ばいにねじ伏せられた。高橋さんは抵抗したり、外に出て周囲に助けを求めたりしたが、結局職員3人がかりで車に押し込まれ、施設に連れて行かれた。
その後9日間、監視をつけられ、地下の部屋に閉じ込められたという。
それでも入所を拒否すると、足立区内の精神病院に連れて行かれ、閉鎖病棟で3日間身体拘束を受けた。手足や胴体をベッドに縛り付けられてオムツをつけられ、寝返りを打つことすらできなかった。
高橋さんは「拘束初日は、排せつ物の処理すらしてもらえず放置され『とんでもないところに来てしまった。これから自分は何をされるのか』と、言い知れぬ恐怖に襲われた」と振り返る。その後もほとんど何の治療行為もないまま、50日にわたって入院させられたという。
病院職員に「入所を拒否したら、別の病院に入院させる」などと言われ、やむなく施設に移った。すると施設では「ルールを守れない場合は再度入院することに同意する」との誓約書にサインさせられた。
弁護団の一員である林治弁護士は「医療行為の必要性ではなく、指示に従わないと入院させるという意図が明らかだ」と強調する。
弁護団長を務める宇都宮健児弁護士は「病院は施設と結託し、施設側の指示に従わせる目的で男性を長期間入院させた。犯罪なのはもちろん、医療従事者としてもあるまじき行為だ」と批判する。
高橋さんは施設職員と合わせて、精神病院の医師ら4人も刑事告訴したほか、病院側に慰謝料など550万円を求める損害賠償請求訴訟を起こした。
弁護団は、高橋さんが他の入所者の「見せしめ」としてこうした仕打ちを受けた可能性もあると指摘する。林弁護士は話す。
「『拘束され、おしめまでされた』という高橋さんの体験が施設内に広まり、入所者が『そんな怖い目に合うくらいなら…』と仕方なく職員に従っている、という話を、相談に訪れた元入所者から聞いた」
同じ施設から脱走した別の30代男性も、仕事を始めたので携帯電話を返してほしいなどと交渉したところ、職員に「抵抗すると病院に入れるぞ」と言われたという。男性は「脅されるうちに逃げる気力を失ってしまう入所者が、周りにたくさんいた」と話す。
弁護団のもとには、脱走者や現在入所中の脱走志望者からの相談が多数寄せられているという。だが連れ出しの恐怖からPTSDを発症するなど「本人の心身のダメージが大きすぎて、訴訟に至らないケースも多い」(弁護団)。
入所者とのトラブルを抱える「自立支援施設」は、他にも存在する。
神奈川県内の別の施設では2018年、入所者による集団脱走が起きた。さらに今月に入って、神戸市から神奈川県内の自立支援施設に移送中の30代男性が、後部座席から高速道路に飛び降り死亡したことも、大手メディアによって報じられている。
高橋さんは「声なき被害者」たちの存在を踏まえて、「私自身だけでなく、様々な事情で裁判できなかった被害者たちの怒りも背負い、覚悟を持って裁判に臨みたい」と、決意を述べた。
一方、同センターを運営するクリアアンサー(東京都新宿区)は「要請があれば捜査に協力するが、個々の事案については現時点では不明な部分も多く、コメントは差し控えたい」としている。
高橋さんは被害当時、仕事をせず大学院進学を目指して勉強していた。しかし両親は、彼に職に就くよう求めていた。
ある時母親が「ニートやひきこもりが30代を超えると、犯罪に走る」という内容のネット情報を読み、あわてて施設に相談したのが、連れ出しの発端だったという。両親が契約の際、施設に支払った料金は700万円に上る。
宇都宮弁護士は「こうした施設の多くは親の不安につけこんで確実に子どもを自立させるとうたい、高額な料金で契約させる」と解説する。
ひきこもりに詳しい精神科医の斎藤環氏は11月、横浜市内で講演し「本人の意思によらず強引に連れ出される場合、支援の適切さを問う以前に犯罪行為だ」と述べた。
だが被害者のSOSが、救出につながることは非常に難しい。
高橋さんは入所中、職員の隙をついて、いくつもの相談窓口に助けを求めた。しかしある行政機関の職員には「自立するのが一番じゃないの?」などと言われた。また連れ出される時も警官が臨場していたが、職員の行為を傍観していただけだったという。高橋さんは「一時は国にすら見捨てられたか、と落ち込んだ」と語る。
宇都宮弁護士は「ひきこもりは『家庭内の問題』、本人と家族の『自己責任』だという社会認識があるのではないか。命と人権を左右する自立支援を、無許可で営める事態も異常だ。政府がきちんと関与し、当事者・家族を社会で支える体制を整えるべきだ」と訴えている。