消費税増税や来たる五輪特需の反動で、景気が後退するという予測がまことしやかにささやかれています。大手企業の来年の採用予定数のニュースなどを見ていると、先んじて人材採用を抑える会社は増えているようです。
過去の求人倍率を見ていても、バブル期やITバブル期など好景気には採用数が増え、バブル崩壊後やリーマンショック後には採用数が減って求人倍率が下がっています。採用に多大なコストがかかるのは確かですが、果たしてこのような判断は合理的なのでしょうか。(文:人材研究所代表・曽和利光)
好景気期の採用は「高値買い」だった
極めて当たり前のことですが、求人倍率が高い「売り手市場」(求職者が強い市場)では、企業は良い人材が採りにくくなります。逆に、求人倍率が低い「買い手市場」(求人企業が強い市場)では良い人材が採りやすくなります。
しかし実際に行われてきたのは、残念ながらこの逆の行動です。企業は採りにくい好景気期に採用を増やし、株に例えるなら「高値買い」ばかりしています。そして、採りやすい不景気期は「安値」を見逃しているのです。
もちろん、不景気期は業績が厳しいので、人を採用している場合ではないということなのでしょう。人材投資に耐えられないのであれば致し方ありません。
ただし、これまた当たり前のことですが、株でも不動産でも儲ける人は「安い時に買う」人であり、逆に「高い時に買う」人は損をするわけです。
これは人材採用でも全く同じです。バブル期に大量採用した企業は、現在その世代のリストラに力を入れています。採用がダメだったのか、育成がダメだったのかは分かりませんが、結局大量採用した人材を活かせなかったということです。
一方で、氷河期に厳選採用された人材は、若くして幹部候補に抜擢されているケースをよく聞きます。特に新卒採用では、新規学卒者の人数は多少の変動はあれ毎年あまり変わらないわけですから、競争の少ない不景気期にこそ良い人材が採れるのです。
「人は資産」というのはウソだったの?
以上は改めて言うまでもなく、皆さんも十分ご存知の原理原則だと思います。ですから問題は、それなのに、景気とは「逆張り」での採用、つまり不景気期に採用を増やす(少なくとも維持する)判断がなぜできないのかということです。
一つの答えは「経営者が株主から短期的な利益の追求を求められているから」でしょう。
採用は本質的には投資ですが、短期的にはコストに見えます。実際、新卒のような即戦力とはならないポテンシャル採用を行うと利益は減少します。さらに同時期にリストラをしたりすれば上乗せ退職金などの一時的コストがかかります。
そう考えると、不景気に人を採用できないのは仕方がないじゃないか、と思えるかもしれません。しかし同時に、私には結局その会社が、いつもは「人は資産である」と言いながら、本当は資産として見ていないことの証明に思えます。
確かに、現在の会計ルールでは人材の価値を算入することはできません。どれだけその会社に良い人材が揃っていても、それが働いて実体的な価値を出さなければバランスシートには載りません。
もしも人材の価値を本当に信じているのであれば、どうにか「可視化」する努力を行って、不景気期の人材採用数の維持をステイクホルダーに納得させることが本当にできないのでしょうか。そもそもそういう努力をしているように見えません。
採用費が数分の一に圧縮できる場合も
「不景気期に人材採用数を維持することの価値」を可視化するのは、それほど難しくありません。まず簡単に計算できるのは、採用と定着のコストです。
好景気には一人当たり数百万円かかっていた広告費や人材紹介費用などの採用費が、不景気期にはうまくやれば数分の一になることも珍しくありません。
さらに、不景気期は転職しにくくなるので、退職率が下がることで、退職者を埋める中途採用費や退職者にかけた育成費などのサンクコストもなくなります。
このあたりを精査すれば、不景気期にも好景気期と同じ人数を採用するとしても、驚くほど安く採用し定着させることができるのが分かるでしょう。
さらに本質的に見るなら「生産性」まで考えるべきです。自社の優秀な人材、ハイパフォーマーとその他の人材とで、どれくらい売上や利益などを生み出す力が違うのかを計算してみてはいかがでしょうか。そうすれば、採用とは単なる数合わせではなく、どれだけハイパフォーマーになりうる人材を採れるかの勝負であることは明白です。
そして、パーソナリティテストなどを用いて「ハイパフォーマーがどんな人材であるか」をできるだけ明確に把握すれば、過去にどんな採用をした際にハイパフォーマーが生まれたのかが分かります。そしてそれは「不景気期に頑張って採用してきた人に多い」という結果にきっとなるはずです。
経営者の決断材料を揃えるのは人事の役目
結局、このような分析ができていないから、不景気期に単純に採用数を減らすというもったいない選択をしてしまうのでしょう。
あえて言えば、それは今までちゃんと採用活動の結果や、採用した人が生み出した価値を可視化してこなかった人事の責任ではないかと思います。それを人事に求めてこなかった経営の責任と言ってもよいかもしれませんが。
今はまだ不景気は表面化していませんから、遅くはありません。
不景気という採用にとっての「好機」が到来した時に、経営者に勇気を持って採用を減らさない決断をしてもらえるように、ぜひ人の価値、採用の価値を「可視化」しましょう。それこそが人事の使命です。
【筆者プロフィール】曽和利光
組織人事コンサルタント。京都大学教育学部教育心理学科卒。リクルート人事部ゼネラルマネジャーを経てライフネット生命、オープンハウスと一貫として人事畑を進み、2011年に株式会社人材研究所を設立。近著に『人事と採用のセオリー』(ソシム)、『コミュ障のための面接戦略』(星海社新書)。
■株式会社人材研究所ウェブサイト
http://jinzai-kenkyusho.co.jp/