トップへ

阿部寛演じる桑野の生き方は、人生百年時代のモデル? 『まだ結婚できない男』に学ぶ人生の醍醐味

2019年11月26日 08:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『まだ結婚できない男』(c)カンテレ

 前作に引き続き、結婚しない人生を相変わらず楽しんでいる、建築家・桑野信介(阿部寛)。今作の『まだ結婚できない男』(カンテレ・フジテレビ系)でも桑野の周りには、個性豊かな人々が現れては、さまざまな人間ドラマが各話で繰り広げられる。


 作中で何かと意見が割れて、桑野と言い争いになる弁護士のまどか(吉田羊)、桑野やまどか行きつけのカフェの店長・有希江(稲森いずみ)、一人前の女優を目指して日々芝居の練習を重ねる桑野のマンションの隣人・早紀(深川麻衣)……。たとえ、1人を楽しむ桑野であっても、不思議と多様な人間関係が作られていくのだった。


 本作に登場する人々は、しばしばちょっとした事情を抱えている。それは仕事のことだったり、親のことだったり、あるいは生き方そのものについてだったり。第7話で中心となったまどかの後輩・エリカ(野波麻帆)もその一人だった。そんな登場人物たちは皆、桑野の言動がきっかけとなって、意外にも状況を変化させていく。


 たとえば、母親との微妙な関係が長らく続いていたまどか。第6話の終盤で、母親にそのうち電話をすると言うまどかに、桑野は「今したらどうですか?」「そのうちとか言って、絶対しないでしょ」と言う。その結果、まどかはその場で電話をすることに。今の弁護士の仕事が楽しいこと。当分は東京で頑張ってみること。そして、もしものときには自分が母親の面倒を見ること、などなど。母親との電話の中で、まどかはこうした一つ一つの思いや考えを素直に伝えることができたのだった。


 有希江もまた、桑野に助けられる場面が何度かあった。オーナーからカフェの権利を買い取って、新たに自分でカフェを始めようとしていた有希江。そのことで相談を受けた桑野は、それ以降、権利を買い取ることに必要なことなどを自分で調べたり、自分で分からないところは、まどかにわざわざ聞いてみたりしていた。第7話ではその有希江の夢がついえてしまいそうな事態が訪れ、まどかも弁護士として有希江のことを助けてくれた。そして桑野もまた、有希江の知らないところで問題の会社の専務に事情を問い詰めるなどして、有希江の夢を守ろうとしたのだった。


 たしかに、桑野は一人でいることをこよなく愛している一面がある。ただ、そんな彼の人生の中でも、なんだかんだ言っていろいろな人々との出会いがある。「やっくん事件」の相談のため、足を運んだ弁護士事務所で知り合ったまどか。そして、そのまどかの裁判の傍聴を機に知り合ったのが有希江。マンションに新たに引っ越してきた隣人の早紀。そして、早紀と暮らすタツオ。桑野のようにあまり人と深く交わろうとしなくても、いつのまにか生まれている関係性というものがある。そんなところに本作が伝える、人生の醍醐味がある気がする。


 話は変わるが、本作では有希江が営むカフェ「ブラウン・クローバー」(後の「ピュルテ」)でのシーンがよく描かれる。そこは、桑野やまどかたちが集う憩いの場である一方、女優の早紀のために桑野が一緒に台詞合わせをしたのも、エリカと桑野が対面したのも、まどかが母親との間の過去を詳しく話したのも、この「ブラウン・クローバー」であった。このカフェは『まだ結婚できない男』における大切な空間の一つであることは間違いない。桑野やまどか、早紀はもちろん、英治(塚本高史)や桜子(咲妃みゆ)も訪れる「ブラウン・クローバー」は、いつしか桑野たちにとってなくてはならない存在になっている。


 桑野が第1話のスピーチで話していたように、これから人生百年の時代が来ると言われている。そんな時代がやってくるからこそ、私たちが大切にしなくてはならないのはひょっとすると「ブラウン・クローバー」のような場なのかもしれない。結婚するのもしないのも個人の自由である。しかし、桑野のように結婚しない生き方であっても、なかなか一人だけで生きていくことは、そう簡単にできるものではない。時には、誰かとちょっとした会話ができたり、相談ができたり、新たな関係が生まれたりする場に身を置きたくなることだってある。それはカフェでなくてもいい。ただ、「ブラウン・クローバー」のようにいろいろなタイプの人間が集まるコミュニティが自分の近くにあるだけで、人生はよりゆとりのあるものになるはずだ。


 『まだ結婚できない男』で描かれる人々はみなそれぞれが、自分のやり方で人生を謳歌している。相変わらず気ままに生きる桑野、これからも東京で弁護士として頑張り続けるまどか、カフェの権利を手に入れて新たに「ピュルテ」を始める有希江、夢に向かって日々汗を流す早紀。一人一人がそれぞれに不器用なところがありながらも、お互いにアドバイスを送りあったり、助け合ったりする桑野たちの姿に、これからの時代における「人生の謳歌」の仕方を垣間見る思いがする。(國重駿平)