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桜井ユキは稀代の“染まり”女優? 『G線上のあなたと私』『マチネの終わりに 』で見せる芯の強さと迷い

2019年11月25日 10:01  リアルサウンド

リアルサウンド

火曜ドラマ『G線上のあなたと私』(c)TBS

 『G線上のあなたと私』(TBS系)の第1話は、「G線上のアリア」をバイオリンで優美に奏でる久住眞於の姿からはじまる。のちに音楽教室に通うことになる也映子(波瑠)、幸恵(松下由樹)、理人(中川大志)の3人が、その美しい音色と眞於の凛とした佇まいにグッと心を惹きつけられてしまう場面だ。思わず聴き入ってしまうのは彼女たちだけなく、ドラマの導入としてもきっとこの上ないシークエンスだったように思う。


参考:ほか場面写真はこちらから


 その後もドラマのキーパーソンとなるこの久住眞於を演じているのは、近ごろ活躍がめざましい女優・桜井ユキ。NHKよるドラ枠の『だから私は推しました』では、地下アイドルに心酔していく主人公・遠藤愛を演じて視聴者の共感を呼び、現在公開中の映画『マチネの終わりに』では、天才ギタリストである蒔野(福山雅治)のマネージャー、かつ物語の重要なカギを握る人物・三谷早苗を好演している。ここ数年の出演作を挙げていけばキリがないほど、日本のドラマ界・映画界を席巻しつつある彼女。その役どころはどれも、一度見たら頭から離れないほど魅力的だ。そこで今一度考える。なぜ私たちは桜井ユキから目が離せないのか。


 その理由のひとつは、彼女が“芯の強い女性”を見事に演じきっているからではないだろうか。ある“生きづらさ”を抱えながらも、それに屈せず、強くあろうとする姿に共感と羨望の眼差しを向けてしまうのではないか。


 婚約している男性に「別の女性との間に子どもができたから別れてくれ」と言われ、婚約破棄を余儀なくされてしまう。『G線上のあなたと私』における久住眞於というキャラクターは、そういう理不尽な出来事に見舞われてしまった女性だ。すんなり引き下がれるわけもなく、泣き叫び、暴れ、戻ってきてほしいと懇願するなど、その場では心をかき乱されながら至極真っ当な反応をする。しかしそんなキツいことがあってもお構いなしに流れていくのが時間というもので、ちゃんと仕事をしないといけないし、ごはんも食べなくちゃ生きていけない。例えば似たような境遇にある也映子がはじめ、時の止まったような生活を送っていたのと対比しても、(おそらく吹っ切れているはずがないのだけれど)「辛い姿を誰にも見せようとしない」のが眞於という女性であるように思う。


 特に印象的なのは第3話における元婚約者・加瀬侑人(鈴木伸之)との再会の場面だろう。「元気そうだね」と問われ、「はい」と余裕の表情で応える。「お子さん、お生まれになったとか」と自然に子どもの話を振り、「おめでとうございます」と真摯に祝いの言葉を述べる。「久住さんは、今は、その……」と侑人が口ごもりながら眞於の恋愛状況を訊ねると「お付き合いしようかなと思っている人は、います」と返す。


 本当にもう何とも思っていないのではないか、と思わせるほどの毅然とした態度だが、ここまでのストーリーを追ってきた視聴者であれば、彼女が感情を表に出さず、絶対に弱い姿を見せてやりたくないという強い意志をもって対面していることは想像に難くないだろう。あなたの時間が幸福に進んでいるのに、ある意味“被害者”である私の時間が止まっているなんて許せない、という意地のようなもの。その姿を桜井ユキがあまりにもリアルに演じてみせているから、眞於をただ単に“強い女性”として羨むだけでなく、“強くあろうとする”彼女の心情に共感してしまう。


 思えば『だから私は推しました』の第1話でも、桜井ユキが演じた主人公・遠藤愛が結婚まで夢見た彼氏に突然フラれ、どん底に突き落とされる場面からはじまっていた。それから最初の数話では、地下アイドルに居場所を求めることで彼女の時間が徐々に動きだす様が描かれていただろう。弱々しい姿から強くあろうとする姿へ。主役であろうと脇役であろうと、その過程が目に見えてわかるのが、桜井ユキという女優の並外れた演技力がなす所業だ。


 単に強いだけでなく、弱さの先に強さがあり、もしくは弱いのを隠しながら強くあろうとする。それは現代人がこの社会を生きていくために必要なワザでもあるから、桜井ユキが体現するその“人間らしい所作”には無条件に心を惹かれてしまう。芯を強く持っていてもずっと強くなんていられないからだ。桜井ユキがさらに巧いのは、ブレない軸を持ちながらも時おり、内面に潜む弱さが“迷いの表情”として立ち現れるところではないだろうか。


 実は、映画『マチネの終わりに』には、『G線上のあなたと私』の先に挙げた侑人と眞於が再会するシーンと非常に似た、しかし桜井ユキ(三谷早苗)が置かれる立場としてはほとんど真逆の場面が存在している。石田ゆり子演じる洋子とニューヨークで再会し、4年前に起きた(起こした)出来事の真実を打ち明けるシーンである。ここでは時が止まっているのは洋子の方で、「それで、あなたは幸せなの?」と問われた早苗は、「はい。すごく幸せです」と噛み締めるように答える。


 その“4年前の出来事”の衝撃さたるや、まるでホラー映画と見紛うほどのものだったが、ここでも早苗はその行動の理由を強く持っていた。「私の人生の目的は蒔野なんです」、蒔野が音楽と向き合うためには、洋子の存在は邪魔であると。しかし、いくらブレない信念があるとは言っても、彼女の行動は明らかにアンモラルで非情なものだ。それでも彼女に微かな人間らしさが宿るのは、その行動に“迷い”が垣間見えるからだろう。病院の待合で携帯の着信を聞きながら押し殺す感情、新しい携帯を蒔野に手渡す際に思わず泣きそうになる姿。


 非道な行為に及びながらも、どこかで「本当のことを告白してくれるのではないか」と観るものに思わせてしまうところが、三谷早苗という女性の複雑な魅力であったように思う。最終的に彼女は罪を告白し、それでもこの4年間は幸せだった、と言ってみせる。これほど心情が揺れながら、しかし芯の強いキャラクターを演じきった女優がかつていただろうか。


 少しニッチな視点だが、桜井ユキと言えばいろんな作品で、顔がライトによって照らされある色に染まっていく、そんなシーンも印象的。例えば『だから私は推しました』第3話では、同僚の友だちにアイドルオタクであることを告白しながら、徐々に彼女の顔が黄色く染まっていく。イエローのライトに照らされているのだろうと思われる場面だが、この色は愛が推すアイドルグループ「サニーサイドアップ」のコンセプトカラーでもあるから、彼女の心情にマッチするものになっているだろう。先述した『マチネの終わりに』の病院のシーンでは「危険」「停止」を思わせるような赤いライトに照らされ、昨年末公開の映画『真っ赤な星』でも主人公・陽(小松未来)と弥生(桜井ユキ)が再会するショッキングな場面において、車のバックライトである“赤”に染まる。いずれも重要なシーンで、彼女は“そのシーンの色”に完璧に染まってみせる。


 桜井ユキは、ある色に染まったときに絶妙に映えるくっきりした顔立ちであると同時に、久住眞於と三谷早苗のように真逆の立場であれ「どんな役にでも染まることができる」稀有な女優だ。そんな稀代の“染まり”女優が、今後どんな役に染まり、私たちの心を引き付けてくれるのか。桜井ユキと、彼女が演じる人間らしいキャラクターから今後も目が離せない。 (文=原航平)