今回もガンダムの話をしたいと思う。題材にするのは1991年からOVAでリリースされていた『機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY』である。
ジオン公国軍残党にして、かつての首魁ギレン・ザビの側近であったエギーユ・デラーズ率いるデラーズフリートの、地球連邦軍への反抗が13話にわたって描かれていた作品だ。時系列的には初代『機動戦士ガンダム』と、その続編『機動戦士Zガンダム』の中間に位置するので、『Z』の登場人物も一部がまだ連邦所属の士官として顔見せをしている。
本作の主人公は連邦側の若きパイロット、コウ・ウラキとデラーズフリートのアナベル・ガトー少佐の2名だ。特にガトーは一年戦争中に、使いこなせるパイロットがほとんど残っていなかった新鋭機ゲルググを有効に活用し、「ソロモンの悪夢」と呼ばれるほどに恐れられていたエース。ルックスも長身で渋い顔立ち、銀髪をオールバックにしてポニーテールにしており、声も人気声優の大塚明夫氏が担当していることから、すぐに人気となった。
ここまでを今回のコラムで踏まえておくべき"前提"としたい。(文:松本ミゾレ)
旧ジオンの復讐者集団という設定は確かにガンオタの琴線に触れていた
僕は84年生まれなので、『0083』も子供のころにリアルタイムで観ている。その後も中学、高校と何度か同じVHSをレンタル屋で借りて視聴していたので、結構思い入れはある作品だ。
周りにも『0083』を見ると連邦よりデラーズフリートに肩入れしてしまうという意見を持つオタクが多かった。いわゆるジオン信奉者と呼ばれるオタクを大量に輩出した作品ともいえる。
ただ、デラーズたちがやっていることは、核武装を施した新型ガンダムを強奪し、それを用いて連邦の観艦式を急襲して壊滅状態にする。さらに地球へのコロニー落としだ。観艦式で被害に遭ったのは軍人が中心だと思われるが、コロニー落としでは民間人に膨大な犠牲者が出ていると考えられ、まさに最悪のテロ行為である。
デラーズもガトーもやたらと「大義のため」みたいなことを言うんだけども、実際には多くの人死にを生んでいただけではある。
でも『0083』リリース当初は、そのやっていることよりも、キャラクター性やドラマ性ばかりに目が行って、ほとんどのファンはデラーズ派だったのだ。くわえて連邦の正規軍がまた悪辣に見える描写ばかりだったし。だが、2001年9月11日に発生した、アメリカ同時多発テロ事件でこの潮目が変わったような気がする。
テロが見せた現実で、アニメのテロも冷静な目で見るように
たしかあの夜はテレビで何かのバラエティを観ていた。それが突然ニュース速報に切り替わり、米国の複数の場所で同時多発的にハイジャックされた飛行機が突入して自爆するというテロ行為が発生した。
映像では繰り返し、ワールドトレードセンターに突入する飛行機の映像が流れ、犯行グループはイスラム過激派組織アルカイダであるとも報じられた。そしてこれ以降アルカイダは大々的に、広く世界を相手にゲリラ的なテロ行為を続けている。
ガンオタたちも、今までのように「ガトーかっこいい」とだけ感じてテロと無縁の安心な我が家で『0083』を観ることは、心境的に難しくなった。もちろんアニメはアニメ、現実は現実。混同は良くない。だけどデラーズフリートのやったことは滅茶苦茶もいいところなので、やっぱりアルカイダにダブって見えてしまうところがある。
実際今ではネット上にも「ガトーたちはちょっとなぁ」という冷静というか、当たり前の評価が多くなっている。
ネット掲示板の5ちゃんねるにも、つい最近「アナベル・ガトー『MS強奪するぞ!核撃つぞ!コロニー落とすぞ!』←こんな奴が大人気だという事実」という批判的なスレッドが立っていた。ここでも911以降でガトーたちを見る目が変わったという指摘の書き込みがあった。
ヤフー知恵袋を見ても「ガトーが嫌いなんですが、私以外に嫌いな人いますか?」という質問が見受けられる。この人物曰く「この作品のジオンファンが気持ち悪いです」とのこと。言わんとしていることはわかる。
いや、もちろん今もキャラクターとしてガトーはかっこいいのよ。かっこいいんだけど、なまじっかテロの脅威が世界中に拡散したために、もう1991年に描かれた、日本国内で作られたテロ像が本物の恐ろしさには勝てなくなってしまった気がする。みんなが、ガトーたちのかっこいい大義の裏でどんなことが起きるかを想像しやすくなったのだ。幸か不幸か『0083』は折に触れて注目され直す作品となっている。