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中学受験で「精神安定剤」を服用した小6の娘…「まさか自分が教育虐待?」母の葛藤

2019年11月16日 09:51  弁護士ドットコム

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中学受験中の息子(小6)を父親が刺殺した事件(名古屋教育虐待殺人事件、2016年)は記憶に新しいだろう。愛知県にある中高一貫の進学校に通った父が、長男を中学受験で母校に進学させようと熱心に指導するうちに、ついには勢い余って刺殺してしまった事件だ。今年7月、名古屋地裁は父親(51歳)に、懲役13年の実刑を言い渡した。


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なんともやりきれない事件だが、かねてよりあった「教育虐待」が顕在化したとも言える。親はなぜ子どもを追い詰めてしまうのだろうか。(ルポライター・樋田敦子)



●家族3人を焼死させた「医師の息子」

子が被害者になるだけでなく、追い詰められた子が加害者となる事件も、起こっている。



2006年には、奈良県の有名進学校に通う男子高校2年生が、医師の父親が不在だった日に、家に火を放って継母と弟、妹の3人を焼死させた。父親は自分と同じく医師になってほしいと望み、成績が悪いと罵倒し、体罰まで与えていた。



秋葉原無差別殺傷事件(2008年)の加害者も、小さい頃から母親から虐待を受け、勉強を強制されていたことが判明している。



●まさか自分が教育虐待?

さて、いま社会で聞かれる「教育虐待」とは何か、改めて整理したい。虐待には、身体的虐待、心理的虐待、ネグレクト、性的虐待の4つがある。



教育虐待に関しては、明確な定義はないが、子どもの人権を無視して、勉強や習い事をさせる行為を指す。日本子ども虐待防止学会のシンポジウムで、2011年に、武蔵大学の武田信子教授らが教育虐待について話し、教育される側が受ける虐待を指すようになった。強要されて身体的にも心理的にもダメージを受け、さまざまな症状が出てくるとされている。



神奈川県に住む会社員Aさん(50歳)は、中学受験に合格し、今春から超進学校の私立の中高一貫中学に進んだ次女(13歳)に「教育虐待してしまったのではないか」と後悔している。



「もともと次女は傷つきやすい性格の子で、2歳違いの長女のように、親の小言を受け流すような強い部分がありません。それは重々分かっていたのですが、それでも受験期間に入ると、いろいろ言ってしまいました。



受験の初期には“できれば良い学校に入ってほしい”“私立の中学校に進学できると、将来の選択肢が広がるからね”と伝えて、勉強するように仕向けましたーー」



昼間は仕事をしているので「教育熱心な母親のように、一緒に問題を解いて勉強するようなことはなかった」と話す。ただ「きちんと勉強してるの?」と叱責することはあった。



また生活面でも小言は多かったと振り返る。次女はもともと、自室を片付けられなかった。部屋は散らかっているので、塾の問題集がどこにあるかもわからず、すぐには探せない有様だ。また親の目を盗んで、ずっとスマホをいじり、食べてはいけないと禁じているカップラーメンやインスタント食品を食べてしまうなどの行動が目立った。



親としては、口うるさく言わずにはいられなかった。



「塾の宿題は終わったの? 学校の課題は? 部屋を片付けて!」 「受験するっていうから塾に通わせたのに、勉強していない。あなただけじゃない、受験する人はみんなつらいのよ」



次女は「分かっているよ」と言うものの、とても分かっているようには思えなかった。自分が更年期障害が原因で怒りっぽいのか、仕事で疲れ切っているから怒ってしまうのかーー。自分の方にも問題があるのではないかと反省することもあったが、教育虐待をしているつもりは全くなかったという。



「ママ友から、教育虐待する親の話を聞いていたので、自分はそうならないようにと気をつけていました。



たとえば、大手マスコミに勤める父親は、息子の受験の勉強を熱心に見ていたそうです。その子は塾ではトップクラスの成績なのに、テストで100点を取ってこないと、ご飯を食べさせてもらえないというのです。何もそこまでしなくても、とあきれていました。



他にも、色々な例を聞きました。それに比べれば、私は決して子どもを追い込むようなことはしていないだろうと思っていたのですが……」



●心療内科で「受験のストレスがあります」

ところが次女が6年生になろうとしていたとき、チック症状が出るようになった。そして机の引き出しに何本ものカッターが入っていることを発見し、「もしや自傷行為をしているのではないか」という気持ちがかすめ、手首を見た。



傷はなかったが、慌てて次女を心療内科に連れていき、カウンセリングを受けさせた。次女は医師を前にこう告げた。



「受験のストレスがあります」



Aさんは「この時ばかりは、落ち込みました」と話す。「“毒親”や教育虐待に関する、いろいろな本を読みましたが、どこがいけないが分かりませんでした。それからは小言はなるべく言わないようにはしましたが、将来、社会に出たときに娘が困ると思い、片づけのこと、勉強のことなど、普通の親程度には言い続けました」。



娘も精神安定剤を服用しながら受験勉強は続けた。もともと集中力のある子だったので、入試直前になって成績は急上昇し、本命校に合格することができた。



「私がやってきたことが許容範囲を超えた教育虐待だったかどうかわかりません。すべて娘のためにと思ってやってきたのです。合格したことは嬉しいのですが、中学校に入っても“上位3分の1にいないと、良い大学には行けないわよ”と、つい言ってしまいます」



中学に入学しても安定剤の服用は続いている。



中学受験に詳しい受験塾の関係者は「塾では、子どもの指導と同時に親のカウンセリングもするようになってきています。親にも子どもを決して追い詰めないような指導が必要です」と話す。



「同性同士で、親が子どもを追い詰めるケースをたびたび見てきました。エリートの母親が、娘に自分と同じようになってほしいと望んだり、逆に思うように道を築けなかった父親が息子に勉強を強制し、自分の悔しさを息子で晴らそうとしたケースもありました」



●女性医師(48)が「いまだに絵が描けない」理由

教育虐待を受けた子はどのような大人になっていくのか。あるサバイバーの女性に話を聞いた。



「年齢を重ねても私はいまだに、絵が描けないのです。子どもが夏休みの美術の宿題を手伝ってと言ってきても描けないので、夫に手伝ってもらいました」



こう話すのは、関西圏に住む、医師(48歳)のBさんだ。Bさんは医師の父親と教師の母親の間に生まれた長女。小さい頃から成績がよく、学生時代はずっと「優等生」だったそうだ。



「母は、忙しい父親に代わって、仕事を辞めて家庭に入った人でした。“医者の子なのだから”というのが口癖で、学習面でとくに厳しかったですね。成績が悪いと“産まなきゃよかった”と面と向かって言いました。ですから100点以外のテストは母親には見せられませんでした」



勉強もよくできたため、Bさんは親の期待を一身に背負った。中学生の時、国語、数学など主要科目はすべて5なのに、美術だけ5が獲れなかった。すると母親は、Bさんにつきっきりで、何枚もの絵を描かせ、ダメ出しをした。



「母親は家でも教師で、子どものすべてを管理し、優秀であってほしいと願いました。それ以来私は、絵を描くことは、評価につながると思ってしまうので絵が描けなくなりました。



大人になってイギリスでアートセラピーを受けました。ドクターは“自由に描いていいんだよ”と言いましたが、最後まで描くことができませんでした。トラウマはこの年齢になっても消えてはいませんね。今親元で苦しんでいる子どもたちを救いたいと考えるのは、この経験があったからだと思います」