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桜田通×笠松将が語り合う、映画『ラ』で培った役者としての姿勢「もっといいものを作るために」

2019年11月10日 17:11  リアルサウンド

リアルサウンド

桜田通×笠松将/写真=池村隆司

 桜田通主演映画『ラ』のBlu-ray&DVDが11月20日に発売される。本作は、世界中の赤ん坊の産声が“ラ”の音であることに着想を得て、“始まり”や“生まれ変わり”をテーマに作られた青春人間ドラマ。単館系作品でありながら、新宿武蔵野館ではロングラン上映を果たし、多くの観客の心を掴んだ。


 夢を追いかけ続け、くすぶった生活を送る元バンドマンの青年・慎平(桜田通)、慎平を過剰なほどに愛する彼女・ゆかり(福田麻由子)、慎平の元バンドメンバーで元親友の黒やん(笠松将)、それぞれが悩みや不安、葛藤を乗り越え新しい一歩を踏み出していく。


 慎平を演じた桜田、黒やんを演じた笠松は、本作を通して何を得たのか。2人が「『ラ』を越える現場はないかもしれない」と語る現場の裏側では何があったのか。映画・ドラマに活躍を続ける2人の俳優としての思いまで話は及んだ。


●知られざる桜田通の“男気”


ーー本作は慎平と黒やんの再会から物語が動き出していきます。桜田さんと笠松さんも本日の取材が久々の再会なようで。


桜田通(以下、桜田):そうですね。映画公開後、宣伝など以外で一度会っていますが、かなり久しぶりです。


笠松将(以下、笠松):今日の取材を楽しみにしていました。作品を撮っている間は通くんとずっと一緒にいたんです。楽しんでいることも、怒っていることも、悩んでいることも、そのとき詰まった空間の中で一緒に体験して乗り越えた。でも、撮影が終わった後は、ずっと一緒にいたわけではなくて、お互いの場所に戻っていった。で、またこうやって会うと、照れくささもありつつ……。いい意味での昔の仲間というか。高橋朋広監督、関根大介プロデューサー、福田(麻由子)さんも含めて、他の作品にはない、『ラ』という映画だからこその絆を勝手に感じています。


桜田:僕は自分からそんなに連絡するタイプではないんですが、笠松くんもそうだと思うんです。だからか決して仲が悪いとかではないんですが、なかなか会う機会がなかったですね。


笠松:僕の場合は、通くんに「嫌われたくない」という思いもあるからなかなか連絡しづらくて……。


桜田:嘘だー(笑)。


笠松:好き嫌いではなくて、連絡がしやすい人、しにくい人っているじゃないですか。通くんは頭もキレるので、「何か見透かされてしまうんじゃないか……」と勝手に考えてしまうところもあって。


桜田:買いかぶり過ぎだよ(笑)。


ーー『ラ』では笠松さんが桜田さんを翻弄していく役柄なだけに、真逆な感じですね(笑)。


笠松:本当そうです(笑)。


桜田:普段2人だけだったら言えないことも、こうして取材の場だから言える女々しい感じになってるかもしれないのですが(笑)、実は僕も笠松くんに嫌われているかも、と思っていたんです。僕の笠松くんの印象は「一匹狼」というか、誰にも媚びずに常に地で突き進んでいる、まさにジャックナイフのような人。


笠松:いやいや(笑)。


桜田:だからこんな衣装(白いファー)を着ている人間が一番嫌いなタイプなんじゃないかと。


一同:(笑)


桜田:先日、『ラ』にも出演している福田さんと、共通の知り合いでもある、俳優の藤原季節くんと一緒にご飯を食べに行きました。そのとき、「笠松くんは大人だし、現場では褒めてくれているんだけど、本心は違うんじゃないか。だから気軽に連絡もしづらいんだよね」ということを2人に話したんです。そしたら2人が「笠松くんは本当に通くんのことを褒めていたよ」と言ってくれて。そうなのかと思いつつ、ドキドキしながら今日の取材に臨みました(笑)。


笠松:その食事会に誘ってほしかった(笑)。通くんへの“嫉妬”はありますよ。でも、それは「妬みや僻み」ではなく、「負けないぞ」というものです。通くんとは本作の前にも何度か共演しているんです。些細な役だったのですが、それでも僕のことを覚えてくれていたんです。だから『ラ』を一緒に作りあげれることは本当にうれしかったんです。


ーー『ラ』でがっぷり四つに組み合う前から信頼関係は築けていたと。


笠松:『ラ』はお互いのためにも絶対にいい作品にしたいと思って臨みましたし、撮影序盤から一筋縄ではいなかない、一言でいうと「過酷な現場」だったんです。劇中、慎平と黒やんがぶつかり合うシーンで、2人が移動する途中に水たまりがあります。この水たまりはスタッフさんたちによる手作りだったのですが、冬の深夜帯の撮影だったこともあり準備から本番までの間に凍ってしまっていたんです。でも、それを知らずに撮影を進めていたら僕が氷に滑って怪我をしそうになったんです。僕は怪我をする覚悟だったのですが、通くんが監督とスタッフに「それはできないです」とはっきりと意見を言ってくれたんです。


桜田:そんなこともあったね。


笠松:その日の夜、一緒にお風呂に入っていたのですが、通くんが怒っている雰囲気だったんです。僕はなんとか雰囲気を良くしたいと思って、「今日のは気にしてないからみんなで楽しくやっていこう」と言ったんです。それに対して通くんは「笠松くんといい作品を作りたいからこそ、言わないといけないことはスタッフさんたちにも言う」と。


桜田:そんな格好いいこと言ってた?(笑)


笠松:言ってたんだよ(笑)。一見、クールに見えていた通くんだったんですが、いいものを作りたいという思いにここまで貪欲な男だったんだなと。その日から、改めて通くんには芝居でとことんぶつかっていけるという思いになりました。


ーーこれまであまり知られることのなかった桜田さんの一面ですね。


笠松:そうですね。すごい男気があるんです。


桜田:僕自身にとっては撮影で初めて訪れた場所でも、慎平としては何回も訪れたことのある熟知した場所だと思うんです。演技をする上で、その意識があるかないかではリアリティにも大きな違いが出てきます。だからこそ、事前にどういう状態になっているのか、把握して撮影には臨みました。ただ、そこに落とし穴がありました。「地面が凍っていない」と思って撮影に入っているので、凍った地面に接したとき自然な反応がすぐにできなかったんです。想定していた動きではなくても、慎平として黒やんとして、「凍ってて痛いよ」とすればよかった。でも、凍っていることをばれない芝居をとっさに僕たちはしてしまった。そのときに、慎平ではなく「自分」として反応してしまったことに、怒っていた部分があったんだと思います。今振り返ってみると、笠松くんが怪我しそうになってしまったことも含めて、チーム全員での意思統一ができていなかったこともあり、意見を言ったのではないかと。


●笠松「間違いなく財産になる作品」


ーー先程、「過酷な現場」と笠松さんが言いましたが、他作品の現場と何が違ったのでしょうか。


桜田:これまで出演させていただいたどの作品も全力でぶつかっていますが、『ラ』は今までで一番、本当に妥協しなかった現場でした。これは誇張ではなく、お芝居に納得がいかなければ、何時間でも半日かけてでも話し合ってから本番に臨む現場だったんです。当然、予算やスケジュールの問題があるわけですから、どこかで線引きをしなくてはいけないのが普通だと思います。でも、それが本作にはなかった。決して予算が潤沢な作品ではないはずなのに、それができたのも高橋監督の意地と情熱があったからです。スタッフ・キャスト、みんなが渋々付き合うのではなく、自ら望んでその思いに突き動かされていた。こんな現場は後にも先にも、もうないかもしれません。


笠松:僕は劇場公開もされていないような自主映画にもこれまで参加してきたので、『ラ』の現場はどこか懐かしい空気を感じました。規模は小さいとはいえ、通くんを中心に、映画やドラマで観てきた役者陣も参加していて、予算もついている。なのに、ここまで自主映画的な自由さがある作品はめったにありません。みんなが意見を出し合いながらひとつになって作品を作っていることがうれしかったし、楽しかった。ほかの現場では、自分以外の役者さんが監督と話をしているとき、一緒に聞いておこうとはなかなか思わないのですが、『ラ』は高橋監督と通くんの話は自然と聞いてしまうところがあって。共演した役者さんたちの中でも、通くんほど突き詰めていく人はいなかったように思います。だから現場は毎日刺激的でした。


ーー慎平と黒やんがぶつかり合うシーンが劇中に3度あります。それぞれで気持ちの在り方がまったく違ったかと思うのですが、どんな準備をして挑みました。


桜田:現場に入る前に、劇中で描かれる1年以上前の物語を皆で話し合いました。なぜ慎平たちのバンドが解散したのか、バンドはどんな形で始まったのか、慎平と黒やんの間に何があったのか、リハーサルの段階でとことん突き詰めたんです。だから、現場に入ったときに、このシーンで慎平はどんな気持ちになっているんだろう? といったような疑問は一度もありませんでした。


笠松:確かにそれはなかったです。


桜田:いい意味で際立ったエピソードがなかったというか。どのシーンもフラットに臨めただけに、「ここが一番思い入れがある」というものが逆にないんです。


笠松:僕もその部分はあるのですが、やっぱり黒やんとして最後のシーンは思い入れがあります。あのシーンは撮影も本当に最後だったんです。作品の良し悪しとは別に、撮影の最後は「やっと終わる」という気持ちになることがほとんどです。でも、『ラ』に関しては、「まだ終わりたくない」という思いがありました。ここまで作品に向き合うことができる現場はなかったので、もっと作っていたいと自然に思ったんです。当然、その時点では映画としてどう完成するのか分からないわけですが、僕にとって間違いなく財産になる作品だと思いました。


ーー数多くの映像作品が日々作られていく中で、『ラ』のような作品の作り方は非常に貴重な状況になっています。


桜田:作品によってスケジュールや予算が違うわけですから、『ラ』のようにとことん妥協しないやり方が必ずしも「正解」ではないと思っています。それでも、いろんな都合で、作品にとって最良とは言えない選択をしなくてはいけない現実が、現在の映像業界にはどうしても多いように感じます。その意味において、『ラ』は「正解」ではなくても、ひとつの在り方として何かを残すことができたのではないかと。それもとにかく高橋監督がとんでもない方だったからですね。


笠松:本当にすごかったね。


桜田:高橋監督は水を得た魚のように現場では生き生きとしていて、だからこそみんなも付いていけた。ただ、あそこまで楽しそうな監督ってなかなか出会えないんです。やはり、いろんな制約を受ける部分はどうしてもありますから。でも、高橋監督はそんな制約をも飛び越えて、プロデューサーからの指示も跳ね返してしまうような感じで(笑)。


笠松:今の時代に反していたよね(笑)。


桜田:みんながみんな、高橋監督のような行いになったら成り立たなくなってしまうと思います。でも、世の中にある作品のワンシーンでも、ワンカットでも、こだわれる時間を少しでも増やすために何をしなければいけないのか。それを考え続けることはすごく大事だと思っています。そうじゃないと今までと同じやり方だけを続けて、でき上がるものも変わらなくなってしまう。そうならないためにも僕たち役者もできることをやっていかないといけないと思います。風穴を開ける一番の有望株はここにいる笠松将ですね。


笠松:いやいや、良いこと言っていたのにここでふる?(笑)。改めて『ラ』で得た経験を考えてみると、みんな次のステップに進めた感じがするんです。ここを最低基準に、もっともっと先に進んでいける、もっといいものを作ることができる、そんな思いを抱くことができたのが本当に大きいですね。


●桜田「どんなにどん底でも人は前を向ける」


ーー今回、改めてパッケージとして『ラ』を世に届けることができますが、劇場とは違う魅力はどんなところにあるでしょうか。


笠松:『ラ』は、慎平をはじめとした登場人物たちが、自分を見つめ直しもう一度立ち上がる話だと思っています。生きていれば大変なこと、嫌なことがありますが、どうしようもない気持ちになったとき、『ラ』は前を向くパワーをくれる作品になっていると思います。辛いときの“薬”として、手元に置いていただければうれしいですね。


桜田:嫌なことがあったとき、自分は一人ぼっちだなと感じる人は多いと思います。どうしてもふさぎ込んでマイナス思考になってしまう。慎平も信頼している人に裏切られ、どうしようもない状態になってしまいますが、それでも最後には前に進んでいきます。僕は嫌なことがあったとき、慎平に比べればマシだなと思うことがよくあるんです。どんなにどん底な状態になったとしても、人はもう一度前を向くことができる、そう思えるだけで少し頑張る勇気が湧いてくるんじゃないかと。また、豪華版の特典映像には『ラ』の前の話として『ソ』『ソ#』もありますし、僕たちが実際に演奏もしているLACTIC ACIDのフル尺のライブ映像も入っています。映画をたくさん観た方にとってもまた新たな発見があると思うので、楽しんでいただけたらうれしいです。


(取材・文=石井達也/写真=池村隆司)