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『スカーレット』は“関西らしさ”を押し出した朝ドラに 喜美子の生活の中に溢れる笑い声

2019年11月22日 06:11  リアルサウンド

リアルサウンド

『スカーレット』写真提供=NHK

 放送中の連続テレビ小説『スカーレット』(NHK総合)33話で戸田恵梨香演じる川原喜美子は、父・常治(北村一輝)がつくった借金を数えながら、そのあまりの多さに声を上げて笑ってしまう。それを見ていた母・マツ(富田靖子)もつられて笑い出す。度重なる困難にも負けず、女性陶芸家として道を切り開く喜美子の姿を描いた同作のカギを握るのは「笑い」の要素だ。


参考:『スカーレット』は本来の「連続テレビ小説」に立ち返る? 日常に隠れたツボを見つける水橋文美江の作家性


 喜美子のまわりには笑いがあふれている。女中として働いていた「荒木荘」の下宿人・雄太郎を演じるのはお笑いコンビTKOの木本武宏で、雄太郎が給仕をつとめる喫茶「さえずり」のマスターはオール阪神・巨人のオール阪神。また、喜美子に女中のいろはを教える大久保役の女優・三林京子は上方落語の三代目桂すずめとして高座に上がる。


 芸人が役者の仕事をすることは珍しいことではないが、特筆すべきはその密度の濃さだ。木本や阪神のほかに、コントユニット・ジョビジョバに所属するマギーや吉本新喜劇の座長を務めた辻本茂雄、お笑いコンビ・プリンプリンの田中章が出演しており、さまざまなルーツを持つ笑いのDNAが『スカーレット』には奔流のように流れ込んでいる。


 足かけ6か月という長期間にわたる連続テレビ小説は、東京、大阪の各局が半期ごとに制作を受け持つ。『スカーレット』はNHK大阪放送局の制作で、これまでの作品もそうだったように舞台を近畿圏に設定。今回は陶磁器で有名な信楽町(滋賀県甲賀市)を中心に、大阪の風物や京都出身の人物も登場する。テレビをつければローカル局でトークショーが流れるなど生活の中に笑いが溶け込んでいるのが関西の文化だが、随所に笑いのエッセンスがまぶされた『スカーレット』もまさしく関西発のドラマと言っていいだろう。


 ただ、同局の制作による『わろてんか』や先ごろ発表された2020年度後期放送予定の『おちょやん』と比べると、それらが吉本興業の創業者や松竹新喜劇の看板女優を主人公のモデルとしていたことに対して、『スカーレット』は笑いや芸能を正面から取り上げているわけではない。劇中でも、俳優としての雄太郎は端役止まりだし、同じく荒木荘の住人・ちや子(水野美紀)は記者として芸能に携わることがあっても、物語全体から見れば傍論にすぎない。『スカーレット』で描かれているのは、意図して笑わせるというより、あくまでも生活の中にある自然な笑いなのである。


 厳しい現実に直面しながらも主人公が決して手離さないのが笑顔なのだが、喜美子が出会う人々も、ひとかたならぬ笑いのオーラを放っている。家族思いだが生業が立たず、酒を飲むと気の良いおっさんに変わる北村一輝のダメ親父ぶりには、あきれつつも笑ってしまうし、絵付けの師匠・深野(イッセー尾形)がガラス戸あるいは火鉢を挟んで喜美子と繰り広げる無言の対峙は、一人芝居の面目躍如といった風情がある(イッセー尾形に顔芸で対抗する戸田恵梨香もすごい)。幼なじみの照子(大島優子)や信作(林遣都)とは顔を合わせれば漫談になるなど、ひとクセあるキャラクターたちが、笑いを媒介にして、喜美子にとっての得難い存在に変わっていくのだ。


 41話で喜美子は火鉢に絵付けをする深野に「なぜ笑っているのか」とたずねる。従軍画家としての苦渋に満ちた体験を経て、絵付けの仕事に出会った深野は、平和であることの喜びを心の底から感じていた。「悲劇と喜劇は紙一重」と言うが、『スカーレット』が醸し出す絶妙な可笑しみは人生を肯定する姿勢に裏付けられている。みずみずしい感性を持ったヒロイン・喜美子の紡ぐ笑いが、悲喜こもごものストーリーに鮮やかな色彩を添えている。


■石河コウヘイ
エンタメライター、「じっちゃんの名にかけて」。東京辺境で音楽やドラマについての文章を書いています。