2019年11月12日 13:02 弁護士ドットコム
元・タレントの田代まさしさんが覚せい剤取締法違反(所持)の疑いで11月6日、逮捕された。田代さんが同法違反で逮捕されたのは、今回が4度目となる。
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これまで、薬物依存症の回復を目指して歩み続けてきた田代さん。しかし、今回の逮捕によって、彼に非難の声も向けられている。また、NHKの公式サイトに公開されていた「バリバラ」の企画「教えて★マーシー先生」(NHK Eテレ)の動画は非公開となっている。
覚せい剤の使用・所持は「犯罪」だ。しかし、「やめたくてもやめられない」薬物依存症に悩む人たちもいる。現行の司法制度は彼らの回復を支えるものといえるのだろうか。
薬物問題の専門家や薬物依存症の回復過程にある当事者、その家族は今回の逮捕をどう見ているのか。それぞれの見方を聞いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・吉田緑)
「田代さんの逮捕歴を年代別に見ると、逮捕と逮捕の間隔が長くなっていることが分かります。前回の逮捕が2010年ですから、今回は9年間、出所から5年間は間隔が空いています。こうした変化は治療上の進歩を意味しています」
こう語るのは、薬物依存症に詳しい精神科医の松本俊彦医師(国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部部長)だ。松本医師は、田代さんとテレビや講演会、雑誌の対談などで複数回、共演したことがある。
「田代さんの話は『たくさんのミーティングに参加し、プログラムを実践しながら公の場で自身を振り返り、正直に語る』という作業を積み重ねなければ絶対に語れない、実感のこもった言葉ばかりでした。私は回復のプロセスにあると感じました。
『では、なぜまた逮捕されたのか』と反論する方もいるでしょう。しかし、それが依存症なのです。もしも、きちんと診断基準を満たす典型的な薬物依存症ならば、回復過程に再発することはほとんど避けられません。
厳格な治療プログラムを修了した薬物依存症患者でも安定した断薬状態に達するまでには、7~8回の再発(再使用ではなく、再使用が連続して乱用状態を呈すること)をくりかえす、あるいは、入院治療プログラム終了後8年のあいだに平均3~4回の再度入院しなければならない状態を呈するといわれています。
依存症からの回復とは、単に薬物をやめ続けることだけではありません。回復過程で生じてくる様々な問題について、医療者や自助グループの仲間と話し合い、自らを振り返りながら問題に向き合い、最終的に、最も深層にある『本当の心の問題』を解決し、等身大の『自分らしい自分の生き方』を手に入れること…この一連のプロセスが回復なのです。
その意味では、田代さんは順調かつ典型的な回復のプロセスにあるといえるでしょう」
~刑務所に収容することへの疑問も~
松本医師は羽間京子教授(千葉大学・臨床心理学)らがおこなった研究(Hazama & Katsuta、Asian Journal Criminology、2019)に注目し、刑務所への収容を疑問視する。
「この研究では、『覚せい剤取締法』違反により、仮釈放となった保護観察対象者のうち、将来、同法違反で再逮捕されることを予測するリスクファクターとして(1) 刑務所の服役期間が長いこと、(2) 服役回数が多いこと、(3)仮釈放期間が短いこと、(4) 精神疾患に罹患していることなどが挙げられています。
このことは、刑務所に入れば入るほど再犯リスクが高まる可能性があること、薬物問題とは別に精神疾患を抱える人ほど医療機関ではなく刑務所に入りやすい可能性があること、そして、再犯防止という観点から、刑務所よりも、それまでの人間関係の『つながり』 を維持したまま、社会の中で処遇した方がよい可能性を示しているといえます」
薬物犯罪に詳しい石塚伸一教授(龍谷大学・犯罪学)は「再使用は回復のためのよいチャンス」と話す。しかし、覚せい剤の再使用や所持は、現状の日本の法律では許されない。
「薬物の自己使用だけならば非犯罪化(犯罪ではなくすること)し、不処罰にする。少量所持であれば非刑罰化(刑罰を与えないこと)する。大量所持や譲渡であれば、刑事手続に乗せる。そうすることで、回復の道を歩む人が再使用した場合に再度プログラムをおこなうことができるような仕組みが必要といえるでしょう。
ドイツでは、自己使用に関する罰則はなく、自己使用目的の少量所持であれば、処罰されません。一方、大量の所持であれば、危険物の所持と同じであり、他害のおそれがあることから処罰されます」
田代さんは、当初はダルク(薬物依存症の回復支援をおこなう団体)のメンバーと行動をともにしていたという。しかし、メディアやイベントなどに出演する機会が増えると、自助グループのミーティングに出られなかったり、1人で動いたりすることが少なくなかったようだ。
「今回のことは田代さんが回復の道を歩む中、『自分らしい人生』を探していく中で起きたことです。田代さんがまた社会に戻ってきた際には支援したい」
自らも薬物依存症からの回復の道を歩み、龍谷大学の研究員なども務める加藤武士さん(木津川ダルク施設長)は「依存症に対する誤解と偏見が、治療や回復のために必要な資源の設置を遅らせ、病気を進行させている」と指摘する。
「これまでの『ダメ。ゼッタイ。』キャンペーンにおける薬物乱用防止教育を受けてきたので、『恐ろしい、悪』などといったイメージに基づく報道は仕方ないと思います。しかし、テレビの報道は、薬物問題についての正確性に欠けていることも多く、誤解や偏見を助長させるコメンテーターの発言も少なくありません。
また、プライベートなどへの過度の取材や報道にも疑問を感じます。『バリバラ』の企画『教えて★マーシー先生』(NHK Eテレ)では、取材によって田代さんの家族が被害を受けたことが語られていました。
一般的には、薬物依存症者は意志が弱くだらしないと思われているようです。しかし、薬物依存症は脳やこころの疾病であり、意思の強弱や道徳の問題ではありません。糖尿病などの慢性疾患と同じように、完治が難しく再発を繰り返しやすいのです。
客観的で節度があり、エビデンスや事実に基づいた報道であってほしいです。そのことが結果的に正しい薬物問題の理解につながり、薬物問題の減少につながると思います」
~薬物依存症者の家族・花田さん(仮名)「田代さんを待っている仲間たちがいる」~
薬物依存症の回復過程にある家族をもつ花田さん(60代女性・仮名)は「2017年に公表された『薬物報道ガイドライン』が浸透してきたことで、メディアがすこし変わってきたように思います」と話す。
「薬物依存症者に対するバッシングはなくならないとは思います。しかし、テレビ番組で取り上げる時には、知識がない人に言いたいことを言わせっ放しにするのではなく、薬物依存症の知識がある人を1人でも入れてくれれば、印象は変わるのではと思います。
また、今回のことは回復の中で起きたことですが、田代さんが出演していた番組が非公開となったことは残念です。子どもたちにも『社会は冷たい』という印象を与えてしまうのではないでしょうか」
花田さんによると、回復を目指してがんばっている最中に再使用してしまう人も少なくないようだ。そのため、田代さんのことを心配する気持ちもあったという。
「逮捕されれば、もう1度『罰』がついてしまう可能性があったり、田代さんも自責の念を抱えてしまったりするなどのマイナス面があると思います。しかし、なにが悪かったのかを本人が気づくきっかけになるというプラス面もあります。自分を見つめ直したり、どういう風に回復すればいいかを考えたりすることができるためです。
以前とは違い、今回は田代さんを待っている仲間たちがたくさんいます。生きて仲間たちのところに戻ってきてくれればと思っています」
【薬物依存症の相談先】
「ダルク」
http://darc-ic.com/darc-list/
「全国薬物依存症者家族会連合会」
http://www.yakkaren.com/zenkoku_kazoku_list.html