2019年11月11日 10:51 弁護士ドットコム
薬を飲ませて性的暴行を加える「レイプドラッグ」を使った被害が相次いでいる。
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性犯罪・性暴力被害者を24時間体制で支援する「性暴力救援センター・大阪SACHICO」が2010年~2018年に相談を受けたレイプや強制わいせつの被害者1157人のうち、薬物使用が疑われるのは77人で6.7%にあたる。薬物使用が疑われる割合は、2016年が9.3%、17年が9.6%、18年が7.7%と増加傾向にある。
薬の影響により、被害の記憶が断片的、もしくはない場合もある。「何かおかしいな」と思っても警察で詳しく説明できず、「自分が不注意だったから」と泣き寝入りする人も多い。
レイプドラッグの実態と被害者が抱える立件の壁について、大阪SACHICO代表で、産婦人科医師の加藤治子さんに尋ねた。(編集部・出口絢)
SACHICOにはどのような相談が寄せられているのだろうか。
薬の悪用を防ぐため、液体に溶かすと青色に染まるように加工されているものもあるが、多くは色が変わらない。薬物使用が疑われる事例を聞くと、お酒を飲んでいる途中で席を離れたり、出されたものを飲んだりして、被害にあっているケースが見られた。
<居酒屋で出会い>
初対面の男女が相席する「相席居酒屋」で、男性グループから話しかけられ、女友達と共に一緒にお酒を飲んだ。お酒を自分たちで作ることのできる店で、男性がお酒コーナーで作ったものを飲んだ。
店を出るころから記憶がなく、気がつくと自宅の玄関で寝ていた。財布を見ると駅から家までのタクシー代がなくなっているが、店を出てからいつどのようにして帰宅したのか全く覚えていなかった。
下着を履いておらず「明らかにおかしい」とSACHICOに来たが、「自分も覚えていないし、結構お酒を飲んでいたと思う」と何も言えない状態で、警察に行こうという気持ちになれなかった。
<知らないうちにホテルに>
女友達と飲んでおり、帰宅するため駅まで歩いて別れた。そこから記憶がなく、気がつくとホテルで裸の状態で寝ていた。フロントに「誰と来たのか」と尋ねると、一緒にいた男性は1時間ほどでお金を払って帰ったと言われた。
ホテルの防犯カメラには知らない男性の肩にもたれて入っていく姿が映っていたが、警察には「酔っ払っていた」「ひきずられているわけではないし、自分で行ったのでしょう」と言われ、相手にされなかった。
<同業の先輩と後輩>
男性の先輩と仕事終わりに、外で缶ビールを飲んだ。途中で買い出しのため、その場を少し離れた。お酒を飲み終わったところで駅に向かって歩き出したが、記憶はそこまでで途切れている。
翌朝ホテルにいるところで目覚め、男性からは「しんどそうだったから、休ませた」と言われた。口に物を入れられた感じや服を脱がされたという断片的な記憶があった。
SACHICOで「経過がおかしい」と尿を採取したところ、睡眠薬の反応が出た。警察に相談し、相手は逮捕されたが、不起訴処分となった。
<夫が妻に>
自宅で2人でお酒を飲んでいて、席を離れた時に薬を入れられた。前もってネットで繋がっていた複数の男性を夫が家に呼び入れ、性的暴行を加えられた。頼まれて夫のスマホを触っていた時に、裸の自分の画像が出てきて発覚。夫は逮捕された。
お酒でも記憶を無くすことがあるが、薬の場合とどう違うのだろうか。加藤さんは「お酒を飲みすぎると寝てしまいそのまま起きないことが多いが、薬の場合、体は普通に動き話すことが多い。所々記憶が残ることもある」と話す。
旭川医科大の清水恵子教授は、2006年に発表した論文「Date Rape Drugと健忘」で、犯罪には即効性があり作用時間が短い睡眠薬がよく使われ、アルコールと併用することで一定期間の記憶が思い出せなくなる「健忘」が高い頻度で生じると述べている。
事件の被害者には(1)眠くなる、(2)一見、大胆な行動・言動、(3)動けなくなる、(4)記憶がないか断片化する、という共通した症状がみられるという。
事件として立件するには、客観的な証拠が不可欠だ。しかし、薬は摂取後早ければ数時間、遅くとも5~6日で体外に排出されてしまう。
SACHICOでは、被害者の同意を得て、薬物の有無を尿で簡易的に調べる検査キットを使っている。キットの下部に尿を垂らし、薬物が検出されない場合は、5分ほどすると陰性を示すラインが出る。睡眠薬の成分が検出されるとラインが出ない。
あくまで簡易的なキットのため、全ての薬物を網羅しているわけではない。陽性か陰性か判断に迷うこともあるため、必要な時に警察に提出し科捜研で調べてもらえるように、別途尿や血液を保管しておくという。
大阪府警科学捜査研究所は、髪の毛からわずかな睡眠薬の成分を検出する手法を確立しており、数カ月間は睡眠薬の検出が可能だ。
ただ、その対象は警察が捜査する事件で、検査を必要と判断したものに限られる。被害者が希望しても、全ての検体を調べてくれるわけではない。一方、大学などの第三者機関で検査ができたとしても、警察が証拠として取り扱うかどうかは別問題だ。
被害から何日も経過したあと、ようやくSACHICOにたどりつく人もいる。すでに日にちが経過しているため尿では何も検出されなかったものの、いちるの望みを残してSACHICOで髪の毛を保管している人もいる。
「記憶があいまい」と相談に来た被害者について、薬物の影響を疑えるか。警察庁は7月31日、「性犯罪捜査における適切な証拠保全」と題した通達を出している。
通達では「薬物の使用が疑われる被害申告を受理した場合には、速やかな証拠保全が求められる」とし、「アルコールの影響だけではなく、薬物の影響により、被害者が意識のあるように行動していても被害時の記憶が欠落している場合もある」と薬による「健忘症状」に注意するよう呼びかけている。
加藤さんも、レイプドラッグに関する警察官の認識について「変わって来てはいる」と話す。とはいえ、当直体制に切り替わった夜間など、知識のある警察官が毎回対応するとは限らない。
「大阪府警の強制性交等の認知件数は、2018年中で132件でした。大阪は全部で65の警察署があるので、単純計算で1警察署につき年間で2件ほどしか扱っていません。こうした中で、薬物の影響が疑われるケースが稀に入って来た場合、どれほどの警察官がピンとくるでしょうか」
加藤さんは「知識がなければただの酔っ払いと思ってしまうだろう。被害を覚えていないという人に対して『ひょっとしたら』と早期に薬物の影響を検討できるかが鍵になる」と周知徹底の必要性を訴えている。