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『スカーレット』喜美子と照子が語る「大人になること」 信楽に別れの季節が近づく

2019年11月26日 12:02  リアルサウンド

リアルサウンド

『スカーレット』写真提供=NHK

 『スカーレット』第50回。丸熊陶業社長・熊谷秀男(阪田マサノブ)が急逝してしばらく経ち、照子(大島優子)が喜美子(戸田恵梨香)のところにやってきた。顔を見合わせて夏みかんをほおばるうちに2人の顔に笑顔が戻る。こんなとき何も言わずにそばにいてくれる存在はありがたい。「ここんとこ食欲なかった」と言う照子は妊娠したことを喜美子に報告する。家族を亡くした照子が心なしかさっぱりとした表情に見えるのは、自身の中に新しい命を感じているからだろうか。


参考:『スカーレット』第51話では、喜美子(戸田恵梨香)が八郎(松下洸平)から衝撃の事実を聞く


 「信作と声をかけようかと言うてたんやけどな。弱ってるところを見られるの嫌いやんしな」と気づかう喜美子に、「あんたらの顔見たら腹立つところやった」と憎まれ口を叩く照子。遠回しな「ありがとう」の言葉がほほえましい。


 信作(林遣都)や照子よりもひと足早く社会に出た喜美子に、照子は「結婚も出産も親の死もあんたらよりも先に経験してるわ」と話す。喜美子の「そんな急いで大人にならんでも」という言葉は、さまざまなものを背負わなくてはならない親友を思いやるようにも、周囲が大人の階段を昇っていく中で自分だけ取り残されて戸惑っているようにも聞こえた。


 大阪に行って個性的な人々を目にした喜美子は、女性の生き方は家庭に入ることだけではないと知っているが、この時代に信楽で生きることは他に選択肢がないということでもある。一見恵まれているような照子の不自由さをもっとも理解できるのは喜美子であり、そんな喜美子だからこそ照子は安心して本音を話せるのだろう。照子は、夫・敏春(本田大輔)による丸熊陶業の大改造を話題にする。「これからは電気やガスの時代」と言う敏春は火鉢の生産を縮小しようとしていた。「よう考えて、深野先生ともよう相談してな」と照子は喜美子に伝える。


 その頃、深野(イッセー尾形)は事務所で敏春たちと向かい合っていた。社長が亡くなったことで風向きが変わったことを察した深野は、敏春に「引き際は潔く」と別れを告げる。放送50回を迎えた『スカーレット』では、多くの忘れ得ぬ出会いが刻まれてきた。少女時代、大阪編、丸熊陶業と喜美子の前に登場する人物は、喜美子の人生に影響を与えては去っていくのだが、後を引きずらないさっぱりとした退場の仕方はある種の無常観すら誘うもので、別れしなの見事さが美しい余韻を残してきた。


 人は去るが、芸術は残る。絵を売った八郎(松下洸平)が深野のことを決して忘れないように、形が変わっても受け継がれるものを『スカーレット』は描いているのかもしれない。


■石河コウヘイ
エンタメライター、「じっちゃんの名にかけて」。東京辺境で音楽やドラマについての文章を書いています。