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池袋事故「フレンチに遅れそうだった」 元院長は有罪でも「収監」されない可能性

2019年11月19日 10:01  弁護士ドットコム

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「予約していたフレンチに遅れそうだった」


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東京・池袋で今年4月、暴走した乗用車に母子2人がはねられて死亡した事故で、運転していた旧通産省工業技術院の元院長(88歳)が、警察の取り調べにこう供述したと報じられている。



報道によると、警視庁は11月12日、起訴をもとめる「厳重処分」の意見をつけて、元院長を過失運転致死傷の疑いで書類送検した。



当初、元院長は「ブレーキをかけたが、きかなかった。アクセルが戻らなかった」と説明していたが、車の機能検査で異常は確認されなかった。「ブレーキとアクセルを踏み間違えた可能性もある」と供述を変えたという。



この事故をめぐっては、事故当時、元院長が胸を骨折するなどして入院して、退院後も逮捕されなかったことから、ネット上では「上級国民は逮捕されない」などという流言も飛び交った。



亡くなった母子の遺族が9月、できるだけ重い罪名で起訴することと厳罰することをもとめる署名を東京地検に提出している。起訴されて、刑事裁判になった場合、元院長が起訴されたり、収監される可能性はあるのだろうか。



元警察官僚で警視庁刑事の経験もある澤井康生弁護士に聞いた。



●「かならず起訴される」と予想

――元院長は起訴されますか?



間違いなく起訴されると思います。



検察官が起訴するかどうかの判断基準は、刑事訴訟法に規定されています。



「犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる」(刑事訴訟法248条)



今回の事件では、元院長(以下「被疑者」)が高齢ではあるけれど、以下のようなことを考慮すれば、検察官としては到底、起訴猶予とすることはできないはずです。



(1)ブレーキとアクセルを踏み間違えるなど「重大な過失」があると言わざるを得ないこと



(2)踏み間違えの原因もフレンチに遅れないためであり酌量の余地がないこと



(3)母子2人をはねて死亡させたほか10人を負傷させるなど「結果も重大」であること



(4)報道されている被疑者本人のコメントからは、いまだに車両に原因があるかのような弁解をしており到底「真摯に反省しているとは思えない」こと



(5)被害者は青信号にしたがって横断しており「全く落ち度がない」こと



(6)遺族の「処罰感情も強く」、民事上の「示談も成立していない」こと



少なくとも、私が担当検察官であれば、かならず起訴すると思います。



●高齢を理由として収監されない可能性も

――起訴されて、刑事裁判になった場合、どんな量刑になると考えられますか?



今回の事件で適用されるのは、自動車運転処罰法違反(過失運転致死傷罪)であり、法定刑は「7年以下の懲役また禁錮もしくは100万円以下の罰金」です。



先ほどの述べたような事情を総合的に考慮すれば、検察官としては少なくとも、懲役5年は求刑すると思います。そのうえで、判決も少なくとも、4年の実刑判決になると思います。執行猶予がつけられるような事案ではありません。



――高齢を理由として、収監されない可能性はありますか?



結論から言うと、高齢を理由として、収監されない可能性も否定はできません。



刑事訴訟法は、懲役刑や禁錮刑の言い渡しを受けた者について、(a)年齢70歳以上であったり、(b)収監によって著しく健康を害したり生命を保つことができないおそれがあるときは、検察官は刑の執行を停止できると規定しています。つまり、収監しないことができるのです(刑事訴訟法482条)。



これを受けて法務省の規程では、検察官は、刑の執行を停止するのが相当であると認めるとき、刑の執行停止書を作成すると規定しています(執行事務規程31条)。



今回の事件で、被疑者は88歳と高齢であり、今後、裁判で過失がないとか量刑不当だとかいって控訴、上告して東京高裁、最高裁と争った場合には、最終的に刑が確定する時点で90歳を超えてしまうことが予想されます。



その時点で老衰や病気によって、刑務所での生活に耐えられないと判断された場合には、さきほどの刑事訴訟法や執行事務規程によって、収監されない可能性も出てきます。



その場合は、結果的に被疑者は逮捕も勾留されず、有罪判決を受けても刑務所にも行かなくてもよく、おまけに民事の損害賠償はすべて保険会社が払う、ということになれば、事実上、民事も刑事も責任を負わなくてよいという、あまりにも不当な結論になってしまいます。



以上から、書類送検を受けた東京地検としては、速やかに起訴して、裁判所もスムーズに審理をおこない判決を言い渡して、実刑判決となった場合には、被疑者が刑の執行に耐えられるうちに刑務所に収監できるようにしてもらうほかないと思います。




【取材協力弁護士】
澤井 康生(さわい・やすお)弁護士
企業法務、一般民事事件、家事事件、刑事事件などを手がける傍ら東京簡易裁判所の非常勤裁判官、東京税理士会のインハウスロイヤー(非常勤)も歴任、公認不正検査士の資格も有し企業不祥事が起きた場合の第三者委員会の経験も豊富、その他各新聞での有識者コメント、テレビ・ラジオ等の出演も多く幅広い分野で活躍。現在、朝日新聞社ウェブサイトtelling「HELP ME 弁護士センセイ」連載。楽天証券ウェブサイト「トウシル」連載。東京、大阪に拠点を有する弁護士法人海星事務所のパートナー。代表著書「捜査本部というすごい仕組み」(マイナビ新書)など。
事務所名:弁護士法人海星事務所東京事務所
事務所URL:http://www.kaisei-gr.jp/partners.html